会議報告

日本獣医師会専門委員会の答申・報告について(IV)


 前号から引き続き本号では,公衆衛生委員会,野生動物対策委員会,卒後臨床研修制度検討委員会の報告を掲載する.
 
平成15年3月4日
日本獣医師会公衆衛生委員会
 
公衆衛生分野における獣医師の活動領域の拡大等,
公衆衛生対策の強化推進について(報告)
 
 公衆衛生委員会においては,貴職から平成13年12月26日付けで諮問された「獣医公衆衛生領域の拡大」,「関連団体との連携」,「アニマル・アシステッド・セラピー(AAT)の支援」の3項目の課題について,将来展望をふまえて検討を行いました.
 その経過において,諮問事項のうち,《1》「獣医公衆衛生領域の拡大」については,獣医師以外にも他の多数の職種が勤務する公衆衛生分野において獣医師の活動領域をいかに確保するかについて検討を行うことが重要であるとされたことから,検討課題を「公衆衛生分野における獣医師の活動領域の拡大」に,また,《2》「アニマル・アシステッド・セラピー(AAT)の支援」については,近年AATに関連する活動であるアニマル・アシステッド・アクティビティー(AAA)のみならず,身体障害者補助犬等動物の社会参加活動に対する社会の認識が高まるとともに,これらの動物への獣医師の関与が求められており,学校飼育動物においても同様に獣医師の支援が必要であることから,「動物の社会参加活動等に対する支援」に置き換え,幅広に検討を行うとともに,「いわゆる人畜共通感染症の呼称」についても検討し,委員会としての意見を報告書として取りまとめました.日本獣医師会におかれましては,今後,下記事項に十分配慮され関係省庁,関係大学等の関係機関等に対する要請活動を含め,公衆衛生対策の強化推進にあたられるよう要望します.
 

