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解説・報告(最近の動物医療)

IV 股関節形成不全症の治療法
 股関節がいろいろな疾患によって構造的に機能的に破綻する.股関節形成不全症,大腿骨頸部骨折,骨頭壊死症,股関節脱臼など,発症するとその処置が困難となる疾患が多い.特に大型犬では,その体重の負荷の大きさから,治療法の選択がより難しくなる.
 
1 股関節の人工臓器
 まず「再生」とは対極にある人工関節について述べてみたい.「人工関節」「全置換」「トータルヒップ」と聞くと,非常に斬新で先端的で高級であるという感触を受けられる先生が多いかも知れない.しかし本当のところはどうだろう.生体にとっていわば異物の塊を無理矢理に骨の髄に差し込んで,体重を支えたり激しい動きに対応しようとするのだから,かなり無茶な作戦である.一時期,セメントを骨髄に流し込んで人工関節のステム(人工骨頭の支えとなる脚の部分)を骨と一緒に固めてしまおうという原始的なことをしていた.セメントの重合熱によって骨が火傷を負う,セメントのモノマーが全身に流れ出し,ショックを引き起こす,マイクロの動きが持続することによって徐々に緩みが生じる,などのセメントの害が浮き彫りになり,あまり使われなくなった.
 そこで登場したのがセメントレス法だった.セメントがいけないというなら,セメントなしで行こうと考えたのも無理はない.しかし,人医学領域では,これも同じ運命をたどって,使われなくなりつつある.そもそも人工関節はセメント法であれ,セメントレス法であれ,かなりの無理をして生体内に押し込んでいる.その問題点は……
    (1)生体を破壊して装着する
    (2)力学的に異なる物質
    (3)人工関節と骨とは結合しない
    (4)摩耗粉と悪性肉芽
    (5)細菌感染
    (6)人工関節の脱臼
    (7)衝撃吸収能が皆無

 以上のことから,人工関節は骨吸収を起こしやすく,緩みlooseningを起こしやすい.その特徴を少し説明する.
 
(1)生体を破壊して装着する:
 人工関節を装着するために,大腿骨の骨髄を破壊する.骨髄をくり抜かれた大腿骨皮質はどこから栄養をもらうのか.骨は血行がなければ壊死する.さらには,血行の悪化した骨に「プレスフィット」などと言って,グイグイと金属を押し込んでいって,血行はさらに悪化する.それが生体骨にとってよいことか.骨吸収を起こす可能性が高い.
 人医学での超高級機種では,各患者の大腿骨の形状に合わせてオーダーメイドのステムを作成してから装着する.しかし,犬ではそのシステムがないため,「ステム形状を骨に合わせる」のではなく,反対に「骨を削って,ステム形状に合わせる」という悲惨なことが行われる.そのためにリーミングは骨髄だけで留まらず,骨皮質にまで及ぶ.削られた皮質骨の血行は,周囲の筋組織から挽回されることもあるが,どこまで挽回できるかは神のみぞ知るところである.骨壊死そして病的骨折を起こす可能性がある.
(2)力学的に異なる物質:
 AOのプレートと同じように,力学的にまったく異なる特性を持つ物質を生体内に装着すると,骨吸収を起こすことがある.衝撃を吸収する機能も持っていない.緩みが発生する可能性がある.
(3)人工関節と骨とは結合しない:
 ステム表面と骨皮質は結合しない.金属と骨組織は結合しないため,あらゆる工夫と研究が成されている.ステム表面にハイドロキシアパタイトの薄膜をコーティングしたり,チタンの多孔体を蒸着させたり,チタン表面をアルカリ熱処理したり,基礎研究者達は骨と金属を結合させようと躍起になったが,まだ決定打は出ていない.チューリッヒ方式には横止めスクリューはあるものの,ステム表面と骨を結合させるシステムは何もない.将来,他の「結合型」が出回るかも知れないが,今のうちに申し上げておきたい.そもそも多孔形状の物質内に骨組織を入り込ませようとするときには,非常にゆっくりとした時間と静的環境が必要である.しかし人間なら慎重に歩くが,犬は痛みが消えたとたんに走り,ぶつかり,転げ回るのである.骨細胞が入り込む時間も環境もなく,界面のR離と界面への結合組織の侵入が起こる可能性が高いのである.
(4)摩耗粉と悪性肉芽:
 人工関節の稼働部分である関節面に摩耗が生じる.このときに細かい摩耗粉が生体内へ流れ出し,生体は炎症反応を惹起する.摩耗粉を分解排除しようとして,マクロファージなどの細胞と炎症性サイトカインが活躍するが,この摩耗粉(人工物質)は分解不可能であり,炎症反応は半永久的に持続する.次第に悪性の肉芽を形成していき,骨吸収を起こす可能性が高い.
(5)細菌感染:
 人工物に細菌感染した場合,細菌は自らバイオフィルムを形成し,抗生物質から自分を隔離することができる.よって人工関節やプレートをはじめとする人工物に細菌感染した場合には,抗生物質は非常に効きにくく,数年経ってからろう管を形成して排膿するという現象も起きることがある.
(以降,次号へつづく)

 


† 連絡責任者: 岸上義弘(岸上獣医科病院)
〒545-0042 大阪市阿倍野区丸山通1-6-1
TEL 06-6661-5407


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