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4 犬インフルエンザの治療
 多くのウイルス感染症と同様に,対症療法と栄養管理が主となる.軽症型の場合,濃厚な緑色鼻汁の排泄は,細菌による二次感染があることを示しているので,広域な抗菌スペクトルを有する抗生物質で治療するとよい.重症型の場合,肺炎は細菌との複合感染による場合が多いので,補液と広域な抗菌スペクトルを有する抗生物質が奏功する.現在,犬インフルエンザ用のワクチンはない.
5 犬インフルエンザの診断
 犬インフルエンザウイルスの迅速診断法はない.血清診断では犬インフルエンザウイルスに対する抗体は,臨床症状が現れてから7日頃から検出できるようになる.回復期血清は急性期血清を採取した後,少なくとも2週間後に採取すべきである.
 肺炎で死亡した犬では,新鮮な肺や気管組織を用いたウイルス分離やPCR法を用いる.
6 犬インフルエンザの予防
 インフルエンザウイルスは,pH6以下で不安定となり,pH3以下または,60℃,30分の加熱で失活するとされている.日常的な予防法は,施設内におけるウイルス拡散防止がポイントになる.犬インフルエンザウイルスは,動物病院等で使用されている消毒薬(4級アンモニウム塩,塩素系消毒薬)で容易に殺菌される.使用中のケージ,餌容器,器具表面を十分に洗浄,消毒する.従事者は,犬に接触する前後,犬の唾液,尿,糞,血液にさわった後,ケージを洗浄した後,施設に到着時,帰宅時などには石けんと水で手を洗うか消毒用アルコールで消毒する.
7 猫及び猫科動物のインフルエンザの発生状況
 猫及び猫科動物のインフルエンザはH5N1亜型ウイルスによる鳥インフルエンザが流行しているタイにおいて報告されている.
 2003年12月,タイの動物園で2頭のトラと2頭のヒョウが,高熱と呼吸困難で死亡し,後に高病原性鳥インフルエンザウイルスH5N1亜型の感染であることが判明した.動物園の周辺では,多数の鶏が鳥インフルエンザの感染徴候である呼吸困難や神経症状を示して死亡していた.死亡したトラとヒョウは,H5N1亜型のインフルエンザウイルスに感染していたと思われる鶏を餌として与えられていた[2].
 2004年,10月,タイ最大のトラの動物園(441頭のトラを飼育)で高病原性鳥インフルエンザウイルスH5N1亜型の感染がトラの間で起こった.この動物園の他の鳥類やほ乳類では,感染した個体はなかった.
 最初に,6〜24カ月齢のトラ16頭(展示用に解放されていた育成ゾーンで飼育)で感染が起こった.3日後に,5頭のトラが死亡し,14頭が高熱,呼吸困難などの臨床症状を呈した.すべての死亡個体は,血液漿液性の鼻汁の排泄と神経症状を呈した.流行期間中,総計147頭の個体が死亡あるいは安楽死させられた.感染個体数の増加からみて,トラ間の水平伝播の可能性が示された[6].
 2004年2月,タイで2歳の雄猫が,H5N1亜型のインフルエンザウイルスに感染し,死亡した.この猫は,死亡5日前に鳩の死骸を食べていた.猫は体温41℃,沈うつ状態で,あえぎ呼吸をしていた.さらに,猫は痙攣と運動失調を起こし,発症から2日目に死亡した.猫が飼育されていた周辺では,多くの鳩が死亡しているのが目撃されていた.感染猫の肺からH5N1亜型のインフルエンザウイルスが分離され,周辺の鳩の死骸からも同型のウイルスが分離された[5].
 オランダでは,インフルエンザウイルスH5N1亜型の猫への気管内投与実験が行われた.実験感染猫は,投与後1日目から体温上昇と運動減少,瞬膜突出,結膜炎,あえぎ呼吸がみられた.1頭は,投与6日目に死亡した.一方,オランダの人の間で最も流行しているH3N2亜型インフルエンザウイルスを同様に猫に投与しても,何ら症状は示さなかった.H5N1亜型インフルエンザウイルスの水平感染の可能性をみるため,2頭の猫を実験感染猫と同居させた.さらに,猫が餌から感染するか,H5N1亜型ウイルスを気管内投与した1日齢のヒナを3頭の猫に給餌した.その結果,同居接触させた猫,給餌した猫ともに,ウイルス排泄,臨床症状,肺病変がみられた[3].
