総 説

3.薬剤耐性菌対策
 薬剤耐性菌対策は,抗菌剤の承認,流通,使用の各段階におけるさまざまな法的規制により行われている[16].抗菌剤を使用すれば必ず薬剤耐性菌を選択することから,できるかぎり抗菌剤の有効性を維持し,薬剤耐性菌の出現を最小限に止めるために,使用現場における診療獣医師の役割は大きい.そこで,薬剤耐性菌対策について診療獣医師に焦点をあてて述べたい.
(1) 慎重使用(Prudent use)の原則
 最近,「抗菌剤の慎重使用」は,家畜衛生分野における時のキーワードとして,盛んに使用されるようになった.従来,化学療法には「抗菌剤の用法・用量を遵守し,使用上の注意を良く読んで正しく使用する.」という意味で,「適正使用」という言葉が汎用されてきた.「慎重使用」とは,使用すべきかどうかの判断を含めて抗菌剤の必要な時に適正使用により最大の治療効果を上げ,薬剤耐性菌の出現を最小限に抑えることである.つまり,「適正使用」よりさらに注意して抗菌剤を使用することなのである.
 元来,世界保健機関(WHO)が提唱して普及した言葉であるが,獣医療における抗菌剤の慎重使用については,各種団体がさまざまなガイドラインを発出している.それぞれが特徴のあるガイドラインであるが,基本的な記載内容は類似している.たとえば,OIEのガイドライン[3]では,薬剤耐性菌から人と動物の健康を保護することを目的として診療獣医師の責任を言及している.以下にOIEのガイドラインに準拠して内容を詳しく説明したい.
《1》 獣医師は抗菌剤の必要性を最小限にするための良好な飼養管理を促進する責務がある.
 抗菌剤は,医療のみならず獣医療においても必要な医薬品であり,今後とも使用しなければならないものである.抗菌剤は,必要な時にのみ使用することを基本とし,できるかぎり全体の使用量を減少させることにより,薬剤耐性菌の選択圧を下げることが大切である.わが国では,原則として抗菌剤の効能は細菌感染症の治療のみを承認しており,予防を効能とする抗菌剤は承認されていない.これは,予防目的での投与は,治療目的での投与に比べ長期間にわたり多数の食用動物に投与することとなることから,それだけ薬剤耐性菌の選択する機会が増えることに配慮したものである.先の推定使用動向からみると,豚や肉用鶏に対する使用は,その飼育形態から群単位での投与となることを考慮しても,予防目的での抗菌剤の投与が実施されていることが推測される.実際には,規定量以下の投与量で長期間投与される場合があると推察されるが,抗菌剤によっては最小発育阻止濃度付近で,より薬剤耐性菌を選択する傾向にあり[8],治療目的の使用よりさらに注意を要するものである.抗菌剤の承認にあたっては,予防効果を得るための用法・用量,及びその場合の安全性に関する資料を求めていないことから,予防目的での使用方法の科学的な裏付けはない.
 したがって,獣医師はまず第一に抗菌剤に頼らない細菌感染症の予防や制御するための対策を立て,食用動物の飼育者を指導する責任がある.具体的には飼育環境や飼育管理の改善(初乳の摂取,異常動物の淘汰,ストレスの緩和,プロバイオティクスの応用等)と適切なワクチンの接種プログラムの設定があげられる.
《2》 抗菌剤は獣医師自身が診察している動物にのみ処方すべきで,処方直前に自ら診察しなければならない.
 感染症は宿主と病原細菌の食うか食われるかの戦いであり,宿主や細菌の状況により刻々と病態が変化するものである.したがって,抗菌剤を使用するに当たっては,処方直前に診察することが求められる.また,抗菌剤の使用は高度の獣医学上の知識を必要とし,獣医師でしか成し得ないものである.以上を勘案すれば,抗菌剤の使用は動物医療についての専門技術者たる獣医師の主導で行うべき行為であって,獣医師の存在意義を問われかねない行動は厳に慎むべきものと考える.
《3》 獣医師は動物の健康状態を把握する個々の動物の臨床記録を保管すべきである.
 獣医師は,獣医師法の規定により診療簿への記載義務がある.抗菌剤の使用量を減少させるためには,常日頃の動物の健康状態を把握する必要がある.また,過去の感染症発生記録や抗菌剤の使用歴は,有効な治療薬の選定の基礎的な情報となり得る.