1.「公衆衛生分野における獣医師の活動領域の拡大」について
(1) 公衆衛生分野における獣医師の役割と活動領域
 公衆衛生に関連する職域における獣医師の位置付けは,《1》関係法令により獣医師の専管とされている領域,《2》獣医師の資格や職能が十分機能すべき領域,《3》獣医師の職能が関係する領域に大別されるが,公衆衛生分野における獣医師の活動領域を拡大するためには,と畜検査,狂犬病予防等獣医師の専管とされている職域を確保することはもちろん,獣医師と他の職種が競合する職域において,獣医師採用数の増加と獣医師ポストの獲得を図ることが肝要である.
 一方,食の安全に対する国民の関心が高まる中で,食品衛生分野等において高い専門性を発揮する獣医職員の需要は益々増加すると思われ,また,動物愛護,野生動物及び環境衛生対策等,獣医師の貢献が必要とされる職域は今後一層拡大すると思われる.
 このような状況に対応するためには,大学における公衆衛生学に関係する学問領域の教育体制を改善し,獣医学生の公衆衛生分野への関心を育むとともに公衆衛生の現場ニーズに対応できる資質の高い学生を養成する必要がある.
(2) BSE検査対応に伴う獣医師の業務の変化
 わが国においてBSEが確認されて以降,検査体制整備のため,緊急にと畜検査員等の増員が図られ,さらに,公務員の削減動向の中,BSE対策の関連で,多くの自治体において獣医師の採用試験が復活している.BSE初発例の報告があった当初は,他の業務からと畜検査業務への異動により公衆衛生獣医師の職域が狭くなるのではないかとの懸念もあったが,その後におけるBSE全頭数検査体制の確立による食肉の安全確保対策が国民の信頼を確保し得るようになったことに関連して,食肉衛生検査所の果たす役割と獣医師であると畜検査員の必要性,重要性が大きく認識されるようになり,公衆衛生獣医師に対する需要が変化してきている.
 しかしながら,緊急増員の多くは,他の業務からの異動,あるいは,採用試験が間に合わずに臨時的任用職員等で対応している状況にあり,その反面,保健所等の獣医師職員の欠員が生じていることから,これを放置すれば,他の職種の進出または定員の削減等が行われて公衆衛生分野における獣医師の職域が狭まる懸念がある.
 一方,BSEを根絶した国はいまだ見当たらず,本病対策については,OIEの基準に照らしてみても長期的な取り組みを余儀なくされると思われる.
 わが国における食用牛の全頭検査と肉骨粉の使用禁止は平成13年度からスタートしたが,14年度においても患畜が確認され,しかも平成15年度からは死亡牛の全頭数検査が開始されることから,仮に,今後患畜の確認が0であっても,OIEの条件を満たし,清浄国として認定されるためには,長期戦は不可避であると考えられる.
 しかし,BSEの清浄化及びと畜場の統廃合等によりと畜検査員等が削減される場合を想定し,他の職場を確保するための検討は当然必要である.
 さらに,BSE発生問題を契機とする「食の安全確保」が根本的に見直されている社会情勢下で,“from Farm to Table”(農場から食卓まで)の安全確保のための衛生監視業務や,SRSV(小型球形ウイルス)等を原因とする食中毒の多様化対策,人と動物の共通感染症対策,新興・再興感染症対策,動物衛生行政,さらには,人と動物の福祉対策業務等,専門職としての公衆衛生獣医師の役割は増大することはあってもこれが減じることはないと思われる.
 今後とも公衆衛生分野の職域における獣医師業務の重要性の啓発並びに採用状況及び処遇等については,全国公衆衛生獣医師協議会,全国食肉衛生検査所協議会,全国動物保護管理関係事業所長協議会,全国家畜衛生職員会等と緊密に意見交換等を行い,所要の対策を検討するとともに,地方獣医師会に対しても各自治体における支援を強化するよう,呼びかける必要がある.
(3) 感染症予防法と獣医師の役割等
 いわゆる感染症予防法は,腸管出血性大腸菌O-157感染症事件を契機に,平成10年に新法として制定されたが,同法には,人と動物の共通感染症,あるいは新興・再興感染症対策の担い手として,獣医師の業務と役割が明記されたところである.
 特に,人と動物の共通感染症対策においては,小動物診療獣医師の役割が重要となるため,公衆衛生獣医師と小動物診療獣医師の間で積極的に情報交換を行って,両者の連携を緊密にする必要がある.
 なお,今後,人と動物の共通感染症対策については,感染症予防法の見直しが予定されているところであり,人と動物の共通感染症対策を推進するうえでの獣医師の位置付けの明確化を含め,これらの疾病の情報収集・提供,技術研修及び診断体制の整備等獣医師を巡る所要の対応及び動物の輸入時の対応等の整備を推進していく必要がある.
 また,同法においては,保健所職員等自治体職員としての食品衛生行政・環境衛生行政・動物関連行政等の各分野における感染症対策に関する責務が課せられており,公衆衛生分野における獣医師職員の責務として,感染症への対応を通じて社会に貢献することが求められている.
 しかしながら,地方自治体の感染症対策部門の多くは,獣医師以外の技術系職員や事務系職員によって占められており,その責務を全うするためには,専門職である獣医師の配置等,環境整備がなされる必要がある.
(4) 公衆衛生分野の職域における獣医師の処遇
 公衆衛生領域における獣医師の処遇改善に関し,例えば,欧米の食肉衛生検査制度にみるスーパーバイザー制度の導入が,管理者としての獣医師の処遇改善につながるとの意見がある.
 将来的にはその導入を検討する必要があると考えるが,欧米の制度に見られるように,スーパーバイザー制度導入のためには,あわせて公務員である検査員・検査補助員制度及び家畜の生産段階における衛生管理制度等,食肉衛生分野におけるスーパーバイザーである獣医師の役割を補完する制度の導入が必要であるので,これらの制度の設立も含めて関係各方面と協議する必要がある.
(5) 公衆衛生に関する獣医学教育の改善
 獣医師の職域を拡大するためには,幅広い分野で能力を発揮できる人材を養成する必要があるが,特に,公衆衛生分野に勤務する獣医師には,医学,自然科学,社会科学等の知識・技術を含む多面的な応用能力や,BSE問題で問われたように,危機管理対策や生命科学の担い手としての幅広い獣医公衆衛生学教育が求められている.
 このような能力を修得させるためには,大学教育における獣医公衆衛生学に関するカリキュラムを充実させ,獣医学生に対して大学教育の初期段階から獣医公衆衛生に関する情報提供を行う必要がある.
 特に,国及び自治体における公衆衛生行政に係る部局等の協力を得て,獣医公衆衛生における最新のトピックに関する情報を学生に提供するとともに,行政の現場に勤務する獣医師による特別講義,現地研修等を実施して獣医公衆衛生に関心を持たせるような動機付けを積極的に行っていくことが肝要である.