8 わが国における発生状況
 わが国では,犬や猫のインフルエンザが発生したという報告はない.
9 犬・猫のインフルエンザは人へ感染するか
 これまで,犬インフルエンザウイルスが犬から人へ伝播したという証拠はない.H3N8亜型の感染はかなり以前から馬にみられているが,これまで人に感染した例はない[4].
 わが国では,1971年〜1972年の冬にH3N8亜型ウイルスによる感染が馬に大流行した.全国各地で約7000頭の馬が感染発症したが,その後発生はみられていない.したがって,現在の馬の飼育頭数や飼育形態などを考えても,H3N8亜型インフルエンザウイルスが馬から犬へ感染する可能性は非常に低いと思われる.
 東南アジアのようにH5N1亜型ウイルスによる鳥インフルエンザが流行しているような地域では,猫や猫科動物がごくまれに本ウイルスに感染することはある.また,感染実験からも猫はH5N1亜型インフルエンザウイルスに経口・接触感染することは示されている.しかしながら,WHOは猫がH5N1亜型ウイルスの伝播サイクルに関与している証拠は現在のところはないとしている.現在まで,感染猫との接触による人の症例も報告されていない.わが国では家畜・家禽に対しては,きわめて厳重な防疫体制がとられており,また鶏卵・食鳥肉の流通形態も東南アジアなどの流行地域とは大きく異なっている.したがって,わが国では,猫がH5N1亜型の鳥インフルエンザウイルスに感染する可能性はきわめて低いものと思われる.
 インフルエンザウイルスに関しては不明な部分も多く残されているが,先に述べたようにわが国の家畜・家禽の飼育形態や食肉・食鳥肉の流通形態からみても,日本の馬や家禽から犬や猫にインフルエンザが伝播する可能性は極めて低いものと思われる.基本的には,インフルエンザウイルスは安易に犬及び猫に感染せず,また,それらが人の感染源となる可能性もきわめて低いことを,飼い主に対して十分説明し,理解してもらうとともに,われわれ獣医師も冷静な対応をとる必要があるものと思われる.
 なお,各種動物のインフルエンザに関する事項は,以下のサイトに詳細に記載されているので,参照されたい.
(インフルエンザ関連サイト)
http://www.avma.org/public_health/influenza/default.asp
http://niah.naro.affrc.go.jp/disease/Byouki/Influenza/index.html
http://www.fsc.go.jp/sonota/tori1603.html
引 用 文 献
[1] Crawford PC, Dubovi EJ, Castleman WL, Stephenson I, Gibbs EPJ, Chen L, Smith C, Hill RC, Ferro P, Pompey J, Bright RA, Medina M-J, Johnson CM, Olsen CW, Cox NJ, Klimov AI, Katz JM, and Donis RO : Science, 310, 482-485 (2005)
[2] Keawcharoen J, Oraveerakul K, Kuiken T, Fouchier RAM, Amonsin A, Payungporn S, Noppornpanth S, Wattanodorn S, Theamboonlers A, Tantilertcharoen R, Pattanarangsan R, Arya N, Ratanakorn P, Osterhaus ADME, and Poovorawan Y : Emerg Infect Dis, 10, 2189-2191 (2004)
[3] Kuiken T, Rimmelzwaan G, Riel D, Amerongen G, Baars M, Fouchier R, and Osterhaus A : Science, 306, 241 (2004)
[4] Smith KC, Daly JM, Blunden, Laurence CJ : Vet Rec, Nov 5, 599 (2005)
[5] Songserm T, Amonsin A, Jam-on R, Sae-Heng N, Meemak N, Pariyothorn N, Payungporn S, Theamboonlers A, and Poovorawan Y : Emerg Infect Dis, 12, 681-683 (2006)
[6] Thanawongnuwech R, Amonsin A, Tantilertcharoen R, Damrongwatanapokin S, Theamboonlers A, Payungporn S, Nanthapornphiphat K, Ratanamungklanon S, Tunak E, Songserm T, Vivatthanavanich V, Lekdumrongsak T, Kesdangsakonwut S, Tunhikorn S, and Poovorawan Y : Emerg Infect Dis, 11, 699-701 (2005)
[7] Yoon K-J, Cooper VL, Schwartz KJ, Harmon KM, Kim W, Janke BH, Strohbehn J, Butts D, Troutman J : Emerg Infect Dis, 11, 1974-1976 (2005)


† 連絡責任者: 丸山総一
(日本大学生物資源科学部獣医学科獣医公衆衛生学研究室)
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