解説・報告

 6.結果ならびに考察
(1)発酵飼料の成分の変化

 発酵飼料の発酵前後の栄養成分について表3に示した.

[1] 乳  酸
  発酵飼料の乳酸量は11検体平均で乾物中9.3%と高く,一般的なサイレージの2%前後を大きく上回る.
  乳酸の上昇は乳酸菌の増繁殖による結果であり通常のサイレージと比較した時驚異的である.一般的なサイレージが夏期間の高温時に取り出し表面が1日にして容易に二次発酵するが,発酵飼料は約1週間劣化しない.これは乳酸度の違いによるものと思われる.
[2] 糖  質
  TMR発酵飼料の事例では,発酵前8.6%が4.5%と52.3%の減少である.セミコンプリートを発酵飼料の推定値にても84.9%から75.0%の減少となる.このことは乳酸菌が糖を分解することによる減少による.したがって非繊維炭水化物(NFC)値の減少となる.
[3] ルーメン内溶解性蛋白質(RSP),ルーメン内分解性蛋白質(RDP)の増加,ルーメン内非分解性蛋白質(RUP)の減少
  乳酸菌発酵により粗蛋白質(CP)中のRSP,RDPの増加,RUPの減少がみられた.RSP値はセミコンプリートの事例では発酵前の14.7%が30.5%と207.5%の上昇,TMRの事例では発酵前の19.5%が29.3%と150.3%の上昇となった.RDP値のセミコンプリート事例では発酵前31.6%が42.6%と134.8%の増.TMRの事例では発行前の36.1%が発酵後43.4%と120.2%の増であった.
  RUPについてはRDPの上昇に伴う減少がセミコンプリートを発酵飼料の事例では1.6%,TMR発酵飼料では11.4%であった.
  乳酸発酵により蛋白質のルーメン内の分解率が多くなることが牛のためによい,悪いではなく,蛋白質の消化性状の変化とみて給与設計時にその事を十分に配慮することが大事なこととなる.RDP値の上昇はルーメン内にてアンモニア化の上昇ととらえ,それに対するNFCの十分な配慮が必要になる.
[4] 酸性デタージェント繊維(ADF)及び中性デタージェント繊維(NDF)
ADFはセルロースとリグニンから成り,NDFはヘミセルロースが加わり総繊維とも言われる.表3よりセミコンプリートではADFは発酵前23.2%が発酵により19.9%と14.3%の減少となり,NDFでは46.9%から38.5%と17.9%におのおの減少した.
TMR発酵飼料についても同様にADFが7.4%,NDFで4.9%の減となった.
  これらの事より乳酸発酵が主体ではあるが原料の殺菌等の前処理を行わないことより他の微生物などによる繊維の分解があったものと推察される.
  したがって発酵飼料の給与設計を発酵前の分析値による場合はADF,NDF値の減少を考慮することが賢明と思われる.
[5] PH
  発酵飼料のPHは3.9〜4.3の範囲で平均値の4.1が一番多かった.
  PHに関しては一般的なサイレージと同一であった.PHの安定した酸性値を示すことは品質の保持に関わる事項である.
[6] CP
  発酵前後におけるCPの変化はRDPの増,RUPの減に留まらず,CPの増加の傾向を示した.具体的には今後の研究を待ちたいが,微生物の働きによるものであればアミノ酸の合成が期待される.分析事例も少ないが,セミコンプリートを発酵飼料の事例では8%の増となり,TMR発酵飼料の事例では2.8%の増であった.
  標準成分値による未発酵飼料との比較ではセミコンプリートを発酵飼料11検体の分析値対では5.9%の増であった.
 いずれにしろCP値の上昇が推定される前提に立った給与設計が必要となるかも知れない.小生は常に考慮した設計を行うことにしている.その結果は,摂取蛋白質に左右される血中尿素窒素量(BUN),乳汁中尿素窒素量(MUN),乳蛋白質値は正常の範囲にあった(このことは後日報告予定).
 (2)可消化性
 TMR発酵飼料の実際給与において顕著に現われる事項として可消化性の向上である.消化試験等を行っていないので数値的には示せないが,現場的な仕方で明らかである.発酵飼料を1日20kg以上の主体給与事例では,糞便の悪臭軽減,粘張性の減少,未消化物,特に穀物類の減少,軟便の解消,排糞量の減少等々である.
 従来のサイレージとの対比により高濃度に産生された乳酸菌ならびに乳酸菌生産物質による整腸作用によるものと思われる.
 発酵飼料給与牧場からの情報によると採食量が増加するのに糞及び尿の排泄量が2割前後減少したという報告が多い.
 (3)生 産 性
 最新の栄養学に基づいた給与設計による給与事例においては,泌乳量の増加,産後の良好な発情回帰,泌乳最盛期後の体力の維持等が観察される.表4は牛群検定成績や出荷伝表等による搾乳牛平均日乳量を示したものである.
 発酵飼料の給与開始により泌乳量が顕著に増加その後においても高位に推移されている.開始後の季節などによる影響もあるが予想を上回る結果である.この理由として想定される主な事項を下記する(図1).

