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解説・報告

豚のサルモネラ症の現状と対策(I)

浅井鉄夫(農水省動物医薬品検査所検査第2部主任研究官)

1 は じ め に
 豚のサルモネラ症(Salmonellosis)は,豚に対し宿主適合性のある豚コレラ菌Salmonella enterica subsp. enterica serovar Choleraesuis(SC)や豚チフス菌S. Typhisuisに起因する急性敗血症と,広範な宿主に感染するネズミチフス菌S. Typhimurium(ST)やS. Derby(SD)などの血清型に起因する急性ないし慢性の重篤な下痢を主徴とする伝染病である[100].敗血症は,幼若動物で多くみられ,発熱,食欲廃絶,呼吸速迫,立毛,元気消失などの一般症状の悪化,耳端,四肢,下腹部のチアノーゼなどを呈し斃死する.また,肺炎症状を併発することもある.腸炎では,黄灰白色泥状の悪臭便や粘血便を数日〜数週間にわたって排泄し,発育不良となる.下痢・軟便などの腸炎症状が見られ,1〜4日間の経過で全身症状に移行する場合もある[93].国内に分布するSCは,硫化水素非産生のCholeraesuis型(アメリカ型)と硫化水素産生のKunzendorf型(ヨーロッパ型)ともに認められるが,Kunzendorf型が多い[66].S. Tyhisuisは,1978年に沖縄県の症例から分離されたが,その後の報告はない[93].
 家畜伝染病予防法では,S. Dublin,S. Enteritidis,STあるいはSCによる豚(イノブタを含む)及びいのししの感染症は「サルモネラ症」として届出伝染病とされている.豚のサルモネラ症が届出伝染病に指定された1998年4月以降,1998年度に10戸28頭,1999年度25戸187頭,2000年度25戸1,077頭,2001年度50戸2,647頭,2002年度56戸652頭,2003年度48戸218頭の発生が報告されている.発生戸数は,2001年まで増加し,発生頭数は,2001年をピークに減少している.国内のサルモネラ症の経済的被害に関しては,母豚430頭の農場でのSTによる下痢で17頭が死亡した発生例において,死亡による損失は63万円で,発生期間(17日間)全体では約335万円と試算されている[49].
 一方,サルモネラに感染した豚は,常に臨床症状を示すとは限らず,不顕性感染豚(キャリア)となる[71, 96].と体のサルモネラ汚染の大部分は,健康保菌豚の糞便によって引き起こされる.国内では豚肉に起因した食中毒の発生はきわめて少ないが,1993年にデンマークでS. Infantisに汚染した豚肉に起因する食中毒の発生がみられ,EU各国で農場レベルでのサルモネラのコントロールプログラムが実施されている[12, 77, 121].これまで米国では,と殺から加工段階でHACCPによるサルモネラ汚染の制御が行われてきたが,農場段階のサルモネラの低減についても関心が高まりつつある[34].
 そこで,本稿では,豚におけるサルモネラ症の現状と,対策としての予防及び治療について概説する.
 
2 発 生 状 況
(1)諸外国の状況
 デンマーク:1980年代に人のサルモネラ食中毒の増加によって,国家レベルでのサルモネラコントロールプログラムが開始された[77, 121].豚のサーベイランスでは,繁殖豚群の血清抗体検査(月10回),豚群の糞便検査(5頭づつのプールで20サンプル),と殺豚の肉汁(meat juice)抗体検査(年間60〜100サンプル),と体の細菌検査が行われている.検査結果に基づいて,農場は3段階に分けられ,汚染レベルに応じてペナルティー(販売価格の2〜4%)が科せられるとともに,衛生指導が実施される.この取り組みによって,1993/94年に14.7%あった汚染小規模農場(年間と殺頭数500〜550頭)は,1998年に7.2%に減少し,大規模農場(年間と殺頭数2600頭以上)においても,13.6%(1993/
94年は23.1%)に減少した[16].
 英国:2003年の調査では,3,269例中213例からサルモネラが検出され,下痢を主徴とし,他に呼吸器症状が認められている[117].STが,分離株の71.8%を占め,SD(13.1%),Kendougou(3.3%),Reading(2.8%)の順であった.STのファージ型の推移では,DT104及びその関連型(104a,104b及びU302)が1999〜2000年に40%であったが,2001〜2003年には25%程度に減少し,U288が増加している.SCは,ほとんど分離されていない(1999年以降:1179例中4例).生産者団体BPEXによるZAPサルモネラプログラムが行われている[12].デンマーク同様,肉汁を用いたELISAによる抗体検査で,2003年には,83,094頭中25%が陽性であった.また,政府による農場におけるサルモネラの防疫指針が出されている[72].
 米国:1980年代にSCによる豚のサルモネラ症が多発し[100],病豚から分離されるSCは,1990年には72.9%(1,047/1,436)を占めていたが,1995年には29.9%(369/1,234)に減少し,米国で1990〜1995年に分離されたSCは,Kunzendorf型が大部分であった[111].減少理由は,飼育管理の改善と生ワクチンの影響などとされている[100].また,SC以外の優勢な血清型は,SD,ST,Agonaである[111].1997〜2000年に豚から分離されたSTのファージ型は,DT104が最も優勢(34%)で,DT21(26%),DT193(25%)の順であった[37].健康豚のサルモネラに関しては,農場陽性率は,38.2〜83%,豚の陽性率は,6.0〜24.6%とされている[35, 110].
 カナダ:ケベック州の調査では,農場陽性率で70.7%,肥育豚の陽性率は7.9%で,SD(37.1%),ST(34.1%),Anatium(10.6%),Ohio(8.3%),Heidelberg(4.5%)などが分離された[68].アルバータ州では,農場陽性率66.7%,肥育豚で14.3%であり,ST(24.2%),SD(22.0%),Infantis(14.6%),California(7.5%)などが分離された[85].
 台湾:人の症例から分離されるSCのフルオロキノロン耐性が問題となり,豚のフルオロキノロン耐性株の増加と関連することが示されている[15].

