1 獣医学部獣医保健看護学科設置の理念

(1)日本獣医生命科学大学の梗概
日本獣医生命科学大学は,明治14(1881)年9月,9名の獣医師が17名の志に燃えた生徒を集め,現在の文京区音羽の名刹護国寺の別院伝通寺境内に,私立獣医学校として創立した.その後,新宿区河田町,渋谷区下目黒等に校地を変えながら,紆余曲折を経て昭和11(1936)年に現在地である武蔵野市境南町に学舎を移し,《敬譲相和》及び《愛と科学の聖業を築く》を学訓として,125年の星霜を重ね今日にいたっている.
その間,私立獣医学校,東京獣医学校,日本獣医学校,日本高等獣医学校,日本獣医畜産専門学校,日本獣医畜産大学,日本獣医生命科学大学として発展し,大学院獣医生命科学研究科に博士・修士課程を,獣医学部に獣医学科・獣医保健看護学科,応用生命科学部に動物科学科と食品科学科を置く2学部4学科に加え,動物保健学別科(2年制:平成18年停止)を設置している.学生定員は1,320名の小規模な学府とはいえ専門指向の強い複合型大学であり,開学以来14,000余名の有為な人材を社会に送り出し,獣医,畜産ならびに食品関係の学界及び産業界の発展に貢献を果たしてきた.

(2)獣医保健看護学科の教育目的と理念
本学の獣医学部は,日本における獣医学教育及び獣医師養成の魁として開学以来125年,常に指導的役割を果たし続け,その業績は高く評価されている.また,平成15(2003)年に開設した動物保健学別科は,獣医・生命科学系大学に併設された本邦唯一の獣医保健及び看護専門職の養成課程として特異な存在であった.近年,獣医療の多様化と高度化は,急激な展開を示している.すなわち,診療対象動物の多様化,産業動物と伴侶動物における診療指向の2極化,クライアントに対するインフォームドコンセントの重要性と診療ニーズの多様化,動物疾病の多様化,ならびに麻薬犬,救助犬,警察犬等の社会的必要性,盲導犬,聴導犬や介助犬等人体器官代替動物の需要増,人と動物の共通感染症の対策,安全な食用産業動物の生産と管理,動物愛護及び福祉運動の普遍化,学校飼育動物への獣医療の関与等はその証明となろう.
このような,複雑多岐に変容する獣医療の最前線において,獣医学(療)教育の高度化や倫理性の涵養は当然であるが,同時に,獣医療を補助及び支援する高度な専門職の養成を求める声は,澎湃として起きている.その社会的要請ならびに問題解決の戦略として,高度の獣医保健ならびに看護専門職の養成を目的とし,獣医保健看護学科を新設した.その教育理念は,高度な動物保健及び看護の知識,幅広い教養,国際的な感覚,豊かな人間性及び職業倫理を備えた獣医保健看護職の養成である.
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2 獣医保健看護学科の必要性と背景

(1)獣医看護職の現状
現在の獣医療において,国家資格としての看護職は存在しない.しかし,すでに2万人に近い人が獣医療の補助に携わっている.獣医看護職の主たる就職領域である伴侶動物(小動物)を診療対象とする獣医師数は1万名であり,看護職の数はそのほぼ倍に相当する.
このように,すでに小動物臨床獣医師の約2倍に相当する獣医看護職の就業にもかかわらず,相変わらずバーチャルな職種として扱われている.なお,獣医看護職のほとんどは女性であり,ジェンダースティタスの確保が求められる現代における男女平等の理念にも反するともいえよう.
先進諸外国において獣医看護職に相当する名称は,Veterinary Technologist, Veterinary Technician, Veterinary Assistant等と呼称され,公認された獣医療補助者として活躍している.しかしながら,日本においては養成教育システムすら定められていない.獣医療補助者を養成する目的で設置している各種学校・専門学校,日本小動物獣医師会,動物看護学会及び日本動物福祉協会等は,それぞれ,任意に動物看護士,獣医看護士,AHT(Animal
Health Technician)等として認定を行っている.

