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3 豚における発病要因 サルモネラは,野外症例においてはさまざまな病状を引き起こすが,病態の発現には,密飼,温湿度,移動,感染といった各種ストレス要因が影響する.しかし,血清型,感染菌量や感染ルートは,病状に影響する重要な要素である.豚に対する各種血清型の実験感染の成績等を以下に紹介する. (1)血 清 型 SCは,1885年にSalmonによって豚コレラの病畜から分離され,豚コレラの病原体とみなされたが,豚コレラウイルスが証明されたため二次感染菌であることが確認された[93].本菌は,豚を固有宿主とする血清型の代表であるが,人に対しても敗血症を引き起こす[14, 15].SCは,米国における調査で,7.6%(153/2010)の肺炎病変から分離され,呼吸器病の病原体としても注目されるようになった[109].また,豚呼吸器病症候群(PRDC)の病原体のひとつにもあげられる場合もある[108, 131].実験的には,SC(108CFU)を鼻腔内の接種した7週齢豚では,肺,肝,脾臓などの臓器から2週間分離され,消化管には6週間保菌した[40].また,2日齢豚にSC(107CFU)を経口接種した場合,20日目まで排菌豚が高率に認められるが,その後間欠的な排菌となり,85日まで排菌が確認された[2]. 下痢を主徴とする症例が多いが,SCと同様に敗血症などの全身症状の症例も見られる.ST(1010CFU)を47日齢の豚に経口接種した場合,発熱が4日目まで観察され,80%近くの豚で下痢が認められた[125].STは,感染後28週間にわたって腸管から回収される[124].また,ST DT104を咽頭感染させた豚は,7日目まで主要臓器から分離され,少なくとも14日間は排菌した[17]. S. Newportを7週齢の豚に咽頭に109CFU接種した場合,軽度な発熱が24時間以内に観察され,3日以内に正常にもどった[126].感染豚の30%で軟便が認められたが,その後減少し,4日までに5%となった[126].しかし,腸内容からは28週間分離された[126]. S. Heidelbergを4週齢の豚に咽頭に1010CFU接種した場合,48時間以内に全頭で水様便が認められ,一部の豚で全身感染が認められた[88]. (2)感染菌量 感染菌量は,病状,排泄期間及び免疫応答に影響する.SCを大量(108CFU)に接種した豚は,発熱が11日間持続し9日間腸管内容から分離されたが,同居豚(環境材料の菌量:約102.61CFU/g)では,発熱と下痢が8日間及び4日間認められた[40].また,SCを大量(108CFU)に接種した豚との同居感染は成立したが,106CFU以下を接種した豚との同居感染は成立しなかった[3].一方,STにおいても,大量(1010CFU)に接種した豚では,軽度な下痢が認められ,発熱は4目をピークに6日目まで続き,21日にわたって大量に排泄するが,同居豚(環境材料の菌量:約102.69CFU/g)では,臨床症状は認められず,排泄は間欠的で少量であった[31]. (3)感染ルート SCでは,胃内接種に比べ,鼻腔内接種で重篤な症状が発現する[39]. ST(108CFU)を気管内に接種した豚6頭では,18時間までに全頭の血液及び消化管を含む全主要臓器から菌が分離され,体温低下や食欲廃絶,立毛が認められた[30].一方,鼻腔内に接種した豚15頭では,ほとんどの主要臓器から分離されたが,12時間目に剖検した1頭で血液から分離されたのみで,18時間目までに体温低下や臨床症状は認められなかった[30]. (4)病原性プラスミド サルモネラの病原因子として,マウスの致死性に関与する病原性プラスミド(VP)が知られている.病原性プラスミドは,血清型特異的で,ST(90kb),SC(50kb),S. Enteritidis(50kb)などの血清型が保有している[92].SCとEnteritidisのほとんどの株が,VPを保有しているが,STは,すべての株が保有するとは限らない[14].DT104の大部分は,VPを保有する.豚に関しては,SCでVPを脱落させることによって,病原性が低下することが証明されている[19]. |