[1] 泌乳最盛期における必要栄養量の充足
 大半の牛が著しく不足を来し,その結果,削痩,泌乳減,無発情の傾向にある.乳酸発酵飼料の給与により整腸効果や多回摂取により濃厚飼料の加給が可能となり,必要栄養量の充足が消化不良等に懸念なく給与されるからである.
[2] 乾物摂取量(DMI)の向上
 給与診断,給与設計の実施結果より5%前後のDMIの増加が見込まれる.
  このことは飼料の乳酸菌発酵感作による可消化性やNDF値の変化によるものと思われる.消化管内の特にルーメン内滞留時間の変化(短縮)もDMIの増加に関わると思われる.
[3] 良好な嗜好性
 嗜好性は大方良好である.嗜好性の良否もDMIを左右するが,基本的にはルーメン内滞留時間に左右される.
[4] 泌乳後期の泌乳量の維持
 泌乳最盛期の必要栄養量の充足は,栄養状態の著しい削痩もなく,このことが泌乳後期あるいは妊娠中腹後の著しい泌乳量の減少を招かないものと思われる.個体ごとの記録はないが泌乳量が維持されてることより乾乳を心配される牧場主は多い,早期の受胎もあるが乳期が長い傾向が見受けられる.
[5] ルーメン発酵の安定
 飼料分析結果に基づく栄養管理にもよるが,実際の給与において選り食いされない処にルーメン発酵のより安定が得られると思われる.フレッシュなTMR飼料の不断給餌の飼槽をみるに牛は鼻先で掻きまわしながらの採食である.処が発酵飼料の不断給餌では給与飼料の上層部からの採食が習慣となっている.これは掻きまわしておいしい処だけを食べることができないからである.40〜45%の水分量で約1カ月間発酵させた物と作りたての混合飼料との違いである.
 さらにルーメン発酵の安定には夏期間の気温の上昇によっても約1週間品質が劣化しない点である.フレッシュなTMR飼料は外気温の上昇により朝製造した物でも加水による影響により午後には品質の劣化によりDMIは低下する.ルーメン発酵安定化の阻害要負となる.
 (4)抗 病 力
 発酵飼料の継続かつ十分量の給与により消化器系の疾患や乳房炎等が減少,牛が健康になったと良くいわれる.
 牧場現場による観察では乳房が赤色味を帯びた泌乳最盛期の牛が可消化糞を排泄している事や慢性の下痢便の牛が治ったなど発酵飼料中の乳酸菌及び乳酸菌生産物質による整腸効果によるものと思われる.人が乳酸菌製剤の摂取による整腸効果と同じく判断される.
 乳房炎発症の低減については,初発症例は非常に少ないことが観察されるが,過搾乳等による乳頭口部の肥厚,損傷した牛や常習,慢性的な牛には防止的な効果は発揮されないようである.
 図2は乳酸菌発酵飼料の給与と牛の健康について推論も含めて図式化したものである.
 泌乳牛にとって多量の乳酸菌発酵飼料の摂取により,乳酸菌及び乳酸菌生産物質による整腸効果が期待されると同時に腸管免疫系の刺激などからの白血球の活性化は自然治癒力の回復に貢献,抗病力の充実,抗体の生産に連動するものと思われる.
 整腸効果により腸管内消化の充実とルーメン内発酵の充実は肝臓への負担軽減となり,さらに必要栄養量の供給は肝への必要栄養素の蓄積となり肝機能の充実となると考えられる.
 泌乳最盛期に必要栄養量を充足させることは多量な摂取となる.しかし排糞量の減少や未消化物の排泄が減少することは可消化性を示すことで理解される.
 排糞に悪臭も無く下痢,軟便,粘張性,可消化性等々の正常化は腸内が乳酸菌優勢の正常フローラとなり真の善玉菌の支配下と考えられる.乳酸菌優勢の腸内フローラは肝機能の充実とともに生体防御に有効に働くと考えられる.


