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解説・報告

米国獣医学会:安楽死に関する研究会報告2000(|)

鈴木 真(ファイザー(株)中央研究所)・黒澤 努(大阪大学医学部助教授)

 わが国の「動物の愛護と管理に関する法律(動物愛護法)」では動物を死に至らしめるための安楽死を規定し,別にその方法を定めることとしており,これに伴い動物の処分方法に関する指針が制定されている.しかしその内容はきわめて簡単な記載があるだけで,実際に動物を処分しなければならない現場では,それぞれに現実的な方法を別途定めるなどとしている.これを補完するように日本獣医師会から指針の解説[2]が刊行されていて,現在のところわが国における動物の処分はこれに基づいて行われている.
 現在,動物愛護法の改正が論議されており,改正後は動物の処分の方法についても再度見直す必要があるかもしれない.終生飼育が必要とされる家庭動物や展示動物でさえ,獣医学的な判断により安楽死の必要な場合がままある.野生動物についても「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律(外来生物法)」により必要であれば動物を処分することが規定された.産業動物及び実験動物はその生産の過程において,その使用目的から,すでに処分することを織り込んで生産している.
 いずれにせよ動物が疾病に陥るなどして著しい苦痛を感じており,治療不能と認められた場合,獣医師は適切に安楽死を施行しなければならない.動物を苦痛から解放するための職能をもつ獣医師の中には,実際に動物の安楽死を依頼されても,用いる方法が不適切と思われる事例に遭遇することもある.これらの原因は,いずれも獣医学教育の貧困にあるものと思われるが,専門家が適切な情報を提供してこなかったことにもその責任の一環はあるかもしれない.
 動物を処分する行為はそれが生きているものであるということ,そして,ひとたびその生命を奪うと,復元することはできないということを十分理解し,その判断には慎重を極める必要がある.また獣医師はその実行者としてもっとも社会から認知されているが,これは職能として動物の生命に関して深い知識があると世の中の人々が理解し,かつ実質的な技術を習得しており,さらには最新の情報に基づいて適切なアドバイスを行えるとの判断するからであろう.上記のように安楽死を適切に施行できない獣医師が少数ではあっても存在するが,その中には情報,技術とも不足している獣医師も含まれるかも知れない.
 欧米の動物観はわが国の動物観とはいささか違っていると考えられている.これは文化,歴史さらには宗教の違いを考えれば,動物の安楽死に関して考え方が異なることは容易に想像できる.しかし,わが国の国際化に伴って,人々の生活は著しく欧米化してきた.また海外渡航者の増加のみならず,インターネットなどの普及により容易に欧米の情報を入手可能になったことから,ものの考え方の国際化も相当に進んだものと思われる.したがって動物に対する考え方も相当に国際化したものと判断せざるを得ない.
 わが国では避けて通れるものならできるだけ回避したいとの考え方が一般化している.通常の市民であれば重大な決断はできるだけ他の専門家に譲りたくなるのは当然である.しかし,社会の期待を受けて動物愛護の専門家とみなされている獣医師は,避けたくても動物の安楽死の問題を避けて通るわけにはいかない.専門家の専門家たる所以は適切な最新情報及び技術,知識を持っていることである.
 動物の処分方法に関する指針の解説による動物を処分することができる場合の事例4に相当する実験動物を扱う獣医師は,その目的を達成した後は速やかにかつできるだけ苦痛を与えない方法によって動物を処分しなければならないことから,特に動物の安楽死の問題に関心が深い.また科学の利用に供される実験動物はきわめて国際性の強い動物であり,実際,わが国で得られた動物実験の成果も欧米で得られた成果もまったく同等であるとされる.そこで私たち日本実験動物医学会(日本獣医学会実験動物分科会)は関連情報を精力的に収集しているだけでなく,実験動物医学の専門医としての獣医師を認定している.欧州では欧州実験動物学会連合(FELASA[3, 4])が,米国では米国獣医学会がこれらの情報を発信していて,多くの文献に引用されている.そこで米国獣医学会の安楽死に関する研究会報告2000[1]を翻訳し,実験動物医学専門医のみならず,わが国の獣医師全体に関連情報を提供することとした.
 この安楽死に関する研究会はすでに第5次研究会報告を1993年に出版しているが,米国獣医学会研究理事会からの要請にもとづいて再度研究会を招集し,改訂作業をおこなったものである.この最新版の報告書では研究施設及び飼育管理施設での安楽死の情報を更新しただけでなく,変温動物,水棲動物,及び毛皮動物についても記載し,馬及び野生動物の情報を加筆しただけでなく現行では不適切であると思われる方法や薬剤を削除している.したがって現在わが国で議論されている動物愛護法とりわけ実験動物の扱いについては最新の情報が記載されているだけでなく,外来生物法が規定する各種動物に関する安楽死についても,既刊の動物処分方法に関する指針の解説を補完するのにきわめて有用な資料となるものと考えている.
 ただ本論文で推奨されている安楽死の方法の多くは麻酔薬の過量投与である.食用に供する畜産動物には麻酔薬は適用できないが,実験動物,家庭動物,展示動物及び野生動物では国際的に麻酔薬を用いることが普遍化している.しかし,わが国で用いられる麻酔薬の多くは劇薬,向精神薬,麻薬の指定をうけた医薬品であり,濫用は厳格に規制されていることから,動物のためのこれら医薬品の入手,保管,施用に関しては専らに獣医師が行うべき事と薬事法で規定されている.したがって,国際的に普遍的な安楽死法を動物に適用する場合には獣医師の職能が不可欠であり,われわれが施行しなければ他の倫理性において必ずしも適切ではない安楽死法を選択せざるを得なくなることとなる.
 以上,現在のわが国の動物関連法制と,この時期に動物の安楽死法を報告する理由を述べ,米国獣医学会の安楽死に関する研究会報告を紹介したい.

 
引 用 文 献
[1] AVMA Panel : J Am Vet Med Ass, 218, 669-696 (2001)
[2] 動物処分法関係専門委員会:動物の処分方法に関する指針の解説,日本獣医師会(1996)
[3] Working Party : Recommendations for euthanasia of experimental animals Part 1, Lab Anim, 30, 293-316 (1996)
[4] Working Party : Recommendations for euthanasia of experimental animals Part 2, Lab Anim, 31, 1-32 (1997)



† 連絡責任者: 黒澤 努(大阪大学医学部動物実験施設)
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