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VI 皮 膚 | ||||
1 創傷治療の新しい考え方 一昔前まで,「キズは乾かして治す」という概念がまかり通っていた.液体を滲出するキズに対しては,ガーゼを当てて液を吸い取らなければならないと信じられていた.感染を起こさないよう毎日消毒液で消毒しなければならないと信じられていた.しかし,今,形成外科領域は大きく方向を転換している.ガーゼを当てて乾かしたり,消毒をして細胞を傷めることがいけないことだと科学が証明し始めたのである[13]. 消毒薬の「細胞」殺傷能力は凄まじいものがあり,「細菌」を殺傷するよりも大きいのである.消毒薬で消毒されたキズの中にある,そのキズを治そうとする細胞やサイトカインを大きく侵襲してしまうということが判明した.いま,当院では手術後のイソジン消毒などは影を潜めてしまった.結果,手術創や創傷の治り方は改善していると感じている. そもそも感染は,壊死物質や金属などの異物が存在する創に起こりやすい.異物のない手術創やよくdebrideされた創では,感染は非常に起こりにくい. |
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2 皮 膚 再 生 大きく深く皮膚欠損したときに,従来なら皮膚移植という手段しかなかった症例に対し,皮膚の再生という手技が台頭している. 欠損した部位に皮膚を再生するため必要な概念は,「閉鎖環境」である.皮膚欠損部をなんらかの人工物(たとえば閉鎖性ドレッシング材)によって閉鎖することによって,その内側に擬似生体内環境を作り出す.もともとの皮膚の内側は皮膚によって外界とは遮断されており,外界とはまったく異なる環境にある.温度,湿度,pH,O2とCO2の濃度などが異なるために,開放状態では皮膚が再生しにくいのである.そこで皮膚欠損部を閉鎖し,外界と遮断することにより,細胞やサイトカインが温存されしかも働きやすい本来の生体内に近い環境を提供しようというわけである.「閉鎖」することにより,適温に保たれ,湿潤し,適正なpHやCO2濃度が得られるのである.最近よく創傷治癒には「湿潤環境」が大切だという表現がなされているが,湿潤というのは閉鎖によって得られる数多くあるファクターのうちの一つにすぎないので,大切なのは「閉鎖環境」であると述べておく. 閉鎖環境は,言い換えれば,生体という天然インキュベーターで,生体自身に細胞を培養させるということである.われわれは,人工的な器械のCO2インキュベーターで細胞を培養するときに,温度やCO2濃度を調整したり,精製水を皿に入れて湿潤させたりする.これと同じことを生体にしてもらおうというのが皮膚再生のための閉鎖環境であり,さらには骨折の非開創手技だったのである.外界と遮断して生体に細胞培養を任せてしまえば,これほど確かで信頼できるものは他にはない.停電したり,CO2ボンベが空になっていたりというトラブルもなく,確実に理想的な環境を保つのである.閉鎖環境であれば,という前提があるのだが.創を閉鎖できる「閉鎖性ドレッシング材」は,現在数多く市場に出てきている. もうひとつ,皮膚の再生を促進する重要な概念は,自己サイトカインの適用である.自己血液から「血小板に富む血漿:Platelet Rich Plasma(PRP)」を取り出し,これを活性化(PRPゲル)させて創傷に用いると,創傷治癒が格段に加速されることが分かっている[12].血小板の中には,創傷治癒を起こすサイトカインが豊富に含まれている(図18)ことが判明したのである.これは一般の開業医にも簡単に実施できる手技であり,治りにくそうな創傷にはお勧めである. 以上のように「閉鎖環境」と「PRPゲル」という2つの技術を用いて皮膚の再生を増幅することができる[9].以下に,私が行っている実際のPRPゲル製作手技をご紹介する. |
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3 採 取 シリンジにテルモ社製のACD-A液を採取血液量に対して10分の1吸っておく. 採血し,もともと入っていたACD-A液と軽く混ぜた後,滅菌試験管に入れて遠心分離1800rpmで8分間(分離が悪ければさらに数分間).遠心分離後は試験管を立てて固定する. 別のシリンジと16Gのサーフローを使ってゆっくりPRPを採取する.バフィーコートの直上を吸い続ける.血液10mlに対して2mlほど採れる. ここで中断し,手術の進行具合をみて,PRPフィブリンを使用する時刻の15〜20分前に以下の作業に進む. |
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4 ゲ ル 化(活性化) 採取したPRPの6分の1量の割合で,2パーセント塩化カルシウムを吸い,軽く混ぜる. サーフローを取って,シリンジからガラス製の滅菌シャーレ内にすべて滴下する. 時々サーフローで軽くかき混ぜる.塩化カルシウムを混入してから,10分から15分ほどでゲル状となる.(すべての操作を無菌的に行うこと)(あらかじめ練習が必要です) 注: 「ゲル化」というのは,2つの意味がある.ひとつは,ゲル状に変えることによって局所でとどまりやすくし,そして徐放し易くすること.もうひとつは,血小板の活性化.もともと血小板は抗凝固剤を加えることによって「大人しく」なる.すると血小板内のアルファ顆粒内にサイトカインを保持し続けるため,その放出が難しくなる.それに対し,塩化カルシウムを加えることによって活性化(放出)し易くする[12]. |
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(以降,次号へつづく) |
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