4 対 策 農場のサルモネラ対策は,発病農場における疾病対策と臨床症状を伴わないサルモネラ感染の低減もしくは排除を目的に行われる.発病農場では,抗菌剤による治療及び斃獣や発病豚の適正な処置を行った上で,飼養管理を見直し,再発防止に努める必要がある.養豚場のサルモネラ汚染を低減する上で,総合的な衛生管理が重要である[11].いずれの場合にしても,農場へのサルモネラの侵入防止は,最も基本となる衛生対策である. (1)侵入防止 養豚場へのサルモネラの主な侵入経路は,保菌豚の導入と汚染飼料であるが,ネズミ,野鳥などの野生動物のほか,人,器具器材あるいは車両などを介して持ち込まれる可能性もある[100].場外からサルモネラの侵入を防止する上で,各農場の特性に応じた「防疫管理マニュアル」が必要となる.農水省による「豚における一般的衛生管理マニュアル」(http://www.maff.go.jp/eisei_guideline/05pig.pdf)や畜産関連企業の防疫管理マニュアルが参考となる. ア 豚及び排泄物 一般的な衛生対策として,繁殖候補豚や肥育用素豚などの導入豚は,衛生管理が厳格に実施されている特定の農場の豚とする必要がある[93].サルモネラの汚染源は,多岐にわたるが,SCは,基本的に豚のみに分布している[100].そのため,汚染農場から豚を導入しないことや,感染豚の排泄物に汚染している可能性のある農場及び施設(と畜場や糞尿処理施設)等から持ち込まないことで,SCの侵入防止図ることができる.農場への各種病原体の持込を防止する上で,車両の消毒,着衣の着替え,長靴の消毒など,十分な注意が必要である. イ 飼 料 飼料におけるサルモネラ汚染に関しては,肥飼料検査所によって1998〜2002年の5年間の成績が報告された[44].原料では,動物由来タンパク質原料では,肉骨粉(12.0%),フェザーミール(6.3%),魚粉(4.6%),チキンミール(4.1%)で陽性率が高く,年々減少している.汚染率の高かった肉骨粉は,BSE対策のため2001年10月以降輸入されていない.また,5年間の配合飼料の汚染率は,牛用1.9%,豚用1.2%及び鶏用0.4%であった.配合飼料の加工形態別では,非加熱飼料(マッシュ,バルキーなど)で分離されている(1.4%)が,加熱飼料(ペレット,クランブルなど)からは分離されていない.飼料のサルモネラ汚染対策として,ペレット化が推奨されている[94]が,近年,デンマークの研究で,豚のサルモネラ感染率が加熱飼料を給餌した豚で増加するという疫学的成績が出されている[59].この点に関しては後述する. 飼料及びその原料から分離されるサルモネラは,動物由来のサルモネラに比べて各種抗菌剤に対して感受性を示す[130]. ウ 野生動物 SCを除く多くの血清型のサルモネラは,ネズミや野鳥など野生動物も保菌していることが知られている.都市部に生息するネズミの1.5〜17.7%からサルモネラが分離され,血清型は,STが優勢である[62, 73].また,ドバトにおいても,0.6〜9.6%でサルモネラを保菌し,分離されたサルモネラが,すべてSTであったと報告されている[64, 103].カラス及びその糞便149検体からは,ST(35検体),Infantis(14検体),SD(5検体),Hader(2検体),Newport(1検体)が分離された[101]. エ 導入豚の隔離飼育 導入豚は,検疫を実施するとともに受入先の環境に馴らす(馴致)ため,特定期間,隔離施設で飼育する.飼養衛生管理基準(家畜伝染病予防法施行規則第21条において規定)においても検疫の必要性が示されている.サルモネラ汚染農場からの導入では,輸送などのストレスにより排菌量が増加し,2週間程度で同居豚群への汚染を引き起こす[22].また,到着後に農場のサルモネラの汚染を受け,急激に汚染が広がる.豚は,サルモネラに感染後2時間以内に排泄が始まる[51]. (2)農場内のコントロール 農場からサルモネラを排除する場合,豚群のオールアウトが有効ではあるが,大規模化が進んでいる現状を考えると現実的ではない.養豚場におけるサルモネラ低減対策は,飼料汚染の改善,農場の汚染地図の作成,農場の洗浄・消毒を挙げている[127].養豚場のサルモネラ汚染に関するリスク分析において,「全体的な衛生管理(Total farm hygiene)」が,最重要のリスクファクターと位置付けられた[11].また,国内の養豚場における各種疾病の浸潤状況を考えると,総合的な衛生管理は,各種疾病の発病リスクを低減する上でも重要である. その他に,牛や鶏では,サルモネラワクチンや競合排除(CE)法を応用した生産資材(CE製品)も利用されている.豚においてもワクチン[13]やCE法[4]の有用性が報告されているが,国内では市販されていないため,本稿では省略する. ア 環境整備 サルモネラ発生農場では,2年にわたって分離され続けた報告がある[57].農場からの菌の排除は難しく,症状が治まった後も,環境から長期間分離される.