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解説・報告(最近の動物医療)

4.IOLの必要性―「開眼手術」と「視覚を回復させるための手術」の違い―
 白内障手術後に眼内レンズを挿入しない犬の無水晶体256眼についてDavidson(1993)が行った調査では,無水晶体眼の屈折は+14.4Dで,これには+39.6〜+43.1DのIOLを移植することにより屈折矯正されると報告した[3].筆者が1997年に行った12頭13眼における調査でも無水晶体眼の屈折は平均+14.6Dであり,Davidsonの報告と一致した.+14D以上の屈折値は遠視の程度分類によると最強度遠視にあたり,人では眼前で手を動かしても視認できない手動弁とよばれる状態である.水晶体自体の屈折力以外に犬においても水晶体を支持する毛様体筋の緊張,弛緩により+2〜+3Dの調節機能があることが知られているが[3],調節機能がどの程度機能しているかについては十分に解明されていない.無水晶体眼の犬が実際にはどのような視力なのかは犬と神のみぞ知るところである.しかし,無水晶体眼の犬では,威嚇瞬目反射や眼前での綿球落下試験などの視覚検査に反応が見られず,人の手動弁に近い状態であると推察される.
 一方,IOLを挿入した47頭58眼における筆者の調査では,術後1カ月の屈折値が−1.0〜+4.0Dの間にあり,近くの動くものを目で追える,段差が確認できる,行動が機敏になったなど,良好な視覚を回復したと評価された.白内障手術が「開眼手術」にとどまらず,「視覚回復させる手術」とするには,術後合併症を最小限にくいとどめる手術の実施と,術後に屈折を矯正するIOLを挿入することが重要である.
 正常眼,白内障眼,白内障手術後の無水晶体眼,そして,メガネを使用した場合とIOLを挿入した矯正眼におけるそれぞれの見え方をシミュレーションしたものを図5に示した.無水晶体眼及び矯正眼はいずれも約+14Dの遠視を想定して比較した.理論的にはIOL挿入眼の視覚が最良であることがわかる.

図5 正常眼,白内障眼,白内障手術後の無水晶体眼,
そして,矯正眼におけるそれぞれの見え方

正常眼の視覚
正常眼の視覚
成熟白内障眼の視覚
成熟白内障眼の視覚
無水晶体眼の視覚
無水晶体眼の視覚
白内障手術後のメガネによる矯正視覚
白内障手術後のメガネによる矯正視覚
メガネは拡大率が25%となるため物体が大きく見える.
白内障手術後のIOLによる矯正視覚
白内障手術後のIOLによる矯正視覚
IOLは拡大率が0.2%であるためほぼ正常の視覚が得られる.
 
5.犬の白内障手術を成功させる要因
 犬の白内障手術は,元来修復不能な眼球を,禁を犯して無理に修復すると思われたほど成功への道のりは長かった.そして,手術が成功したとしても光を取り戻すだけの開眼手術に終わっていた眼は,1996年に犬用IOLが使用可能になって視覚を取り戻す手術へと変った.最後に犬の白内障手術が視覚回復をはかる手技として安全に行われる要因を上げてみた.
1) 白内障眼はそのすべてが手術対象となるわけではない.ブドウ膜炎を併発している眼,虹彩後癒着のある白内障眼,網膜に異常のある眼など,手術対象とならない症例を術前に診断し除外する.
2) 手術手技は豚眼を用いて,ECCEとPEAの両方をインストラクターの指導により習得する.また,眼内レンズ挿入術はその手技に不安がなくなるまで練習する.
3) 術前処置を実施する.感染防御,ブドウ膜炎の抑制,散瞳維持,フィブリン析出抑制などを目的として手術の数日前から内服点眼を行う.
4) 手術用顕微鏡を使用する.「白内障手術向上の歴史は手術用顕微鏡の発達に一致する」といわれるほど手術成功の重要な要因である.顕微鏡手術は三次元空間での手術であるため,使用には慣れが必要である.
5) 粘弾性物質を使用する.角膜内皮保護と,前房を保ちながら手術を進めるための粘弾性物質の出現は,手術用顕微鏡の発達とともに白内障手術に革命をもたらした.
6) 白内障手術眼にはIOLを挿入する.
7) 術後1カ月間は治療を継続する.手術が完璧に行われたとしてもブドウ膜炎は必発する.Kirk N. Gelattは著書Veterinary Ophthalmologyの中で「犬の白内障手術における術後の薬物療法はきわめて重要であり,強調のしすぎということはない」と述べている[1].
 
6.お わ り に
 近年,人の白内障手術の完成度が高まり日帰り手術も行われるようになったために,犬の白内障手術も人と同様の成績が得られるであろうとの社会的期待がある.確かに犬の白内障手術はひと頃に比べれば格段の進歩を遂げ,手術を受けた犬の約95%は視覚を回復している.だが,この成績を得るには本文で述べた通り,手術適応症を診断し,手術に必要な器具器材を揃え,手術用顕微鏡を用いて十分トレーニングを積んだ術者が行うことが不可欠である.国内の眼内レンズメーカーは,眼科医へのサービスの一環として全国数箇所に豚眼を使った白内障手術のトレーニング施設を保有している.筆者は犬用眼内レンズの開発に関わった者として,企業にトレーニング施設を眼科医ばかりでなく獣医師にも開放してくれるよう求めた.その結果,1997年から2004年までの7年間に全国約250名の獣医師が4カ月間にわたる研修コースを受講した.現在その内,約50施設で白内障手術及び眼内レンズ挿入術が可能となっている.
 白内障治療が安全で動物のよりよい視覚の回復をもたらす獣医療技術としてさらに発展していくことを願って終わりとしたい.
参 考 文 献
[1] Kirk N Gelatt : Veterinary Ophthalmology second edition 450, Lea & Febiger (1991)
[2] Lowell Ackerman : The genetic connection : A guide to health problems in purebred dogs, 147-150, AAHA Press (1999)
[3] MG Davidson, CJ Murphy, MP Nasisse, AS Hellkamp, DK Olivero, MC Brinkmann, LH Campbell : Refractive state of aphakic and pseudophakic eye of dog, Am J Vet Res, 54, 1 (1993)
[4] Peiffer, RL, Gaiddon, J : Posterior chamber intraocular lens implantation in the dog : results of 65 implants in 61 patients, J Am Anim Hosp Assoc, 27, 453-462 (1991)
[5] Ronald C Riis : SMALL ANIMAL OPHTHALMOLOGY SECRETS, 111, HANLEY & BELFUS, INC (2002)
[6] Simpson HD : Intra-ocular plastic lens implantation in canine cataract surgery, North Am, 37 (1956)

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