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4 獣医保健看護科の教育システム

(1)教育システムの基本
 学士課程として獣医保健看護学科を設置する計画は,本邦においては本学が最初である.教育課程編成の基本理念は《専門職として高度の動物保健及び看護の知識,幅広い教養,国際的な感覚と素養,豊かな人間性及び職業倫理》を備えた獣医療補助職の養成を目的とする.

  1. 学士課程教育システムの理念
     教養教育すなわちリベラル・アーツを基盤とし,その上に専門教育を実施する.専門課程は,動物の保健,獣医療の補助及び動物の看護の基礎と応用を教授すると同時に,人の公衆衛生等に係わる基礎能力等を培い,生涯学習の起点となる教育とする.
  2. 学士課程修了時の到達目標
     獣医療の補助,出産の介助,動物の看護,動物の日常生活における世話等を実践する能力を有するとともに,動物保健及び看護等の計画やその展開能力,動物健康相談のカウンセラー能力,獣医療環境の整備能力,さらに獣医看護師養成施設等における教育者としての能力,徳育等を修得させる.なお,将来実施される可能性がある獣医看護師国家試験等に合格可能な仕上り基準に副った専門職としての能力を修得させる.
  3. 獣医看護職の到達目標
     動物医療の補助者として十分な能力と技術を備えるとともに,動物の診療依頼者(クライアント)及び一般社会人に対する説明責任を遂行できる能力,自己到達度を評価できる能力,生命倫理,動物愛護や福祉に関して自覚を持ち,その運動を実行する能力,同時に国際協力等の実践能力の涵養等を到達目標とする.
  4. 到達度の評価
     学士課程在学中における教育度の到達評価,修了時における仕上り基準としての知識・技能・態度等について評価を行う.また,獣医看護専門職として生涯学習に連動した到達度評価を実施する.評価は外部及び内部評価と同時に学生側の自己評価もあわせて実施する.

(2)教育システムの実際
 獣医保健看護学科の修了者は,臨床獣医師の許で獣医療に協力するが,同時に,公衆衛生,畜産業,食品企業,製薬企業,動物テーマパーク等,多様な社会活動も期待されるので,それらを見据え各部門において十分に能力を発揮することのできる基礎を教授する教育システムを設計した.

  1. 獣医保健看護学教育と獣医学教育の関連
     獣医学部獣医保健看護学科における教育は,獣医学部獣医学科における教育システムと横断的に連携しながら,獣医保健及び看護を目的とした教育システムを設計した.なお,応用生命科学部 動物科学科及び食品科学科の教育システムとも有機的に連携させて教育効果の向上を図る.すなわち,獣医保健看護学科は獣医療における保健及び看護に求められる絶体的な獣医保健及び看護学教育を縦軸にしながら,相対的には獣医学,動物科学(畜産学)及び食品科学等の基本的な教育を横軸にした教育システムとして設計した.
  2. 獣医保健看護学教育の特色
    [1] リベラル・アーツ教育
     教養系教育システムを重視した.従来,医療における看護師教育等には比較的軽視されがちであった,人文科学・社会科学・自然科学等に関する教養教育も重視した教育システムとして設計した.
    [2] 獣医保健看護学の専門教育
     獣医保健学は獣医学や動物学と異なりの獣医保健及び看護に特有な科学と定義する.したがって,獣医学や動物学の亜型教育ではなく,動物の保健及び看護を強力に意識した教育であり,医療看護系大学(4年制)教育及び保健師ならびに助産師等の教育に匹敵する教育システムとして設計した.
     獣医療領域における家庭動物を対象とした看護学全般ならびに助産学,保健学,栄養学等及びこれらの臨床実習を含む教育科目によって構成した.
     獣医療領域における産業動物,実験動物等を対象とした保健学及び看護学,繁殖学(人工授精論・胚授精論)等については,臨床実習を含めた教育科目として構成した.
    [3] 相対的獣医学教育
     獣医療の補助,獣医療における保健及び看護の可及的完全性を担保するため必要な,基礎及び応用獣医学,野生動物学,水棲生物学等の教育を実施する.
    [4] 人間と動物関係科学教育
     獣医保健及び看護のみならず,広範な人と動物との関係に係わる専門職としての教育も不可欠である.そこで人と動物の行動学,動物と人間の関係論,動物介在療法論,人の心身医学,母子関係論等の教育科目も配慮した.
    [5] 隣接職種の教育
     動物の美容(トリミング),動物のグルーミング,動物のトレーニング,さらに,盲導犬・聴導犬・介助犬・警察犬・麻薬犬・災害救助犬等の人体器官代替動物ならびに社会活動動物等の養成に必要な教育も配慮した.
    [6] 教員資格及び人工授精師資格等の資格取得教育
     教員資格(農業・理科系)ならびに人工授精師等の資格取得教育は,獣医学部獣医学科及び応用生命科学部 動物科学科等の教育科目と横断的に連動させ,資格取得に必要な科目及び単位取得の容易な教育システムとして構成した.