サルモネラは,糞便や環境中で長期間生存するが,SCは,湿った糞便で3カ月,乾燥糞便で13カ月生存し,乾燥糞中のSCは,4カ月感染力がある[38].豚は糞食するため,サルモネラは排菌豚の糞便を介して水平感染する.汚染農場では,長靴[10]や管理器具[68]からも高率に分離される.サルモネラ症では,幼若動物で症状が重篤であるため,弱齢豚群へ汚染が拡大しないような作業動線や衛生管理が重要である.消毒方法の効果については,他稿を参考にしていただきたい[95, 96, 128]. 農場内の感染環には,豚以外の各種動物が関与している.他の家畜のサルモネラ対策と同様,ネズミ駆除は重要である.SCにおいても,汚染農場で捕獲されたネズミから分離されている[78].その他,ハエ,クモ,ゴキブリなどの昆虫からもサルモネラが分離される[10, 68].特に,ハエからの分離率(6%)は,ネズミ(5%)より高く,床面や長靴の汚染状況に反映する[10]. イ 群編成と移動/輸送 農場内のステージ別の汚染状況は,肥育豚が最も高い[34, 36, 65]ため,肥育舎からの汚染拡大は注意を要する.オールイン・オールアウト方式の肥育舎における調査で,肥育舎移動後2日目で46%,37日目で20%,78日目で50%の豚から分離され,分離株の血清型も変化する[21]. さらに,肥育豚の汚染は,と畜時のサルモネラ汚染を増加させる重要なリスク要因とされている.サルモネラ陽性農場の出荷豚のと体汚染率(30%)は,陰性農場のもの(6%)より高かった[106].出荷豚からのサルモネラの排泄は,輸送と繋留により排菌が増加する.平均169kmの輸送後,2〜3時間繋留してと殺された豚からの分離率(39.9%)は,農場で飼育中(5.3%)に比べて7倍高く,血清型も増加した[52].一方,実験的には,出荷前24時間以内の給餌を行わないことで,排菌量は増加しなかった[56]. と殺時のサルモネラ汚染は,繋留施設の衛生状態に関係する.清潔な施設で繋留する場合は,サルモネラの分離率に影響しなかった[54].と殺時に分離される血清型は,農場で分離されるものと一致しなかった[36]. ウ 母子感染 サルモネラの分離率は,健康な哺乳子豚で低いが,母子感染は農場内の感染環を形成する一因である.離乳前の子豚から分離された血清型は,母豚から分離される血清型と同様であった[34].また,母豚が抗体を保有する一貫経営農場では,肥育豚の抗体保有率が高かった[6].一方,サルモネラ汚染農場で生産された離乳子豚を種豚群から分断された清浄な豚舎で飼育することでサルモネラ感染を防止できた[18]. エ 飼 料 配合飼料の加工形態や原料の粒度が,サルモネラ感染率に影響することが報告された[59].すなわち,加熱飼料(ペレット,クランブル)を給餌している豚群で,非加熱飼料を給餌している豚群に比べて陽性率が高く,また,粒度の粗い飼料は,サルモネラの陽性率が低いという血清学的調査成績であった[59].原因として,胃内の乳酸の減少にともなうpHの上昇によって,サルモネラの生存率が上昇するため,感染を容易に引き起こす可能性が示唆されている[75].しかし,飼料の粒度や加工形態は,豚の発育に影響することや飼料の汚染状況に影響する点を十分に考慮する必要がある[35]. 発酵飼料や液状給餌も,サルモネラの感染を低減するといった成績が得られている.発酵飼料投与群では,胃や小腸内の乳酸菌の増加が観察され[116],pH低下よるサルモネラ殺菌作用が影響することが示唆されている[46].一方,STとS. Goldcoast感染豚に対する発酵飼料の群内の感染頭数と排菌量への影響について実験的に評価したが,通常の飼料との間に差はみられていない[115].液状飼料に付いては,糞便の混入によるサルモネラの増殖を引き起こし,汚染拡大の危険性が指摘されている[112]. オ 施 設 飼育施設も,サルモネラ汚染に影響要因としてあげられている.離乳子豚を清浄な場外施設で飼育することでSC感染を予防できた[83].しかし,オールイン・オールアウト方式やマルチサイトシステムの14農場での調査では,サルモネラ汚染の低減効果は認められなかった[24].スノコ床で飼育された豚は,保菌率が低い[24].開放の排水溝のある豚舎では,サルモネラの感染率が高く[23],排水の流れに沿って,感染が引き起こされる[20].汚染スラリーを固液分離した場合,カンピロバクターは液層のみから分離されるが,サルモネラは,固層と液層の両方から分離された[120]. |
(以降,次号へつづく) |
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