2.「関係団体との連携」について
   日本医師会との共催による人と動物の共通感染症に関する講習会の開催等,公衆衛生の向上を図るうえで,獣医師と医師等との連携は不可欠であり,すでに昨年,「人と動物の共通感染症研究会」が発足し,獣医学・医学の学際的な交流活動が展開されるようになった.
 また,BSE対策についても,プリオン病研究の分野で,獣医学と医学の専門家による課題解決のための共同研究等がすでに始まっている.
 さらに,先駆的取り組みとして,平成15年2月15日に開催された,東京都獣医師会・東京都医師会共催による「平成14年度公衆衛生講習会都民公開フォーラム」,主題「ヒトと動物の絆を深めるには」,副題「ヒトと動物の共通感染症(Zoonosis)の現状」について医学と獣医学専門家による基調講演・シンポジウムが実現したところである.
 また,平成14年度日本獣医師会三学会年次大会においては,小動物臨床領域において日本医師会の関係者を講師として招聘し,意見交換を行うプログラムが企画・実施されたが,日本獣医師会は,今後も,医師会等の関係団体と連携を図り,学際的な協力体制の構築を積極的に図っていく必要がある.

3.「動物の社会参加活動等に対する支援」について
   平成14年10月1日に施行された「身体障害者補助犬法」においては,身体障害者補助犬(補助犬)の育成時及び使用時における獣医師の役割が明文化されたところである.また,近年,動物介在療法(AAT)及び動物介在活動(AAA)等に関する社会認識が高まり,獣医師に加え,一部の医師や一般のボランティアが参加してさまざまな活動が推進されている.
 このような補助犬及びAAA・AATなどの社会活動に参加する動物は一般の家庭犬と異なり,多数の者と接触し,公共の施設等に立ち入ることも考えられることから,これらの動物の健康を管理し,これらの動物を介する公衆衛生上の危害を未然に防止することは獣医師の重要な責務となる.
 今後とも関係団体との連携の下で,これらの動物の社会参加活動を積極的に支援するべきであるが,その診療対応について小動物診療獣医師へ必要な情報提供を行うほか,これらの動物を介する公衆衛生上の危害に関する情報収集・提供については,厚生労働省等関係官署との連携を密にして対応していくことが求められる.
 また,幼児期及び少年期における動物を介した情操教育の重要性が指摘される中で,保育園・幼稚園・小学校などの学校教育の場において,動物飼育を通じて動物愛護思想の普及を推進する必要があり,これらの動物の健康管理,公衆衛生上の危害防止についても,獣医師及び獣医師会の支援が必要である.

4.「いわゆる人畜共通感染症の呼称」について
   人と動物の双方に感染し,特に動物から人へ,人から動物へ感染する疾病(英名:ズーノーシス“Zoonosis”)については,これまで「人畜共通伝染病」,「人畜共通感染症」,「人獣共通感染症」,「動物由来感染症」等さまざまな呼称が用いられてきたが,《1》「畜」及び「獣」という文字を含む呼称は,「すべての動物」が対象とされないこと,《2》「動物由来感染症」という呼称は,一方的に動物から人に感染する疾病という意味に取られがちであることから,必ずしも適切な表現とはいえない.
 一方,昨年,ズーノーシスに関係する医学領域,獣医学領域,行政担当者等が参加して,「人と動物の共通感染症研究会」が設立されたが,同研究会においては,ズーノーシスの呼称及び研究会の名称について「平易な表現の方が社会に受け入れやすい.」という理由から,「人と動物の共通感染症」という呼称を使用することが決定されたとのことである.
 これらの経緯をふまえ,ズーノーシスの呼称としては,「人と動物の共通感染症」を統一して使用することとし,この呼称を広く社会に浸透させる必要がある.

公衆衛生委員会委員
  奥澤康司(全国公衆衛生獣医師協議会会長)
  佐藤猛男(愛知県健康福祉部生活衛生課長)
沢谷廣志(全国食肉衛生検査所協議会会長)
  四宮勝之(東京都多摩立川保健所生活衛生課長補佐)
  滝本浩司(厚生労働省医薬局食品保健部基準課長補佐)
  多田善一(岩手県獣医師会常務理事)
丸山 務(麻布大学環境保健学部教授)
  山本茂貴(国立医薬品食品衛生研究所食品衛生管理部長)
  米川雅一(北海道保健福祉部食品衛生課長)
 
【◎:委員長,○:副委員長】