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私の歩んだ日本獣医師会の24年と今後の期待(|||)
五十嵐幸男†(日本獣医師会顧問・埼玉県獣医師会会員) |
| (杉山会長時代つづき) 1993年(平成5年): 杉山会長の年頭挨拶に国内バブル景気の中で第100回国会において獣医学教育6年制と獣医師法の一部改正の成立,山中貞則会長による「近未来における獣医業のあり方」の答申作成作業の進展や,全国競馬畜産振興会の助成による,国際獣医師育成研修事業を明年度より実施することとし,10カ年間,アジア地域の獣医師を対象とし毎年10名程度を招致し,一年間産業動物関係獣医学の先端技術の研修を実施することになった経過等を述べ,1995年9月3日より9日まで,国立横浜国際会議場でWVA大会を開催し,加えて,WSAVA大会も同時開催の方向であることを報告した.このWVA大会という壮大なイベントを成功させたいと喜色満面の中で力説した当時の杉山会長の姿が鮮明に浮かぶ.また,前年の11月21日から11日25日までフィリピン・マニラにおいてFAVA大会が開催され,その席上WVAのDr. Blackburn会長から横浜大会を成功させようと発言されたことも印象的であった. 前年平成4年10月22日付で獣医療法施行規則の一部改正の省令が通達され,特に診療用放射線の防護について構造設備の基準(ハード面)と放射線に関し遵守すべき事項(ソフト面)が定められ,使用時の被爆防止に万全を期すよう指導が強化された. 3月24日第48回通常総会の席上,杉山会長の三期目の就任が決定.副会長は塚田,鈴木両氏,常任理事(事務局担当)は,五十嵐とそれぞれ続投となった. なお,日本産業動物獣医学会・本好茂一氏,日本小動物獣医学会・長谷川篤彦氏,日本獣医公衆衛生学会・ 丸山 務氏がそれぞれ学会長に任命され,動物,職場種ごとに学会の発展を図る努力が推進された.また杉山会長就任挨拶の中で先の競馬畜産振興会より6億数千万に及ぶ基金のもとにアジア地区獣医師の研修事業制度を設け10年間続けること(この事業は竹下総理大臣の格別の配慮による)が紹介され,次いで3年来諮問して来た「近未来における獣医業のあり方」が山中会長より答申されたことも報告(報告全文は本誌第46巻第6号に掲載).さらに野生動物救護対策基金については,1,000万円を超え,180数名に及ぶボランティアが登録されていることについても報告された. 6月9日から16日の8日間,釧路市においてラムサール条約会議が開催された.この開催に際し,当時釧路市長であった鰐渕俊之氏(北大獣医学部卒業)の努力,北海道獣医師会釧路支部の協力に感謝したい.また今年鰐渕市長の「われ行かん―わにぶち市政19年の軌跡」刊行記念会が開催されたことを酪農学園の湯浅名誉教授からの通報で知り故鰐渕俊之先生にあらためて敬意を表する次第である. 8月6日,第1回小動物部会が開催され,席上,杉山会長は日本小動物獣医師会(昭和53年9月名称変更)を設立した当事者として,次の興味ある経過報告をされた.[1]日本小動物臨床獣医師協議会(昭和46年5日発足)草創の精神は「小動物獣医師業界に降りかかる火の粉は自分達の手で振り払おう」というものであった.[2]全日本小動物臨床獣医師協議会の設立は昭和40年代前半の東京畜犬問題が発端であり,当時の日本獣医師会には小動物部会のような小動物獣医師業界に係る問題を検討する常設の審議機関がなかったことが重要な要素であった.[3]そこで,いずれ日本獣医師会の小動物部会が発展整備されることを前提に,昭和53年11月日本獣医師会の新会館が青山に竣工した機会に日小獣の要望もあり日獣事務所の一部を提供したわけだが,現在の日小獣の中ではこうした経緯を知らない者が多くなかなか理解と合意が得られないようだ.[4]したがって,日獣小動物部会と日小獣が対立するようなことが仮にもあるとすれば,これは由々しき問題であり,小動物獣医師業界発展のためにもあってはならないと認識している.以上,創立者の中心的存在であった杉山会長の言葉は千鈞の重みがあるものとして関係者共々原点に立返り相互信頼の中で検討審議する重要な課題であると思われる. 2月9日,と畜場法施行40周年記念式典が厚生省と日獣共催により三田共同会議所において開催された.明治39年と畜場の許可制度を骨子とする「屠場法」が制定され,その後昭和28年に現行の「と畜場法」が制定された.最近における食品衛生の重要性に鑑み,今後さらなる国民の信頼を受ける努力の緊要であることを強調される機会ともなり,と畜場も名称が「食肉検査センター」と改められた. 