会議報告

日本獣医師会専門委員会の答申・報告について(V)


 前号から引き続き本号では,専門医制度検討委員会の報告を掲載する.
 
平成15年4月11日
日本獣医師会専門医制度検討委員会
 
わが国における獣医師専門医制度のあり方について(報告)
 
 専門医制度検討委員会においては,日本獣医師会長から平成13年12月に諮問された「獣医師専門医制度のあり方」について,検討を行って来ました.その結果,「わが国における獣医師専門医制度のあり方」について,以下のとおり,委員会としての答申をとりまとめました.
 日本獣医師会におかれましては,当委員会の答申の趣旨をお汲み取りいただき,それに沿った方向で早急に日本における獣医師専門医制度確立のための活動を実施していただきたく,ここに提出するものであります.
 

1.背 景
   わが国の獣医学教育については,6年制教育が導入されてからおよそ20年が経過したものの,欧米の獣医学教育と比較して,特に臨床獣医学及び応用獣医学分野における学部教育及び卒後教育について,必ずしも十分な教育が行われていない現状にある.
 近年,わが国の経済成長は発展を遂げ,国民の生活様式も大きく変化し,安全な畜産食品への志向,環境への関心の高まりなどと同時に,家庭における飼育動物が伴侶動物として人の暮らしに重要な位置を占めるようになってきている.それに伴って,これらに関わる獣医師の責務は一層重要性を増し,社会から獣医師の専門的知識,高度獣医療技術の提供に対する要請も格段に高まっている.
 このような背景並びに産業界からの要望も受けて,日本においても獣医病理学,毒性病理学,比較眼科学,実験動物医学の各分野では,すでに専門医制度がスタートしている一方,臨床分野に関しては,専門医制度はいまだ発足していない.しかし,臨床分野においても,動物の飼い主からの高度の専門的知識と技術を有する獣医師に対する期待は高まっており,また,一般臨床家の間にも,特にその地域に大学等の紹介症例を主とする二次診療施設がない場合,米国のような専門医が診療する紹介専門病院を望む声が高まっている.
 そこで,専門医制度検討委員会では,欧米における獣医師専門医制度,国内の医療分野における専門医制度の考え方等を調査するとともに,「わが国における獣医師専門医制度のあり方」について検討した.その結果,わが国においても,臨床分野を含めて獣医師専門医制度を早急に立ち上げる必要があるとの結論に達した.さらに,獣医師専門医の果たすべき役割や有用性についても,一般社会あるいは諸外国から広く認知されるよう広報活動を積極的に展開していかなければならない,との結論に至った.

2.欧米における獣医師専門医制度の概要
   欧米における獣医学分野における専門医制度のあり方については,「米国及び欧州における獣医師生涯教育体制調査結果の概要(平成9〜11年度実施)」としてその調査結果が報告されており,さらにすでに米国において専門医の資格を取得した会員獣医師から,資格取得に至るまでの概況について情報収集した.
(1) 獣医師専門医制度
 欧米における獣医師専門医の称号は,「Diploma」と呼称され,各専門医自身は「Diplomate」と呼ばれ,きわめて高い地位を有しているが,その数は決して多いものではない.各獣医学分野における十分な経験と高度な専門知識及び技術水準が要求されるため,専門医資格を得るための試験はきわめて難関である.臨床分野と応用分野では多少異なると思われるが,臨床分野であれば,獣医師専門医は通常その大半の時間を専門領域の臨床に費やす.したがって,専門医の取得を目指すのは,一般に大学の教官並びに紹介専門の二次診療施設での診療を目指す獣医師であり,特に大学の臨床教官になるためには,博士の称号よりもむしろ専門医の資格が優先されるほどである.
 獣医師専門医の試験は「College」と呼ばれる各専門医(学協)会が実施する.たとえば,アメリカ獣医外科専門医会(American College of Veterinary Surgeons),ヨーロッパ獣医内科専門医会(European College of Veterinary Internal Medicine)などがその例である.これらの専門医は,「Diplomate of American College of Veterinary Surgeons(D. A. C. V. S.)」,「Diplomate of European College of Veterinary Internal Medicine(D. E. C. V. I. M.)」と呼ばれる.
 その選考基準は各専門分野により多少異なる.臨床分野に関しては,専門医の指導の下で2〜3年の研修(レジデント)あるいはそれに代わる経歴を基に,その分野の症例数,臨床的あるいは研究的な論文数の基準をクリアーしたものを候補者とし,筆記並びに口述試験を課している.
(2) 専門医会代表者による獣医師専門医認定の機構
 米国,欧州における専門医制度は,現在のところ歴史的背景に基づく差が見られる.しかし,両者は緊密な交流を行っており,また専門医の価値を社会,あるいは国際的に高めるためには,お互いの専門医の水準を均一化し,お互いにその価値を認め合う方向で活動している.分野によってはすでに相互に専門医制度を認め合っている状況にある.このような交流は各専門医会自身によって行われているが,同時に専門医の代表者からなる,各専門医を認定する機構(Board)によっても行われている.
 このような欧米における交流は,国際的なハーモナイゼイションの一環として行われている側面もあり,今後日本を含めたアジア地域においても同様の獣医師専門医制度の確立が求められることは間違いない.
 専門医の代表者からなる機構(獣医師専門医機構)は,米国では「American Board of Veterinary Specialities」と呼ばれ,欧州では「European Board of Veterinary Specialisation」と呼ばれ,獣医師会内に任意組織としてそれぞれ設置されている.獣医師専門医機構は最低年1回,会議を開催し,その年に各専門医会が実施した試験に合格した獣医師を専門医として認定している.なお,この機構は獣医師資格を有する者でかつ専門医資格を取得した者を機構として認定するものであり,非獣医師に対して認定するものではない.さらに,各専門医会では,その1年間ないし5年毎の活動等が報告される.また,新たに専門医制度を目指す専門医会から認定要請があった場合には,その必要性,専門医分野の名称,資格取得基準等についてその可否を協議する.一方,社会に対しては,専門医の社会における役割等を広報する活動が行われている.

