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解説・報告(最近の動物医療)

「生物学的整形外科」の新しい展開(|||)


岸上義弘(岸上獣医科病院院長・大阪市獣医師会会員)

 

(3)骨折癒合不全に対する骨再生の考え方と手技
 従来,こういった骨折癒合不全に対して,皮質骨移植・海綿骨移植といった方策が選択された.生物学的要素に乏しく,生理的活性が少ない部位に,無細胞の皮質骨(同種骨)を用いるのは最良の手段とは言えない.抗原性をなくすために同種骨は処理され,細胞やサイトカインを抹消してある.移植骨には骨誘導能はなく,骨伝導能だけがある.移植骨内に確実に血行が回復し,細胞が進入し,うまく生着するかどうかは未知数である.骨折部の生理活性の低い状況であるだけに,不安は残る.あるいはまた,危険ではあるが,冷凍骨は細胞成分やサイトカインを残存しているものもある.骨誘導能が残ってはいるが,抗原性も残存しているので拒絶反応が現れるかも知れない.もし拒絶反応が起こったら,断脚という悲惨な状況になるかも知れない.自家骨移植は抗原性に悩むことはないが,自己の他の部位を大きく侵襲し,しかも希望通りのサイズや形状の移植骨が得られにくい.
 海綿骨移植という方法は,骨折部の生物学的要素を補助するという目的においては皮質骨移植よりも優れている.海綿骨には幹細胞,造血幹細胞,ストローマ細胞,骨芽細胞,血小板,サイトカインなども含まれている.確かに骨を形成するためには,幹細胞は絶対に必要不可欠なものである.ただし全骨髄細胞のなかの幹細胞の数は非常に少なく,鋭匙に3杯の海綿骨移植だけをもって「生物学的要素を飛躍的に改善した」とは言い難い.また,移植した細胞群がそのまま生着し,生き長らえるかどうかは,母床の悪い状態からしても予想できない.
 このように従来の骨折癒合不全の対処法には,メリットもあるが,それに応じたデメリットもあり,ブレイクスルーにはなり得なかった.私見であるが,骨折癒合不全を治癒するときの考え方は,骨折部の生物学的要素を復活するによって,本来の生理的骨折治癒課程をもう一度開始すること(つまり骨再生)が重要になるのではないだろうか.そのために準備すべきものを検討してみよう.
<幹 細 胞>
 前述したように骨髄に含まれる幹細胞の数は非常に少なく,活性の低い骨折部や閉鎖された骨髄では,なおさら幹細胞は少ないと予想される.超小型犬など骨髄の非常に狭い症例または骨髄が機能を回復しないであろうと考えられる症例では,あらかじめ健康な骨から骨髄液を採取し,幹細胞の培養増殖を行うことがある.この手法によって,不全となった骨折部に,すべての細胞の未分化型である幹細胞を大量に自家移植することは,血管や骨を作り出す細胞の源として有力な武器となる.当院ではクリーンベンチとCO2インキュベーターとを備えた細胞培養室(図8a)が有り,各患者のオーダーメイドの自己幹細胞を培養(図8b)することができる.
 組織再生の4要素は,幹細胞・足場・サイトカイン・血行である.これらの要素を揃えることによって骨再生が進む.まず幹細胞の供給源である骨髄の近位と遠位の連絡が必須であろう.そのためには骨折部に存在する瘢痕組織を除去する必要がある.瘢痕組織があると,骨髄の連絡や骨組織が入り込むことも新生血管が入り込むこともできないからである.
 骨折部にアプローチし,不要な瘢痕組織をロンジュール鉗子などでdebrideする.重度に骨吸収を起こした骨は,腐骨となる恐れがあるため,やはりある程度debrideした方がよい.吸収骨はその硬度を失っており,ロンジュール鉗子で容易に除去することができる.
 次に骨髄腔に細いキュルシュナーピンを挿入し,骨髄スペースを確保する.可能であれば骨髄からの出血を起こさせる.骨髄に大きな侵襲を与えないよう,かなり細いキュルシュナーピンをゆっくりと回転しながら慎重に挿入する.近位・遠位の両骨髄からの出血を起こさせ,骨髄の連絡を図る.骨髄の復活により,今後の幹細胞の供給を促し,血行を与えるのが目的である.
 結果として幹細胞の供給源は,骨折部の自己骨髄から,または健康な部位の自己骨髄から,さらにはあらかじめ培養増殖した自己幹細胞という3種類の幹細胞から選択あるいは組み合わせすることができる.
図8a
図8a 当院の細胞培養室の施設.幹細胞や上皮細胞を培養する装置
 