1994年(平成6年): 杉山会長の年頭所感の中で「近未来における獣医業のあり方」は山中会長を中心に精力的に審議され,答申をいただいた提言であり21世紀に向けての羅針盤として実行してゆく決意を表明し,さらに国際獣医師育成研修事業が北大,東大,山口大,酪農大,麻布大において研修を開始していると報じ,その成果を期待する旨述べた.この受入大学は当初国立大学が中心であったが私立も含み選定すべきことを杉山会長に直接提言した経緯もあり,広く国際貢献する事業として竹下総理の理念を尊重し進められた.なお明年9月3日〜9日まで横浜で開催予定のWVA大会のテーマについては“変貌する世界情勢の中で躍進する獣医業”に決定された.また,全体会議のテーマとして, [1]獣医学領域における専門化,[2]環境問題と獣医学,[3]動物福祉における獣医師の倫理,[4]国際貿易の拡大に伴う家畜衛生と食品衛生に内定していることも述べた. この時代日本獣医師会の小動物部会(宮本部会長)は,[1]WVA大会の具体的対応,[2]獣医師法改定及び獣医療法制定に伴う対応,特に診療施設の構造,基準,資金融資制度等,[3]獣医療の公益性向上策,人畜共通感染症,[4]小動物診療体制の今後のあり方,[5]ペットフードの安全性確保等熱心に討議された. 2月24日,理事会において来年度より農林水産省関係予算に小動物獣医事に関する予算が初めて計上されたことや獣医師の劇毒薬の取扱に関する不祥事件等が杉山会長より報告され,五十嵐理事より犬の登録制度が規制緩和の運動に連動して検討されている旨報告し,「犬の登録システムに関する研究班」の要員である鷲塚,宮本両理事からも補足説明があり犬の登録制度に深い関心が示された. 3月24日,第49回通常総会がフロラシオン青山で開催され,杉山会長より畜産の危急存亡に際し,産業動物診療従事者はプロダクション・メディスン(生産獣医療),すなわち飼料学・栄養学・畜産経営学等広範な知識応用により,効率的な生産性向上に参与する活動が期待されると述べ,さらに松江市での学会年次大会に全米獣医師会長も参加し,豪雪にもかかわらず700名以上の参加があり大島会長以下のご努力に感謝するとも述べた.なお,当日の総会席上,日獣定款改正が承認され,殊に第3条「本会は,獣医師道の高揚,獣医学術の振興,普及,獣医事の向上,獣医師の福祉向上等を図ることにより,動物に関する保健衛生の向上,畜産の振興,公衆衛生の向上及び動物の福祉の増進に寄与することを目的とする」と旧条文に比しその役割が具体的に表現された. 6月24日,第50回通常総会が定款改正後初めて開催され,会長挨拶の中で,犬の登録制度が現行毎年一回から終生一回に改められたがこのことにより注射率激減し,国家防疫に疎漏を招来しないよう関係方面に強く陳情・要請してゆくこと,また,農水省が小動物関係獣医事に関心を深め「小動物生産等獣医事対策事業」の予算計上に至ったが,これは画期的とも思われるので各地方会においても本事業推進に理解協力をしてほしい旨発言があった.なお,この頃江戸川乱歩賞受賞作家・川田弥一郎氏著に書かれた「白い狂気の島」は,わが国に狂犬病発生した時の恐怖が描かれ,海外から本病が持ち込まれる可能性を指摘し,良き警鐘となり,また,松江市で開催された年次大会招待講演として米国獣医師会長Leon H. Russell氏が「日本における犬の狂犬病予防注射制度の重要性」について述べられ,とかく軽視の傾向にある狂犬病予防事業推進に良き忠告となった.一方,今年の重要行事としてWVA第二次アナウンスメントを発表し,来年度に迫った大会の成功に関係委員会が懸命の努力を続けていた.ちなみに組織委員会から平成6年9月末日現在の国内登録者1230名と発表された(埼玉県296名,栃木県278名,東京都251名). 9月30日,狂犬病予防法に基づく登録制度の改正に関する経緯と現況の説明を求める11会員(地方会)からの臨時総会開催の請求を受け,第51回臨時総会が明治記念館において48会員の出席のもと開催され,杉山会長より,[1]狂犬病予防制度の改正問題は第一次臨調から検討され,本会は反対を続けて来たが今回規制緩和の一環として世論の後押しもあり,他の法案と一括上程されたもので,その内容は犬の登録制度のみを改正するもので厚生省は予防注射制度は堅持するとの方針であり,[2]本法案が成立し犬の登録の実効性を維持し,狂犬病予防注射頭数の確保(注射率の低下防止)に努めるべきであり,ここで世論に背を向けるようなことはさけなければならないと述べた. 続いて質疑に入り,[1]登録制度が終生1回に変更された際,登録頭数・注射頭数の減少に歯止めをかける具体的方策はあるのか,[2]狂犬病予防行政・動物愛護行政の財源確保のため厚生省・自治省が地方自治体を強力に指導する必要がある,[3]獣医師として,現行登録制度を含め狂犬病予防注射制度の必要性をPRすべきである,[4]法案の参議院通過に際し,狂犬病予防注射頭数を維持すること,動物関係行政の財源確保すること等の意見が提出された. |