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解説・報告

動物検疫所における検疫探知犬の導入

小坪 清子(農林水産省動物検疫所企画連絡室主任検疫官)

1 は じ め に
 口蹄疫,豚コレラ,高病原性鳥インフルエンザなどの家畜の悪性伝染病は,一旦国内へ侵入すると畜産業のみならず国民生活にも甚大な影響を与え,その撲滅には大変な労力,困難を伴うこととなる.これらの悪性伝染病は,諸外国では依然として頻繁に発生しており,その発生原因は,感染した動物や病原体に汚染された畜産物の持ち込みによると考えられ,平成12年に韓国において発生した口蹄疫なども,正規の検疫を受けることなく国内に持ち込まれた畜産物が原因とされている.
 動物検疫所ではこれらの家畜の伝染病のわが国への侵入防止のため,輸入される動物及び畜産物などの検査を行っている.昨今,海外旅行者がハム,ソーセージ及びベーコンなどの畜産物を持ち帰る例は少なくないが,現行の動物検疫制度においては,畜産物などの輸入者は動物検疫所に自ら届け出て検査を受けなければならないこととなっている.一方で,海外旅行者が携帯品として畜産物を持ち帰り検査を受けた件数のうち,輸入が禁止されている地域からの物であるなどの理由により不合格となる件数の割合が年々増加している傾向にある(表1).この数字は,輸入者が届出をしなかったために動物検疫を受けず不適切に輸入されているもののうち,本来不合格品であるものの割合も増加していることを示唆していると考えられる.このように不正に持ち込まれる畜産物などにより,わが国に家畜の悪性伝染病が侵入することが危惧されている.
 このような状況を受け動物検疫所では,将来的に,旅行者が持ち込む畜産物について確実に検査を実施できる体制を整備することを目的として,「検疫探知犬(quarantine detector dog)」を試行的に導入することとした.

