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公衆衛生分野における獣医師の役割と活動領域
公衆衛生に関連する職域における獣医師の位置付けは,《1》関係法令により獣医師の専管とされている領域,《2》獣医師の資格や職能が十分機能すべき領域,《3》獣医師の職能が関係する領域に大別されるが,公衆衛生分野における獣医師の活動領域を拡大するためには,と畜検査,狂犬病予防等獣医師の専管とされている職域を確保することはもちろん,獣医師と他の職種が競合する職域において,獣医師採用数の増加と獣医師ポストの獲得を図ることが肝要である.
一方,食の安全に対する国民の関心が高まる中で,食品衛生分野等において高い専門性を発揮する獣医職員の需要は益々増加すると思われ,また,動物愛護,野生動物及び環境衛生対策等,獣医師の貢献が必要とされる職域は今後一層拡大すると思われる.
このような状況に対応するためには,大学における公衆衛生学に関係する学問領域の教育体制を改善し,獣医学生の公衆衛生分野への関心を育むとともに公衆衛生の現場ニーズに対応できる資質の高い学生を養成する必要がある. |
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BSE検査対応に伴う獣医師の業務の変化
わが国においてBSEが確認されて以降,検査体制整備のため,緊急にと畜検査員等の増員が図られ,さらに,公務員の削減動向の中,BSE対策の関連で,多くの自治体において獣医師の採用試験が復活している.BSE初発例の報告があった当初は,他の業務からと畜検査業務への異動により公衆衛生獣医師の職域が狭くなるのではないかとの懸念もあったが,その後におけるBSE全頭数検査体制の確立による食肉の安全確保対策が国民の信頼を確保し得るようになったことに関連して,食肉衛生検査所の果たす役割と獣医師であると畜検査員の必要性,重要性が大きく認識されるようになり,公衆衛生獣医師に対する需要が変化してきている.
しかしながら,緊急増員の多くは,他の業務からの異動,あるいは,採用試験が間に合わずに臨時的任用職員等で対応している状況にあり,その反面,保健所等の獣医師職員の欠員が生じていることから,これを放置すれば,他の職種の進出または定員の削減等が行われて公衆衛生分野における獣医師の職域が狭まる懸念がある.
一方,BSEを根絶した国はいまだ見当たらず,本病対策については,OIEの基準に照らしてみても長期的な取り組みを余儀なくされると思われる.
わが国における食用牛の全頭検査と肉骨粉の使用禁止は平成13年度からスタートしたが,14年度においても患畜が確認され,しかも平成15年度からは死亡牛の全頭数検査が開始されることから,仮に,今後患畜の確認が0であっても,OIEの条件を満たし,清浄国として認定されるためには,長期戦は不可避であると考えられる.
しかし,BSEの清浄化及びと畜場の統廃合等によりと畜検査員等が削減される場合を想定し,他の職場を確保するための検討は当然必要である.
さらに,BSE発生問題を契機とする「食の安全確保」が根本的に見直されている社会情勢下で,“from Farm to Table”(農場から食卓まで)の安全確保のための衛生監視業務や,SRSV(小型球形ウイルス)等を原因とする食中毒の多様化対策,人と動物の共通感染症対策,新興・再興感染症対策,動物衛生行政,さらには,人と動物の福祉対策業務等,専門職としての公衆衛生獣医師の役割は増大することはあってもこれが減じることはないと思われる.
今後とも公衆衛生分野の職域における獣医師業務の重要性の啓発並びに採用状況及び処遇等については,全国公衆衛生獣医師協議会,全国食肉衛生検査所協議会,全国動物保護管理関係事業所長協議会,全国家畜衛生職員会等と緊密に意見交換等を行い,所要の対策を検討するとともに,地方獣医師会に対しても各自治体における支援を強化するよう,呼びかける必要がある. |
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感染症予防法と獣医師の役割等
いわゆる感染症予防法は,腸管出血性大腸菌O-157感染症事件を契機に,平成10年に新法として制定されたが,同法には,人と動物の共通感染症,あるいは新興・再興感染症対策の担い手として,獣医師の業務と役割が明記されたところである.
特に,人と動物の共通感染症対策においては,小動物診療獣医師の役割が重要となるため,公衆衛生獣医師と小動物診療獣医師の間で積極的に情報交換を行って,両者の連携を緊密にする必要がある.
なお,今後,人と動物の共通感染症対策については,感染症予防法の見直しが予定されているところであり,人と動物の共通感染症対策を推進するうえでの獣医師の位置付けの明確化を含め,これらの疾病の情報収集・提供,技術研修及び診断体制の整備等獣医師を巡る所要の対応及び動物の輸入時の対応等の整備を推進していく必要がある.
また,同法においては,保健所職員等自治体職員としての食品衛生行政・環境衛生行政・動物関連行政等の各分野における感染症対策に関する責務が課せられており,公衆衛生分野における獣医師職員の責務として,感染症への対応を通じて社会に貢献することが求められている.
しかしながら,地方自治体の感染症対策部門の多くは,獣医師以外の技術系職員や事務系職員によって占められており,その責務を全うするためには,専門職である獣医師の配置等,環境整備がなされる必要がある. |
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公衆衛生分野の職域における獣医師の処遇
公衆衛生領域における獣医師の処遇改善に関し,例えば,欧米の食肉衛生検査制度にみるスーパーバイザー制度の導入が,管理者としての獣医師の処遇改善につながるとの意見がある.
将来的にはその導入を検討する必要があると考えるが,欧米の制度に見られるように,スーパーバイザー制度導入のためには,あわせて公務員である検査員・検査補助員制度及び家畜の生産段階における衛生管理制度等,食肉衛生分野におけるスーパーバイザーである獣医師の役割を補完する制度の導入が必要であるので,これらの制度の設立も含めて関係各方面と協議する必要がある. |
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公衆衛生に関する獣医学教育の改善
獣医師の職域を拡大するためには,幅広い分野で能力を発揮できる人材を養成する必要があるが,特に,公衆衛生分野に勤務する獣医師には,医学,自然科学,社会科学等の知識・技術を含む多面的な応用能力や,BSE問題で問われたように,危機管理対策や生命科学の担い手としての幅広い獣医公衆衛生学教育が求められている.
このような能力を修得させるためには,大学教育における獣医公衆衛生学に関するカリキュラムを充実させ,獣医学生に対して大学教育の初期段階から獣医公衆衛生に関する情報提供を行う必要がある.
特に,国及び自治体における公衆衛生行政に係る部局等の協力を得て,獣医公衆衛生における最新のトピックに関する情報を学生に提供するとともに,行政の現場に勤務する獣医師による特別講義,現地研修等を実施して獣医公衆衛生に関心を持たせるような動機付けを積極的に行っていくことが肝要である. |