《4》 抗菌剤は,正確な診断に基づき必要なときに適切に使用すべきである.
 感染症の診断や治療法の選択は経験的に行うべきでなく,あくまで科学的な根拠をもとに実施すべきである.これが今医学界において声高に叫ばれている“Evidence-based medicine(EBM)”である.たとえば,わが国で実施された薬剤感受性調査[9, 15, 20, 21, 22]では,いずれの細菌もテトラサイクリン系で高い耐性率を示していることから,本剤が適応される症例は限定されるものと考えられる.これはテトラサイクリン系に次ぐサルファ剤系にも当てはまるものである.
 したがって獣医師は,起因菌の分離はもちろんのこと,薬剤感受試験結果を基に,必要なときに適切な抗菌剤を選択して使用することを励行すべきである.
《5》 抗菌剤を選択する判断は,対象菌種への抗菌力,適切な投与経路,組織分布等に依存する.
 抗菌剤の選択は,対象菌種への抗菌力は当然ながら,適切な投与経路や組織分布等の基本的な情報を熟知の上で行う必要がある.薬剤感受性試験は,あくまで細菌と抗菌剤の試験管内における直接作用であり,実際に生体へ投与された場合と異なることもあるが,きわめて重要な情報であり抗菌剤の選択時に必ず実施していただきたい.また,その結果を基に刻々と変化する病態に応じた適切な抗菌剤の選択が求められる.
《6》 人の医療や獣医療で重要な抗菌剤は,他の治療法がない場合にのみ使用すべきである.
 獣医師が重症感染症に遭遇した場合,文献等で報告された,所謂切れ味のよい抗菌剤を使用したくなるものである.特に,最近認可されたフルオロキノロン剤や第3世代セフェム剤である.このような抗菌剤は,人の医療のみならず獣医療でも重要な抗菌剤であることから,他に使用する抗菌剤がない場合にのみ第二次選択薬として使用することとされている.これは最後の切り札である抗菌剤の有効性をできるかぎり長く維持したいがためである.また,国際的にも議論されている食用動物由来薬剤耐性菌の公衆衛生への影響[16]を緩和する意味もある.
《7》 抗菌剤の併用は,薬剤耐性菌の選択圧が高まることがあり,残留にも注意を要する.
 難治性の細菌感染の場合,既存の抗菌剤の組み合わせによる併用療法が想定される.抗菌剤の併用は,抗菌スペクトルを拡大する効果が期待されるが,反面,広範囲の感受性菌を排除し,薬剤耐性菌の選択圧を高かめてしまう可能性がある.また,併用に伴う抗菌剤の残留に関する基礎試験成績が皆無であることから,適切な休薬期間が設定できない恐れがある.したがって,安易な抗菌剤の併用療法は慎むべきものと考える.
《8》 処方せんには,診断名,治療法,用法,投与間隔,治療期間,休薬期間及び交付する薬剤の量を正確に記載しなければならない.
 わが国では処方せん又は指示書には,(ア)対象となった動物の種類及び頭数,(イ)名前,性,年齢又は特徴,(ウ)薬剤名,(エ)用法・用量,(オ)使用禁止期間,(カ)発行年月日,(キ)動物の所有者の氏名,名称及び住所,(ク)発行した診療施設の名称及び住所を正確に記載するとともに,獣医師法第21条第1項に規定された診療簿を正確に記載して保存しなければならない.今後,これは使用現場での抗菌剤使用量の調査等が行われた場合の貴重な情報源になるし,適正なリスク評価の基礎情報としても有用に思われるので,必ず実施していただきたい.
《9》 抗菌剤の使用にあたっては,承認された用法・用量,効能・効果に準拠しなければならない.
 抗菌剤は,感染起因菌を完全に駆逐するものでなく,一定限度に局所の菌数を減少させて宿主の生体防御機構と共同で排除するものである.
 抗菌剤を過剰投与しても有効性をあげる根拠はなく,過小投与では有効性が損なわれる可能性が高い.また,過剰投与では薬剤耐性菌の選択圧が高まるとともに,安全性や残留性にも影響する可能性があり厳に慎むべきである.加えて,投与期間もわが国では最大1週間を基本としており,週余にわたる使用は原則として認めていない.さらに効能・効果では,先にも述べたように細菌感染症の治療目的でしか承認していないことから,予防目的の使用は避けるべきである.
