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解説・報告

エキゾチックアニマルの生物学(|||)
― フェレットの診療の基礎(1)―

深瀬 徹(明治薬科大学薬学部薬学教育研究センター基礎生物学部門助教授)

1 フェレットの診療に際して
 フェレットMustela putorius furo(英名ferret)は,犬や猫と同じく,哺乳綱Mammalia,食肉目Carnivoraに属する動物であり,近年,いわゆるエキゾチックアニマルの一種として広く飼育されているものである[3-5, 7, 10].同一の目(order)に属するという点において,フェレットの解剖学的ならびに生理学的特徴は犬と猫に類似する.また,フェレットに認められる疾病も,感染症を含め,犬,猫と共通のものが多い.したがって,フェレットの診療は,基本的には,犬及び猫に対するのと同様の手技により実施することが可能である.
 しかし,同じ食肉目とはいえ,犬はイヌ科Canidae,猫はネコ科Felidaeに属するのに対し,フェレットはイタチ科Mustelidaeに属しており,これらの3種の動物は科(family)のレベルで異なっている.すなわち,犬,猫とフェレットは,単に種(species)が異なるという以上に大きな差異を示すことも事実であり,それぞれの動物種に適した方法による診療を行わなければならないことはいうまでもない.“A cat is not a small dog.”とよくいわれるように,猫は小型の犬ではなく,猫の診療に際しては,猫という動物種に即した対応が求められる(さらにいえば犬と猫についてはおのおのの品種(breed)ごとの対応も必要であろう[9]).同様に,フェレットの診療に際しては,フェレットという動物種に即した対応が必要である.
 相反することを述べたように思われるかもしれないが,ここで強調したいのは以下のことである.すなわち,犬と猫を主たる診療対象としている動物病院において,フェレットはウサギやハムスター類に比べてはるかに診療を行いやすい動物であり,その診療には既存の設備を活用することができるが,その一方,犬や猫とは異なる独立した動物種であることを十分に認識し,生物学的特性等を考慮した対応を心がけるべきである.

2 保 定 法
 エキゾチックアニマルと称して販売あるいは飼育されている動物には,野生の個体を捕獲したものがあり,あるいは飼育下における繁殖個体であっても,アライグマProcyon lotor[6]やハクビシンPaguma larvata[8]のように,凶暴な性質を示すものが少なくない.
 そのため,これらの動物を保定するには,犬,猫の場合以上に細心の注意が必要である.特に食肉目には歯と四肢の爪が発達している種が多いため,咬まれたり,引っ掻かれたりすると,大きなけがをすることがある.
 しかし,フェレットは,野生の動物ではなく,家畜化された長い歴史を有することによると思われるが,エキゾチックアニマルのなかでは例外的に取り扱いが容易である.保定は,おのおのの状況に応じて,犬や猫と同様に行うことが可能である.また,頸背部をつかんでぶらさげ,後肢を空中に浮遊させることにより,1人でもある程度の保定をすることができる[1](図1).
 なお,特に保定が困難な個体に注射を行う場合などは,ネットをかぶせたり,あるいは狭体装置の付いたケージを用いるのも一法である.
 さらに,詳細な検査や処置を行う際には,塩酸ケタミンを使用して不動化するのがよいだろう.
フェレットの簡便な保定法

図1 フェレットの簡便な保定法

3 採 血 法
 採血は,静脈から行うのがふつうである.採血部位は,橈側皮静脈や伏在静脈,頸静脈とする.確実に保定ができない場合には,鎮静または麻酔下で採血するとよい.
 また,フェレットでは,指端を切って出血させ,血液検体を得ることがある.しかし,こうして採取した血液には組織液などが混入しており,これを用いて信頼性の高い血液学的検査や血液生化学的検査が行えるかは疑問である.

4 検 体 検 査
 フェレットにおける検体検査は,犬,猫の場合とまったく同様にして実施が可能である.しかし,各種の検査機器,たとえば血球計数装置や生化学分析装置などの測定条件は,フェレット用に設定されているわけではなく,これらの検査に際してはいくつかの問題が発生する.

(1)血液学的検査
 最近は,多くの動物病院に自動血球計数装置が導入され,動物病院内で血液学的検査が容易に行えるようになっている.しかし,その血球計数装置は犬,猫用であり,必ずしもフェレットの血液性状に合わせて測定条件が設定されているわけではない.動物種が異なると,血球の大きさが異なり,あるいは測定試薬内における血球サイズの変化の程度が異なるため,本来は動物種ごとに測定条件を設定する必要がある.
 また,外部の衛生検査所(コマーシャルラボラトリー)に検査を依頼すれば,それが動物検体の検査専門の受託機関でなければ,人間用の検査機器による測定が行われ,犬,猫の検査を含め,同様の問題が生じることになる.あるいは動物を専門とする受託機関であっても,犬,猫用の機器で測定が行われ,フェレットの検査に適していないのは上記と同様である.
 すなわち,その動物種に適した測定条件による検査が行われなければ,測定値は求めることができるが,極端なことをいえば,それは単に数字が得られたにすぎず,確度の高い検査結果であるという保証はない.今後,フェレットやその他の動物種にも適した測定ができる血球計数装置が開発されることを期待したい.
 なお,フェレットの血液学的検査の正常値については,文献にもみることができる[2, 11, 13]が,上述の理由等により,厳密には各動物病院における測定条件のもとで求めるべきである.

(2)血液生化学的検査
 血液生化学的検査についても,動物病院内で検査を実施するか,外部の衛生検査所に測定を依頼するが,いずれにしても血液学的検査の場合と同様の問題が発生する.特に血液生化学的検査では,測定原理や測定条件が異なると,得られる測定値が大きく異なることがある.そのため,異なる方法で測定して得た検査成績は,一概に比較することはできない.
 血液生化学的検査もおのおのの施設において正常値を設定することが望ましい.文献的には血液生化学的検査の正常値の報告例もある[2, 11, 13]が,現在の日本において一般に行われている方法によって求めたものではない.あくまでも参考にとどめるべきであろう.


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