図8b
図8b 培養増殖した幹細胞
 
<足 場>
 いずれの細胞にしても,安住のための足場が必要である.生体内にはフィブリンという線維が多く存在し,血液中にも流れている.海綿骨・骨髄液・血液・後述するPRP(血小板に富む血漿)にもフィブリンは含まれており,細胞の安住の地となりうる.また,ブタの皮膚から抽出し抗原性をなくしたアテロコラーゲンを熱架橋して用いることも一案である.再生医学の現場では,コラーゲンの線維による多孔性や方向性の違いで,細胞の生育の仕方がどう変わるかなど,深く研究されている.
<サイトカイン>
 生体の自己治癒能力の一環として,ダメージを受けた組織を修復したいときに,生理的には多くの種類のサイトカインが適期に適量,適所に発現する(図2).この項の主題となっている骨癒合不全の症例において,このシステムはすでに終わっていることから,これらのサイトカインが発現してくるとは考えにくい.そこで自己血小板を凝集・濃縮して,活性化し,局所に使用するという方法がある[12].血小板の機能として,止血機能は従来から分かっていたが,近年,組織損傷に対する修復に大きく役立つサイトカインの宝庫であることが判明した.そこで患者から自家血を採取し遠心分離して,血小板に富む血漿(Platelet Rich Plasma:以下PRP)という形態で局所に使用するのである.
 血小板の中には,TGFhβ(トランスフォーミング増殖因子),PDGF(血小板由来増殖因子),IGF(インシュリン様増殖因子)といった,組織損傷を修復するサイトカインが詰まっている.これらの因子が,幹細胞や前駆細胞を増殖・活性化し,毛細血管を新生し,結果として骨折治癒を促進する.
 自己サイトカインをPRPから利用する以外に,遺伝子組み換えによって作成されたサイトカインを利用する方法もある.幹細胞の豊富な部位ではBMP(Bone Morphogenetic Protein骨形成因子)が有効である.BMPは未分化な細胞を骨芽細胞そして骨細胞へと分化させていく分化誘導因子である.
 幹細胞の少ないところに(骨癒合不全の症例などで)活躍すると考えられるのが,b-FGF(塩基性線維芽細胞増殖因子)である.b-FGFは細胞が産生するサイトカインの一種であり,146個のアミノ酸からなる分子量17,000Dの一本鎖のペプチドで,その等電点は9.6であり,中性溶液中ではプラスに帯電している.b-FGFの効果として知られているのは,1.幹細胞や骨芽細胞を増殖する 2.毛細血管を新生する 3.それらの結果として組織の再生を加速する,というものである[1, 15, 20].今回用いたb-FGFは,遺伝子組み換えによって作製されたものである.普段は凍結乾燥の状態で保管されており,使用時に精製水に溶解する.
<Drug Delivery System>
 b-FGFなどの人工サイトカインはそのまま骨折部に埋入しても,瞬時に生体内で拡散してしまう.骨の再生の開始に要する期間中,サイトカインが骨折部にとどまって,徐々に放出される必要がある.そのため,サイトカインをそのまま骨折部に埋入するのではなく,Drug Delivery Systemのうちの徐放システムを用いている.使用した高分子キャリアはゼラチンである.酸性処理したゼラチンを化学架橋して作製したハイドロゲルへ,b-FGFを静電的に吸着させている.担体として,生体吸収性であり中性溶液中でマイナスに帯電する性質を持つ等電点4.9のアルカリ処理ゼラチンを用いた.Tabataらの研究によると,ゼラチンやそのマイクロカプセルに増殖因子を含浸させることによって,イオン相互作用(ionic interaction)が形成され,生体内においてもb-FGFは失活することなく保持され,このハイドロゲルは生体内において,徐々に分解される.その高分子主鎖の分解と同時に,増殖因子も徐々に放出される.またその分解速度はハイドロゲルの含水率を変えることにより調節することができる.つまり放出速度が調節できる徐放システムが可能であるとしている[18, 22].ゼラチンハイドロゲルは,今年中にMedgelという会社から市販される.
<血 行>
 組織再生のための4要素のうち,細胞に栄養を与えるという役目を担うのが血行である.血小板に含まれるサイトカインやb-FGFは,幹細胞に働きかけて毛細血管を新生していく作用を持つので,今回主題となっている骨癒合不全を起こした不毛の地に血行を再開させることが期待できる.
 そしてもう一つ,生理的な骨癒合を押し進める仮骨は,骨膜の幼若な細胞によって増生するのだが,その骨膜は筋組織から血行を受ける.筋→骨膜→仮骨という血行が重要である.だからこそ筋組織と骨を遮断してしまうプレート法はお勧めできない.
<整復と安定>
 骨癒合不全の症例において,骨折部を再固定するとき,どういう方法で固定するのが最適だろうか.私見であるが,いくつかの点で創外固定法が優れていると考える.もしもプレートを装着すると,骨折部の全周囲を筋肉組織に接触させることができない.創外固定法を選択すれば,それが可能である.筋組織からの血行は創外固定法に軍配が上がる.そしてプレートの場合,仮骨も全周にわたって形成させることができないのに対し,創外固定法の場合は全周の仮骨ができあがるので,癒合後の骨強度が高い.癒合後の骨強度が高いということは不慮の動きをする動物を患者とする獣医学領域には重要な要素である.さらにプレートで固定するときには,ある程度スクリューを締め上げることによってプレートを骨皮質に圧着させる.骨吸収を起こしているような脆弱な骨に対し,そういった圧迫は骨内血行をさらに悪化させていると想像する.よって筆者は,骨癒合不全の症例においては,固定に際し,ネジ付きのスタインマンピンによって創外固定法を実施している.


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