 (5)病原体と発酵飼料
 発酵飼料は乳酸発酵により乳酸8%前後,PH4.1前後となるため酸に弱い病原菌に対して感染防止的な働きがあると考えられる.
 (6)発酵飼料の注意点
(製造工場等における注意点)
[1] 年間をとおして一定した品質の原料確保
[2] 多汁質性の原料では品質保持に注意
[3] 原料成分の分析を徹底し,随時行う必要がある.
[4] 寒冷時,暑熱時の初期発酵に十分注意する.乳酸菌の成育適温20〜30℃に近づける.
[5] トランスバック内袋のビニールのピンホールに注意する.トランスバック内側のビニール袋は強靱,厚めのものを使う.ピンホール部は必ず異常発酵となるので廃棄する.
[6] 充填後の密閉は必ず確認する.
[7] 充填後の熟成中途での開封厳禁.
[8] 品質の均質化,特にTMR発酵飼料に注意.
(給与時の注意)
[1] 工事出荷時の開封,検品ができないので,牧場にて給与時の開封により必ず検品を行う.不良品質は絶対に与えないこと.
[2] 乳酸発酵による消化速度,ルーメン内滞留時間の促進を考慮した給与設計が必要である.高産乳時はDMIの向上等,有効に働くが,低泌乳時には過肥に注意されたい.高泌乳時の栄養改善には役立つ.
[3] 多汁質性の飼料なのでルーメンマット効果が弱い点への配慮として,NDF中に乾草類が必要.
[4] 発酵感作によるRSP,RDP,NFC,NDF等々の変化に配慮した給与とする.
[5] 給与は飽食が原則だが,泌乳量20kg/日以下,ボデーコンデションスコアー(BCS)3.5以上の牛では給餌制限が必要.
[6] 高泌乳牛では濃厚飼料のトップドレスにより,栄養のバランス,必要栄養量の補給が必要.低泌乳牛の種付け中の牛では,栄養バランスを重視した低蛋白質飼料の補給が必要.
[7] 乳酸発酵飼料は,PH4のことから産前産後のルーメン微生物への配慮から乾乳用と泌乳用はセットであることが必要.
[8] トランスバック容器の内容量は400〜500kgなので取り扱いは十分に注意すること.
 (7)発酵飼料の経済性
 これまでに発酵飼料を取り入れた百数十戸の平均的な傾向による比較を表5に示した.
 ルーメン発酵の安定から牛は健康に管理され,病気が少なく,分娩間隔の短縮等がさらに利益をもたらすものと思われる.もちろんミキサーも必要なく,作る手間もいらない事なども大変な経済効果となる.さらに食品残渣などの未利用資源の活用は飼料コストの低減となり,最近開発された発酵飼料ではkg当たり25円前後まで追求されつつある.
 発酵飼料は人工的なサイレージともいえることから特別な考えは禁物である.未利用資源の活用によりトータル栄養バランスの確保は飼料コストの低減や牛の健康,生産性の向上が期待される.

 7.さ い ご に
 発酵飼料はまだ始まったばかりの飼料である.微生物を相手に,しかも野外での無殺菌培養による製法である.季節の変化にどのように対応するか,また給与面についても飼料成分の変化をどのように利用してゆくか,分析結果をみながら,牛の状態をみながら対応することが必要である.
 食品残渣という厄介な物を牛の栄養源として利用,結果が[1]健康,[2]泌乳,[3]受胎,[4]生産コスト等々に貢献されている手応は十分に感じられる.本件に関心をお持ちの方の指導,アドバイス,協同研究等をいただきたいと思う.今後,さらに稔り多き大樹としたい.また,国内酪農家への活力としたい.

 

 


† 連絡責任者: 平井洋次(平井動物病院)
〒375-0011 藤岡市岡之郷662-6
TEL 0274-42-0864 FAX 0274-42-1348