4 つつが虫病 日本ではこのところやや減少傾向にあるが,タイでは急増傾向にある.ここ数年間での報告数をみると,1996年までは1,200名程度で横這い状態であったが,1998年には約2,000名,2001年には約5,000名となった.人口10万人当たりの患者数の年次的推移は図4に示す.患者急増の原因は不明であるが,一つの理由として,日本から技術導入された間接蛍光抗体法による血清診断が各地に定着し実験室診断が可能になったことが上げられている(検査キットはタイ国立衛生研究所で作製).一方,タイでは上述のように毎年20万から30万名近くの不明熱患者が報告されているが,そのなかのおよそ10%がつつが虫病に対する抗体が陽性であるとの成績もあることから,実際はもっと多いのではないかとも考えられている. 患者の発生時期は媒介ダニの生活環のため季節性がある.日本では秋と春に発生するが,タイでは6月から10月までが多く,12月から4月は少ない.媒介ダニはLeptotrombidium種とされている.本病の発生はバンコク市内を含め全国で見られるが,北部のミャンマーとの国境に接する県が特に多く,次いでカンボジアと接する県である.ミャンマーとの国境に接する地帯では犬にも自然感染が報告されている.なお,北部でテトラサイクリンに抵抗性のつつが虫リケッチアが検出されたという報告があるが,詳細は明らかでない.また,全国の患者統計では現れていないが,不明熱患者に発疹熱抗体陽性例が数%報告されていることから,本病もつつが虫病と同様に注意しなければ成らない疾患である.
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5 その他の共通感染症 トリヒナ症は年によって報告数が変動する.特に東北地方に多く,主として豚からの感染とされている.タイ北部では豚肉のソーセージが特産物として作られているが,生に近い製品がある.これが感染源となることが多いようで,同じ動物から作られたソーセージによってしばしば集団感染の様相を呈する.また,リーシュマニア症を媒介するサシチョウバエの存在は以前から知られていたが,最近になり内臓リーシュマニアの症例が報告されている. 高病原性鳥インフルエンザは,まだ進行中なので患者数は速報としてのみ得られるが,2004年1月から12月までに17名の感染が確認され,内12名の死亡が確認されている.2005年は5名の感染があり,2名が死亡したが,2006年は感染例も死亡例も報告されていない.患者はいずれも感染鳥からの直接感染とされているが,感染が定着状態にあるので,人体内で人―人感染を起こすよう変異がいつ起きてもおかしくない状況にある. また,厳密な意味での共通感染症ではないが,節足動物媒介のデング熱及びマラリアはタイ国民のみならず旅行者にとって重要な疾患である.デング熱についてみると2001年に14万名近くの患者と245名の死亡例が報告されている.発生は全国に及んでいるが,北部及び北東部は比較的少ない.雨季の6〜8月が発生のピークである.これまでバンコク市内での患者発生は少なかったが,ここ数年で急増した.その原因として1997年の経済危機で建築途中のまま放置されているビル内にたまる雨水にデング熱媒介蚊が発生するためと推察されている.しかし,最近はこうしたビルも工事が再開されつつあるので,今後はバンコク市内でのデング熱患者の発生は減少するかもしれない.ところで,わが国で発病するデング熱患者の多くは東南アジア,特にタイからの帰国者に多い.検出されるデングウイルスはソ型がほとんどであるが,タイ国内ではソ型からツ型まで流行しているようである.重症となるデング出血熱は再感染の際に起こりやすいことから,一度デング感染した人は再感染に注意する必要がある. マラリアは1999年以降減少傾向にあるが,それでも2001年は約3万5千名で,デング熱患者のほぼ1/4である.マラリア患者の多くはミャンマーとの国境地帯,特に北部で発生している.病原マラリアは熱帯熱マラリアと三日熱マラリアとされているが,ミャンマーとの国境付近では両種の感染頻度はほぼ同じとされている.日本にも輸入感染症としてマラリアが報告されるが,熱帯熱マラリアは主として,三日熱マラリアは主として東南アジアからの帰国者に多いとされている.ところで,タイ保健省の患者統計によると,外国人(難民を含む?)のマラリア患者はタイ全国の患者統計とは異なり,デング熱患者の18倍で,しかも外国人全患者数のおよそ4割をしめている.患者の多くはミャンマーとの国境地帯に集中していることから,こうした地域へ出かける場合はマラリアの感染に十分注意しなければならない. |
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6 お わ り に タイはまだ感染症の多い国である.特に狂犬病ウイルスを保有する犬は前述のとおり検査例の30%にも上ることから,飼い犬であっても十分な注意を要する.また,辺地への冒険旅行はさまざまな感染症に罹患する可能性が高いこと,特にミャンマーやカンボジアと国境を接する地域では重篤な感染症が多いので罹患しないよう予防対策に十分留意しなければならない. なお,タイの感染症情報は外務省や厚生労働省検疫所のほか,十分ではないがタイ保健省(下記のホームページ)をからも得られる.最近はトリインフルエンザについての情報が頻繁に出されている. http://eng.moph.go.th |
† 連絡責任者: | 萩原敏且(バイオメディカルサイエンス研究会) 〒169-0075 新宿区高田馬場1-28-3 TEL 03-3200-6752 FAX 03-3200-5206 |
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