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解説・報告(最近の動物医療)

小動物医療現場における高度医療機器
(CT. MRI)のあり方とは
―神経疾患を扱う開業医の立場から―

諸角元二(戸ヶ崎動物病院院長・埼玉県獣医師会会員)

1 CTとMRI
 小動物の医療現場にCTやMRIが導入されてから,それまで推測でしか診断できなかったさまざまな中枢神経疾患が診断可能になり,治療も行われるようになった.犬の中枢神経疾患に対するCTの国内での臨床応用は,1977年に東京大学の故・竹内 啓名誉教授により,都内の医学部病院で初めて行われた.当時,東京大学附属家畜病院の研究生であった著者もその現場に立ち会っていたが,当時のCT装置は,薄い箪笥のような大型コンピューターが制御台の横に置かれ,管球が一回りするとコンピューターのオープンリールがカチャカチャと回り出し,3〜4分後にモニター画面に一断面が映しだされるものであった.そのため1頭検査するだけでも相当な時間がかかっていたと思われるが,それまでみることができなかった頭蓋内の画像に感激するあまり,時がたつもの忘れていた.
 その後,コンピューターの進化とともにCT装置自体も改良され,1980年代後半には一断面の画像作成時間は20秒程度に短縮され,同時に解像力も向上した.現在のCTは検出器を増やすことによりさらに高速で画像を作成できるようになった.昨年発売された最新型CTは検出器を64列とし,人の全身撮影がわずか10秒で終わるといわれている.撮影時間が短縮されたということは,昏睡あるいは衰弱して動けない犬や猫の場合,無麻酔で画像を得られるということである.これこそ,究極の非侵襲的検査法である.
 一方,MRIの小動物に対する臨床応用は1980年代の終わり頃からであり,1991年にオランダで開催された第9回・国際放射線学会の席上で,アメリカ,フィンランド,ベルギーから3題の口頭発表があった.それまでCT画像しかみたことがなかった著者は,MRI画像の解像力の高さに驚くばかりであった.帰国後,帯広畜産大学の故・廣瀬恒夫名誉教授と放射線学教室の教官らで,ある医療機器メーカーの協力を得て,犬,猫,子牛を使用して撮像条件の検討を行った.著者も帯広畜産大学の卒業生という非常に頼りないコネを利用して,1991年の秋から同メーカーの工場に犬や猫を運び込み,MRI画像を撮像して貰っていた.それらの臨床例の中から,猫の白血病の髄膜転移を画像として明らかにし,治療も行ったという症例報告を書いた[1].この論文には海外から別刷りの請求が多数きて,今でも引用文献としてときどき使用されている.この論文は,他人の褌で相撲を取ってばかりいた著者のメーカーに対するささやかな恩返しになった.
 国内の大学でMRI装置を初めて導入したのは山口大学であり,その当時山口大学に移られた故・竹内 啓教授の尽力によって1993年から臨床応用されている.そして,1991年の国際放射線学会で一緒に感動していた現・田浦保穂教授らにより,小動物のみならず大動物のMRI画像に関しても多数の論文が発表されている.その後は,日本大学,東京大学,日本獣医畜産大学,麻布大学の順にMRIが導入された.今では当たり前のようになっているMRIが,首都圏の各大学にようやく揃ったのは1990年代後半である.なんと,まだ数年しか経っていないのである
 MRI画像はコンピューターによって完全に構成された画像であるため,コンピューターの進化とともにその解像力も驚くほど良くなった.撮像時間に関しても,医学領域では超伝導型の高磁場による高速撮像法が開発され,現在では1スライス40msecまで短縮可能であるといわれている.
2 開業獣医師にCTやMRIは必要か
 2006年の現時点で,CTを導入している開業施設は増えているため実数をつかめないが,MRIについては,著者の知るかぎりでは北海道で2件,本州で5件,九州で1件導入されている.また昨年から,東京都内にはCTとMRIの画像診断施設が1件開設された.開業施設にCTやMRIは必要かと問われれば,これらの画像でしか診断できない疾患があるかぎり,さらに設備投資できる資金があるならば,答えは当然Yesである.また,CTとMRIのどちらが必要かと問われれば,両者の画像特性が異なるため(CTでは骨組織や内臓,MRIでは軟部組織の解像力がよい),両方あったほうがよい.どちらか一方しか導入できないのなら,あるいは診断ができてもその先のビジョン(治療)があまり期待できないようであればCTが薦められる.汎用のCT装置は,いまや行き着くところまで発展した観があり,今後より安価になると考えられる.それでも3〜4年で管球が壊れれば,数百万円はかかることを覚悟しなければばらない.
 しかしながら,CTやMRIがあれば神経疾患がすべて診断できるわけではない.たとえば,真性てんかん,末梢神経疾患やある種の変性疾患では,画像上まったく異常が認められない.この場合,動物を注意深く観察することと基本的な神経学的検査が重要であり,あとは血液学的検査(甲状腺ホルモンの測定や抗核抗体検査など),電気生理学的検査(脳波,各誘発筋電図など)で診断する.このような疾患は,何も考えずに答えを見るような使い方では診断できないのである.
 現在,著者の施設にはCTもMRIも存在しない.しかし,1年に数回,椎間板ヘルニアと思われる症例の脊髄造影検査で,病変部が造影されないことがある.脊髄実質の激しい腫脹のために,数椎体にわたり造影剤がみえなくなっているのである.経験則では,みえなくなっている中央部に病変がある.しかし,単純X線検査と神経学的検査所見を合わせてみても病変部の特定ができないときには,やむなく手術を中止する場合もある.このようなときにはCTの必要性を痛感するが,今のところ購入資金も設置場所もない.

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