1997年(平成9年): |
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1999年(平成11年): 年頭挨拶に杉山会長は昨年度マスコミが小動物獣医療に関する問題をとりあげ,一般飼育者に不信感を募らせるという事件があり,今後インフォームド・コンセント(説明と同意)の重要性を述べ,飼育者に適切な情報を提供し理解と協力を求める努力が大切で,社会使命を果すために生涯教育の重要性,新疫病等防疫体制強化事業を実施することと共に研修制度の確立を優先課題の一つとするとも述べた.国際獣医師育成研修事業も6期生を受け入れ5大学の努力に感謝し,さらに今般制定された「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」の理解や狂犬病予防法の一部改正により輸出入検疫の対象に猫・アライグマ・その他政令で定める動物が追加され,届出義務の規定に猫等も適用されることも述べた.なお最近各団体に見られる若年層の組織離れ傾向が日獣にもみられると警告された. 3月24日,平成10年度第4回理事会が開催され,[1]前回理事会で承認された理事定数,役員任期変更の件,[2]川崎市獣医師会の入会の件,[3]動物の保護及び管理に関する法律の一部改正(本会要諾内容の70〜80%骨子に入る),[4]獣医師研修指針策定事業(竹内理事説明),[5]学校飼育動物に関する検討会(宮本理事説明),[6]副会長3人制に関する提案(産動,小動物,公衆衛生)の審議がなされた. 理事会後,第2回全国会長会議が開催前副会長塚田賢一郎氏のご逝去が伝えられ謹んで哀悼の意を表した. 6月24日,明治記念館において第56回通常総会が開催され杉山会長より挨拶があり,私としては会長として最後のご挨拶であると前置し,28年前理事1期2年副会長は中村会長のもとで5年,椿会長のもとで9年,そして会長職責12年と実に1/4世紀以上の長い仕事であった.その中で一番印象に残っているのはWVA(横浜)大会であり,横浜大会の誘致運動からWVA大会終了まで,先頭に立ち努力を傾注した旨熱意をこめて述べられたのが印象的であり,さらに政治的課題として残した動物関係行政の一元化問題,動管法改正問題,獣医師の生涯教育,フランスのリヨンで9月開催するWVA大会の件に触れられ,心残る問題もあり残念である旨を述べられた.杉山会長28年の長きにわたった理事,副会長,会長職を通し,日獣発展に盡力された功績は永久不滅の偉業であり信念の人杉山氏でなければ果すことが出来なかった数々の業績,後継者として敬仰の誠を盡くしながら傾聴した. なお,今次総会席上杉山会長ご勇退により第10代会長に五十嵐が継承することになった. 尤も無競争にての推薦を賜った裏には5月13日中部地区の総会で会長出馬推薦を受けながらも今後の会運営を円満にするために出馬を断念した鈴木一則先生の決断があったことを忘れることができない.副会長選挙は4名即ち金川弘司,辻 弘一,本好茂一,宮本 譲氏立候補し選挙の結果,金川,辻両名が当選就任した.さらに専務理事について現松山専務理事の再任につき承認を求め全会一致で承認された.議長が解任後五十嵐新会長から新役員一同手を携えて21世紀に向かって日獣を前進させたい旨挨拶が行われ,閉会となる. (後記)偉大なる獣医界の指導者であった杉山文男先生は平成14年(2002)8月13日83歳の生涯を閉じられた.心からご冥福をお祈りする次第である.(詳細は本誌第55巻第9号に寄せられた追悼の記事を参照されたい.) なお杉山政子夫人が中心となり,杉山文男先生生前の歩みをとりまとめ,座右の銘とした「一隅を照らす者これ国の宝なり」にちなみ「一隅を照らす 杉山文男遺稿集」として発刊された. |
| (以降、次号へつづく) |
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