(2)国内の状況
ア S. Choleraesuis
 わが国におけるサルモネラ症の発生は,1928年に寺門がSCによる症例を報告して以来,1945年まではかなり発生したとされている[93].第2次大戦後,外国との交流が盛んとなり,畜産物の輸入が増加する中,人のサルモネラ食中毒も増加する傾向にあった[80].そこで,1949〜57年にわたって,豚を含む各種動物の糞便材料からサルモネラの検索が行われた[90].その結果,1949年にSCによるパラチフスの発生例が2件(7株)確認されたのみであり,57年まで豚コレラ罹患豚を含む1万頭以上の臓器や糞便が調べられたが,サルモネラは分離されなかった.その調査で豚から分離された血清型は,SD(9株),Senftenberg(5株),Enteritidis(2株),ST, Manhattan,Virginia,Muenster,Hvittingfoss(各1株)であった.その後SCは,1970年に奈良県及び岡山県で90〜120日例の肥育豚での散発的な下痢の発生が報告され,肥育用に導入した直後に発生がみられたため,輸送や群編成にともなうストレスが発病の誘引として考えられた[32, 97].また,1972〜1978年に大阪市内のと畜場で肝臓の巣状病変が認められた557例中130例及び敗血症の所見が認められた1,655例中6例からサルモネラが分離され,132例がSC var. kunzendorfで,他に2例ずつからSCとSTが分離されている[66].その後,1992年に茨城県で,SCに起因する下痢を主徴とした症例[107]と呼吸器病を主徴とした症例[99]が報告された.後者は,PRRSウイルスとの混合感染が認められた症例であり,PRRSウイルスとの混合感染との関連も示唆されている[99].

イ S. Typhimurium
 1969〜1970年のと場出荷豚における調査では,40頭中18頭(45%)から分離され,血清型は,ST(9株),SD(5株),Stanley(4株),IrumuとAnatum(各1株)であった[63].1970代の後半には,52%(141/271)の豚群,23.1%(310/1,341)の豚から分離され,SD(28.2%),ST(28.0%),London(10.5%),Heidelberg(6.0%),Anatum(5.3%)など19種の血清型で,1980年代の後半には,17.1%(59/345)の豚群,5.7%(98/1,717)の豚から,ST(19.3%),Agona(18.3%),SD(14.7%),Infantis(13.3%),London(6.0%)など17種の血清型が分離された[129].一方,1982年に行われた60農場285個体の糞便では,3農場3個体(SD:2,ST:1)から分離された[79].また,1996年〜2001年に下痢・軟便から分離されたサルモネラ84株の血清型は,ST(61.9%),O4:d:-(13.1%),SD(7.1%),Agona(4.8%),Mbandaka(3.6%)など10種類であった[7].1998年に行われた農場飼育豚の調査では,37%の農場(10/27),2.3%の豚(58/2,541)から,12種の血清型が分離され,SD(22.4%),ST(20.7%),Infantis(19.0%),London(13.8%),Agona(12.1%)の順であった[45].一方,1980年から1995年に豚の病性鑑定材料から分離されたサルモネラ111株の血清型は,SC(27.9%),ST(27.9%),SD(15.3%),Ohio,Infantis,O4:d:-(各4.5%)であるが,特定の地域で分離されたSCが含まれている(31株中24株)ことから,必ずしもSCは主要な血清型ではないとされている[1].以上の成績より,STは,SDと並んで,国内の豚から分離される優勢な血清型と考えられる.

ウ S. EnteritidisとS. Dublin
 S. EnteritidisとS. Dublinによるサルモネラ症は,哺乳中の子豚の髄膜炎として報告がある[74, 87].国内においてもS. Enteritidisによるサルモネラの症例は,子豚の敗血症や成豚の下痢症例として報告があるが,きわめてまれである.S. Dublinは本来,牛を固有宿主とする血清型で,S. Dublinについての報告はない.

 

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