(2)獣医看護職の養成施設
明確な数は公表されていないが,インターネット等により調査すると,全国的には50校以上が存在すると推定される.
日本獣医師会の調査(本誌第54巻第7号423頁)に本学が知り得た養成校を加算すると,次のようである.学生数は,大学別科(教育年限2年)及び短期大学(教育年限3年)以外は明示されていない.また,4年制の大学または学部・学科等は,いまだ存在していない.各種学校及び専門学校の教育年限は1ないし3年と報告されている.
1.大学別科(学生数108名) 1校
2.短期大学(学生数111名) 1校
3.専修学校 4校
4.各種学校 1校
5.株式会社の経営する施設 13校
6.有限会社の経営する養成施設 5校
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合 計 25校
(3)獣医看護職の養成と社会的背景
日本獣医師会等によって調査された動物看護養成施設数は前記のようであるが,その多くは営利法人によって経営されている.医療における看護職(保健師・助産師・看護師)の養成形態から類推すると,営利法人による獣医看護師の養成はきわめて困難と思われる.
日本における獣医師の職能団体である日本獣医師会の取り組みは,昭和40(1965)年代より獣医看護職の必要性に注目し,平成元(1989)年には《養成施設認定のための基本的考え方》について検討した.また,平成13(2001)年には《動物看護士の在り方》について検討を再開され,平成15(2003)年4月に検討結果を取りまとめ,同年7月にその内容を《いわゆる動物看護士の現状と課題》として詳細に報告している.それによると,獣医療補助者(AHT)の養成に,獣医系大学の関与を必要と考える:72.7%,教育カリキュラムの統一が必要である:92.8%,認定システムの全国的統一が必要である:83.4%となっている.したがって,獣医学系大学が獣医療補助者の養成に積極的に関与することは,大学における必然の責務と考えられよう.

(4)獣医看護職養成と本学の事前対応
平成7(1995)年東京都獣医師会は,本学に対して《動物看護士養成に関するお願い》を提案した.すなわち,獣医療の補助とともに,野生動物の救護及び学校飼育動物や公衆衛生等に対応できる獣医看護士の養成について要望されている.それを受けて,同年7月には日本獣医畜産大学動物看護専門学校設置案を提出したが,諸般の事情により開設をみることなく終息した.
なお,平成7(1995)年開催された世界獣医師世界大会(横浜)のサテライトシンポジウムにおいて本学も参加(現学長)し,日本における獣医看護職の実態とその必要性を提案した.
その後,平成15(2003)年は,本学に動物保健学別科を開設し,獣医療補助者の養成を,全国の獣医系大学に先駆けて実施した.応募した学生は優秀であり獣医看護教育及び実習を推進し今日にいたっている.
(5)医療及び獣医療における看護職養成教育の現状
医療においては,医師を医療の総括者として展開し,国家によって付与された資格者としての医療関連専門職種は23種を数える.届出医師数は262,687人,届出看護師・准看護師数は1,097,326人,保健師数38,366人,助産婦数24,340人と報告されている.それぞれの資格等は,医師は医師法に,看護師は保健師・助産師・看護師法に規定されている.また,これらの職種の養成教育施設としては,医学系大学(6年制)は80大学:入学定員7,730人,看護師の養成は,看護学系大学(4年制)106校を含め1,097施設に及び,入学定員165,843人である.因みに東京大学医学部に衛生看護学科が開設されたのは,昭和28年であり,すでに43年前のことである.(国民衛生の動向:2004年版).
それに比較し,獣医師(届出数30,723人)を養成する獣医学系大学(6年制)は16校(入学定員 : 1,064人)であり,看護職の養成を目的とした4年制大学は1校(本学)である.本学の新設した獣医保健看護学科はその魁といえよう.なお,日本における獣医療の協力者及び補助者は,獣医師の処方箋により調剤をする薬剤師,動物の人工繁殖等に携わる家畜人工授精師(都道府県知事の免許),及び動物の蹄を整形する装蹄師・削蹄師(協会による免許)等であろう.
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