表1

2 検疫探知犬とは?
 「検疫探知犬」とは,旅行者の手荷物や郵便物の中に入っているターゲット(検査対象物や輸入禁止品)の臭いを嗅ぎ分け,ハンドラー(検疫探知犬を取り扱う人)に知らせるよう訓練された犬のことで,米国,カナダ,オーストラリア,ニュージーランド及び韓国などで導入され,検疫対象物の確実な摘発と輸入検疫制度のPRなどに大きな成果をあげている.検疫探知犬には,パッシブ・ドッグと呼ばれるものとアクティブ・ドッグと呼ばれるものの2種類がある.パッシブ・ドッグは,ターゲットの臭いを嗅ぎつけるとその場に座ってハンドラーに知らせる.一方アクティブ・ドッグは,ターゲットの臭いを嗅ぎつけると前足で前掻きすることでハンドラーに知らせる.パッシブ・ドッグは空港の税関検査場(旅行者が手荷物を受け取るターンテーブルのある場所)内で旅行者の手荷物について探知する犬として用いられることが多い種類で,犬種としては,ビーグル犬が多く使われている.その理由は,臭いを嗅ぎ回ることが好きで,かつ人なつこい性格であることから探知犬に適しており,また,体が小さくてかわいらしく空港のような人混みでもジャマにならないとともに旅行者に恐怖心を与えないからである.アクティブ・ドッグは,ゴールデンレトリバーなど運動能力に優れた大型犬が用いられることが多く,空港での手荷物の探知にも活躍しているが,郵便局など荷物が山積していたり高い位置にあったりする中を掻き分けて探知する必要がある場所での探知活動に使われている.探知が正解だった時,犬はハンドラーからご褒美をもらう.ご褒美はその犬の性格により,エサの場合と一緒に遊んであげることである場合がある.
3 導入までの経緯
 当面の本プロジェクトの重要な目的のひとつとして,動物検疫制度の存在を旅行者の方々に知っていただき畜産物などを持ち込む際は検査を受けるよう促すことがあげられる.このため,動物検疫所で最初に導入する検疫探知犬は,旅行者の目に触れるよう空港の税関検査場内において旅行者の手荷物を対象に探知活動を行うこととし,かわいらしさで人目を引くことも期待してビーグル犬のパッシブ・ドッグに決定した.諸外国では,各国の制度に合わせて畜産物だけでなく植物もともに探知することができる犬も活躍しているが,日本の動物検疫所ではその名のとおり畜産物を対象として探知する犬を,日本で最も旅行者数が多い成田国際空港に2頭導入することとした.
 導入の具体的準備作業は平成17年初め頃から開始し,インターネットなどによる情報収集とあわせ,お隣の韓国で平成13年から検疫探知犬を導入していることから,平成17年3月,現地調査を行った.韓国では仁川空港を主として検疫探知犬チーム(犬とハンドラー)が19チーム配置され,昼夜交替で勤務しており,2004年は約4500件の畜産物を摘発していた.犬の繁殖,育成及び犬とハンドラーの訓練は仁川空港近くの動物検疫所施設内に立てられた繁殖・飼育・訓練施設で行われていた.犬及びハンドラーの訓練を実施するトレーナーについては,韓国農林部長官が認可した法人においてトレーナー資格を取得し,かつ犬の訓練の実務経験がある者を採用しており,実際には過去に税関で麻薬探知犬のトレーナーをしていた方が実施していた.また,検疫探知犬のキャラクターが畜産物の持ち込み防止を訴えている絵などを用いてグッズ(絵葉書,キーホルダー,ボールペンなど)を作り,動物検疫制度の広報活動に活用していた.
 さらに,台湾でも平成14年から検疫探知犬が導入されているため,こちらも平成17年4月,現地調査を行った.台湾では,計8チームを導入しており,中世国際空港に4頭,高雄空港に2頭,金門港(中国からのフェリーの到着地)に1頭配置していた.導入当初,米国のNational Detector Dog Training Center(NDDTC)において訓練を受けた犬3頭を導入することとし,検疫官3名をNDDTCに派遣し訓練を受け,犬と一緒に帰国したとのことであった.当該3頭を導入してから2年間で約1万5千件の探知対象物(台湾の場合は畜産物と植物が対象)を摘発したそうである.その後,米国で同時多発テロが発生した関係で米国内での検疫探知犬の需要が増し米国から輸入できない状況となったため,台湾国内で訓練を開始したが,トレーナーとして外国人を召喚しているとのことであった.
 一方日本の状況をみると,現在国内には検疫探知犬のトレーナーは存在せず,また,動物検疫所で自前の訓練センターなどを持つことも人員や予算の面で困難なことから,外国のトレーナーに犬とハンドラーの訓練を依頼せざるを得なかった.今回導入した犬2頭の訓練は,オーストラリア連邦政府検疫局から検疫探知犬の繁殖・選抜・訓練,ハンドラーの訓練,犬の飼育管理及びハンドリング業務などを委託されているオーストラリア政府公認トレーナー,スティーブ・オースチン氏に依頼した.オースチン氏は,オーストラリア連邦政府検疫局のほか,ニュー・カレドニア農務省,西オーストラリア州検疫局,タスマニア州検疫局からの依頼により検疫探知犬の訓練を実施し優秀な検疫探知犬及びハンドラーを輩出した実績があり世界的な評価を得ている.
 そしていよいよ平成17年8月中旬,ハンドラー候補の職員(家畜防疫官)2名がオーストラリアに出発した.2名は初めにゴールドコーストにある学校で,犬のハンドリングに関する基礎的な知識及びドッグズ・イングリッシュと呼ばれる犬の訓練用語を学んだ.その後10月中旬からシドニーに移動し,HANROB International Dog Training Academy(以下,ハンロブ)において,スティーブ・オースチン氏から,検疫探知犬ハンドラーとしてのトレーニングを受けた.ハンロブは民間企業で,シドニー市内から南方に車で約1時間のところに位置している.ハンロブでは,検疫探知犬の他,身体障害者補助犬や一般のペットのトレーニングなども行われており,10エーカーという広大な敷地内には犬猫のペットホテル,複数のトレーニング施設及びケンネルがある.国立公園に隣接しており,自然環境に非常に恵まれている(図1).
 ハンロブでのハンドラーの訓練開始に先立ち,オースチン氏は日本の動物検疫所用に犬の選抜を行い,すでに訓練を開始していた.優れた犬1頭を選抜するために100頭の犬の評価をするとのことで,年齢は1歳半くらいが適しており,必要な資質としては,健康であること,素直で人とうまくつきあえる社交的な犬であること,ご褒美(餌または遊ぶこと)に強い執着があること,騒音の中で仕事ができることなどがあげられる.一方,ハンドラーに必要な資質としては,健康で体力があること,犬が好きであること,言葉をはっきりと話せること,忍耐力がありチームの一員として行動できることなどがあげられる.候補となったビーグル犬は3頭(クレオ♀,キャンディー♀,ビリー♂)であった.職員2名がハンロブで訓練を開始した際,ハンドラーと犬との相性をオースチン氏が判断し,各職員とチームを組むことになる犬が選定された.その結果,クレオ(1歳半)とキャンディー(2歳)の2頭がそれぞれ職員とチームを組むこととなった(図2).訓練は,スーツケースやカートンボックスをカートに積み上げ,そのなかにターゲット(肉製品など)を収容したバッグを1〜2個混ぜ,空港の税関検査場内を再現する.犬はそれらのターゲットの臭いをかぎ分けて座り,正解するとハンドラーからご褒美をもらうことにより,反応すべきターゲットの種類を学習していくとともに,探知業務は楽しいことだ! と思うようになる.また,訓練の合間には,ハンドラー業務をするうえで必要なドッグトレーニング,ドッグハンドリング,飼養管理及び犬の疾病などに関する講義を受けた.こうしてハンドラーと検疫探知犬に成長した2チームは,12月10日成田空港に帰国した.
 帰国後,2チームはトランジション・トレーニングと呼ばれる訓練を,実際に探知活動を実施することとなる成田空港税関検査場内で12日間行った.訓練とはいえ実際の旅客携帯品も対象にして訓練を実施するため,実質的な探知活動開始となった.この訓練のため,オーストラリアからオースチン氏が来日し指導に当たった(図3).大きな問題もなく無事訓練を終え,年始からは,検疫探知犬とハンドラーが独り立ちして本格的に探知活動を開始した.

図1
 図1 オーストラリア「ハンロブ」の正面入口
図2
 図2 オーストラリア動物検疫官とともに
(中央がオースチン氏.右側2人が農林水産省家畜防疫官) 

図3
 図3
ハンドラー(家畜防疫官)とオースチン氏が探知された旅客へ畜産物を所持していないか確認中

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