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解説・報告(最近の動物医療)

視覚回復を可能にした最近の犬の白内障手術
犬用眼内レンズの重要性


工藤莊六(工藤動物病院院長・東京都獣医師会会員)

1.は じ め に
 健康眼の水晶体は無血管,透明な構造体で角膜,硝子体とともに透光体として光を透過するだけでなく,光学的に網膜に結像させるための屈折能を有している.白内障とは,「理由の如何を問わず水晶体が濁った状態」と定義されており[5],水晶体の混濁が進行すると視覚を失う(図1).だが,犬では水晶体が混濁したものをすべて白内障と呼ぶのではなく,6歳を過ぎた頃から水晶体中央が円形に“青白く”見える現象は加齢による核硬化症(Nuclear Sclerosis)(図2)とよばれ,これにより視覚を失うことはないために白内障とは区別されている.核硬化症は不溶性蛋白の増加によりα-クリスタリンが強固な網目構造をつくる水晶体核の硬化現象であり,核の中央は透明である.
 白内障の罹患率を調べるため各地の開業獣医師に,犬の眼疾患の割合を聞き取り調査したところ,眼瞼,結膜,角膜など眼表面疾患が最も多く,次いで白内障を主とする水晶体疾患が多かった.このように白内障は犬の眼疾患の中で多数を占める重要な疾患である.白内障は老齢性疾患というのが一般概念であり,それに違いはない.しかし,犬ではおおよそ80犬種に若齢で起こる遺伝性白内障が報告されており[2],老犬にもまして若齢(2歳齢まで)や壮年(2〜6歳齢まで)に起こるこれらの白内障は飼い主にとって大きな問題となっている.
 ひとたび白内障になると内科的治療は難しく,視覚を取り戻すには外科手術が必要となる.

図1 成熟白内障の前眼部とスリット像
図1-1
図1-1 トイプードル,雄,8歳齢.右眼の前眼部像
図1-2 図1-2 同犬右眼のスリット像

図2 核硬化症の前眼部とスリット像
図2-1
図2-1 M.ダックス,雌,5歳齢.右眼の前眼部像
図2-2
図2-2 同犬右眼のスリット像
 
2.犬の白内障手術法
 白内障手術法には水晶体前嚢を円形に切除し,水晶体内容のみを取り出す方法として,水晶体嚢外摘出法(Extracapsular Cataract Extraction : ECCE)と,超音波水晶体乳化吸引法(Phaco-Emulsification & Aspiration : PEA)がある.この他に人では水晶体を嚢ごとそっくり摘出する嚢内摘出法(Intracapsular Cataract Extraction : ICCE)が応用されることもあるが,犬ではキモトリプシンによるチン小帯の溶解が難しいことや,水晶体後嚢と硝子体膜の接着が強固で剥がせないなどの理由から,ICCEは水晶体脱臼にしか適用されない.
 近年,犬の白内障手術のほとんどはPEAで行われている.しかし,PEA中にチン小帯断裂や嚢破損が生じると以後のPEA操作は不能となるため,その時点でECCEに変更しなければならず,ECCEは犬の白内障手術をする上で今なお重要な手術手技であることに変わりはない.
 ECCEは角膜を約180度切開し,水晶体嚢を円形に切開して白濁した水晶体内容物をまるごと取り出す手技である.PEAは,角膜に3mmの切開創を設け,この切開創から前嚢切開を行い,超音波チップで水晶体内容を破砕・吸引する.PEAは,眼球を虚脱させずに手術するクローズドアイサージェリー(closed eye surgery)であり,これにより眼内のダメージを最小限に留めることができる.犬の白内障手術にPEA導入が導入されたことで,従来5〜7割程度の成功率であった犬の白内障手術は9割を超える成功を収めるようになった.ECCEやPEAはいずれも水晶体嚢は残存させるので,嚢内には屈折矯正用の眼内レンズ挿入が可能となる.
 
3.眼内レンズ(intraocular lens : IOL)
 白内障手術はいずれの方法にしろ,混濁した水晶体を取り除くことである.しかし,網膜に結像させる屈折能を持つ水晶体がなくなると強度遠視となり,光は取り戻すが視力はでない.
 犬の白内障手術後にIOLを挿入した初めての報告は今から50年前にさかのぼる.
 1956年SimpsonはECCEによる犬の白内障手術後に,全長11mmと14mmのIOLをそれぞれ後房に挿入した[6].その後,犬のIOL挿入報告や研究はしばらく途絶え,1990年前半になって,Davidson,Gaiddon,Peiffer,Nasisseらにより犬におけるIOLの再評価が行われた[3, 4].その結果,白内障手術後の視覚獲得にはIOL挿入が不可欠であることが指摘され,今日,欧米で行われる犬の白内障手術にはほぼすべての症例にIOLが挿入されている.わが国では1996に国産初の犬用IOLが発売され,現在では年間約300例の白内障手術眼にIOLが挿入されている.
 IOLは光学部(optic)とそれを支える支持部(haptic)から成っていて,opticの直径は6mm,全長は15〜16mmである(図3).ECCEは切開層が広いので白内障手術後のIOL挿入に支障はないが,PEAでは切開創が3mmであるため角膜切開創をさらに4mm切り広げ,7mmの切開創として水晶体嚢にIOLを挿入する.しかし,2004年末からはPEA手術に対応して3mmの切開創からIOLを折りたたんで眼内に挿入できる犬用のフォーダブル眼内レンズ(foldable intraocular lens)も国内発売され(図4),角膜切開創を切り広げずにIOLを挿入することが可能となった.
図3 犬用眼内レンズ(メニコン社)+40D,
15mmシングルピースイクイコンベックス型
図3

図4 犬のフォーダブル眼内レンズ(メニコン社)
+41D,14mmシングルピース
図4-1
PFI14 SE C
図4-2
DOG SE


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