3.わが国に獣医師専門医制度を発足させるにあたっての問題点
(1) 専門医育成制度
 米国,欧州において,専門医に応募するための資格として最も重要視されているのは,受験までにどのような研修を実施してきたか,という点である.すなわち,獣医大学卒業後,インターンあるいは勤務医としてプライマリーケアーを含む各専門分野の臨床を経験し,次いで,大学あるいは専門医のいる二次診療施設等で2〜3年間,各専門分野の研修医(レジデント)として研修した後に初めて専門医に応募することができる.この専門医育成制度の達成には,大学における学部教育の充実,卒後教育,特にインターン,レジデント制度の確立が必須であり,残念ながら日本においてこのシステムをすぐに立ち上げることは現状では困難である.また,日本の大学におけるこれらのシステムの構築には,獣医系大学の再編整備等の方法による教官数の増加,専門分野の細分化,並びにその質の向上が必要である.
 しかし,それらを前提にしているかぎり,専門医育成は困難である.専門医の育成が急務となっている現在,日本において可能で,かつ海外の専門医団体からも認められる育成制度の確立が,わが国で専門医制度を立ち上げるための鍵となっている.おそらく,大学あるいは開業獣医師のもとでインターンに替わる研修を行い,さらに各臨床分野について大学に所属し,あるいは個人として十分な研鑽を積んでいることをもって受験資格となし,適切なレベルの試験を課す,といった方法が当面の解決策であろう.
(2) 認定医制度
 臨床系の分野では,日本獣医がん研究会,日本獣医循環器学会等が認定医制度を発足させ,卒後教育としての認定医制度によって卒後研修の充実を図っている.認定医制度はいわゆる専門医ではなく,あくまで卒後教育の一環として当該分野の研鑽を積んでいることを証するものである.一般の臨床家は,単に広く獣医学全般を研修するより,ある種の専門領域をきちんと勉強したい,という要求が強く,認定医制度はそれに応えるものであり,価値あるものと考えられる.
 問題は,この名称が時に専門医と混同しやすい点である.また,認定医の資格を取った獣医師が,自分が「獣医師専門医」であると称することがあり,これらがさらなる混同を生む要因となっている.
 この点に関しては,今後,獣医師専門医機構が設置され,そこから社会に対して専門医と認定医の違いをきちんと広報することで,徐々にそのような混同はなくなるものと思われる.また,この制度はあくまで学会,研究会が独自に実施するものであり,獣医師専門医機構がこれに対してその試験制度,資格判定基準等に意見すべきものではないものと思われる.
 現実には,現在の日本の教育体系を見れば,まずこのような認定医制度を確立し,次いで専門医制度に移行する,という手法も一つの選択肢と思われる.また,その場合,認定医を専門医受験資格として扱うことの是非も,検討されるべきである.