(3)教育の技術戦略
 教育技法としては,動物医療センターに新設した情報科学教室(IT教室)の活用により,情報化社会に即応した獣医保健ならびに看護教育を実施する.
 入学時のモチベーション教育は,早期に獣医療現場に接触することを可能にするために,疾患動物の受付,対応等から開始する.可能なかぎり小人数のグループによって構成した看護臨床の導入によって,能力開発型の実践看護教育を採用した.また,3・4年次には学生の志望分野に適合する専門性の高い指導教員を核としたチュートリアル教育(tutorial education:小人数教育)により,技術的学習のみならず,専門的な視点から総合的な理解力と表現力を備えた保健看護専門職を養成する.また,インターンシップの導入により,即戦力となる実力付加教育を実施する.

 

5 獣医学部獣医学科における教育概略
 新設する獣医保健看護学科と同一学部内にすでに開設されている獣医学科は,今後,新設する学科と相携えて教育研究活動を展開することになる.そこで獣医学科の教育についてその理念の概要を述べる.獣医学教育は,医・歯学教育と同様に修学年限は6年であり,今回申請する獣医保健看護学科の修学年数4年よりは長い.獣医学教育は,伝統的な馬学教育時代が長期間続いたが,第2次世界大戦の終結後は,牛・緬山羊・豚・鶏等のおもに食用産業動物の保健衛生,疾病予防と治療,人の公衆衛生等に傾斜した教育に変容した.しかし,昨今における獣医学教育は,極端な二極化傾向を示し,食用産業動物を中心とした防疫,保健,食用としての安全性確保等に視点を置いた獣医学(療)教育と,家庭動物の獣医学(療)が加速度的に進展し,幼獣管理,高齢動物,野生動物,学校飼育動物等の対応,さらに,慢性疾患,生活習慣病等に対する獣医療は,人の医療にも劣らぬ高度先端獣医療が求められるようになった.特に家庭動物の獣医療においては,その反射的利益は飼育者や市民であり,究極は人のQuality of Life(QOL)に貢献することにあるといえよう.
 また,公衆衛生分野においては,人と動物の共通感染症に対して獣医師の積極的参加が求められ,人の感染症予防医療法では,第1類感染症罹患動物を診察した獣医師には,人の保健機関(知事宛)への届出義務が課されるに至った.本学教育課程においては,これらの問題を配慮し,従来の獣医学教育特有の教科に加え,心理学,倫理学(特IC : Informed Consent,POS : Problem Oriented System).獣医事法,病院経営学,家庭動物論,野生動物学,遺伝子工学,鳥・魚類獣医学等,他の獣医系大学にはまれな教育科目を開講し,同時に臨床教育(Clinical Clerke Ship)も重点項目として獣医学教育の充実を図っている.
 現代獣医療においては,獣医療過誤責任,動物愛護法違反等,獣医師の社会的責務は,医師と同等に展開する傾向にある.さらに,盲導犬・聴導犬・介助犬等は人体の器官を代替する動物として認識され,人のハンディキャップを支援する装具といって過言ではない.さらに,乗馬療法及び動物介在療法は医療の補助的療法として普及し,獣医師の関与が要望されている.また,獣医療技術・薬品・獣医療器材・伴侶動物における獣医療の態様等は医療に高い類似性を示す.このような局面からみると,獣医学はまさに第三の医学としての色彩を濃くしつつあるといえよう.したがって,教育基準も農学教育基準から分離し,独立した獣医学教育基準が示されるに至り,本学では今後の教育課題としてOSCE(Objective Structured Clinical Examination)CBT(Computer Based Test)等も検討しながら,基準を忠実に遵守したいと考えている.

 

引 用 文 献
[1] 大森伸男:いわゆる動物看護士の現状と課題,日獣会誌,56,417-427(2003)
[2] Lippincott CL:日本のAHTからの質問に対する回答,Animal Nurse,19,5-12(2001) 
[3] Ikemoto S et al : The Present State of animal health technologist in Japan, Journal of Comprative Clinical Medicine, 12, 36-37 (2004)
[4] 池本卯典:獣医療看護師制度の充実と期待,朝日新聞(私の視点),17年6月7日
[5] 高等教育研究会編:大学設置審査要覧,平成16年度版,文教協会(東京),(2004)


† 連絡責任者: 池本卯典(日本獣医生命科学大学)
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