《10》 獣医師は抗菌剤のラベル外使用の全責任がある.
 獣医師には抗菌剤の特例使用が認められており,承認外使用のみならず人用医薬品の利用も可能である.しかし,この場合,ほとんどが科学的な根拠がないということを前提に,自らの責任で使用しなければならない.
(2) 抗菌剤使用における法的規制
  抗菌剤は,動物医療分野における重要な医薬品であるが,使用法を間違えば公衆衛生への影響も懸念されるなど,きわめて使用が難しい医薬品でもある.今後とも抗菌剤は使用していく必要があるため,薬剤耐性菌対策あるいは残留対策を講じるために,さまざまな法的規制を行っている.ここでは,抗菌剤の使用現場における基本的な法的規制を紹介したい(図6).
 なお,抗菌剤の使用にあたっては,法的規制があるから守るのではなく,先に述べた慎重使用の原則を守ることを念頭に実施すれば何ら問題のないことである.
《1》 要指示医薬品制度
 法律的には,薬事法第49条において「薬局開設者又は医薬品の販売業者は,医師,歯科医師又は獣医師から処方せんの交付又は指示を受けた者以外の者に対して,厚生労働大臣の指定する医薬品を販売し,又は授与してはならない.」として規定されており,厚生労働大臣(動物用医薬品では農林水産大臣)が指定した医薬品のことを要指示医薬品と呼ぶ.現在,薬剤耐性菌の出現に繋がる恐れがあるものや,副作用を起こしやすいものが指定されており,抗菌剤は水産用及び一部の外用剤を除きほとんどが要指示医薬品である.獣医師は,動物における成績がない人用医薬品の抗菌剤であっても診療上必要と判断する場合には使用することが認められており,その意味で薬剤耐性菌の発現における責任は医師や歯科医師よりも重い.
《2》 要診察医薬品制度
 法律的には,獣医師法第18条において「獣医師は,自ら診察しないで診断書を交付し,若しくは毒劇薬,生物学的製剤その他農林水産省令で定める医薬品の投与若しくは処方をし,自ら出産に立ち会わないで出生証明書若しくは死産証明書を交付し,又は自ら検案しないで検案書を交付してはならない.」と規定されている.この毒劇薬,生物学的製剤その他農林水産省令で定める医薬品を要診察医薬品といい,抗菌剤も含まれている.このことは,抗菌剤の使用法の難しさを示しており,動物医療に関し高度な専門教育を受けた獣医師しかできない治療行為なのである.
《3》 使 用 規 制
 法律的には,薬事法(平成15年7月30日改正後)第83条の4において「農林水産大臣は,専ら動物のために使用されることが目的とされる医薬品であって,適正に使用されるのでなければ牛,豚その他の農林水産省令で定める動物(以下「対象動物」という.)の肉,乳その他の食用に供される生産物で人の健康を損なうおそれのあるものが生産されるおそれのあるものについて,薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて,農林水産省令で,その医薬品を使用することができる対象動物,対象動物に使用する場合における使用の時期その他の事項に関し使用者が遵守すべき基準を定めることができる.前項の規定により遵守すべき基準が定められた医薬品の使用者は,当該基準に定めるところにより,当該医薬品を使用しなければならない.」と規定されている.食用動物に使用される抗菌剤はすべて使用基準設定医薬品であり,用法・用量に準拠した使用が求められている.使用基準の遵守には,法律で罰則が定められており,これに違反した場合は3年以下の懲役か200万円以下の罰金,又はその両方が科せられる.獣医師には診療に係わる対象動物の疾病の治療又は予防のために抗菌剤の特例使用が法的に認められており,用法・用量の変更や,未承認医薬品の使用が可能である.しかし,その場合は,出荷制限期間指示書により,出荷制限期間を指示しなければならない.
 最近,使用基準の遵守の一層の徹底を図るため,使用基準が設定されている医薬品の使用者(獣医師,畜産農家等)は,その使用した医薬品について以下の事項を帳簿に記載するよう努めなければならないとされた.記載内容は,使用年月日,場所,動物の種類,頭羽数,医薬品の名称,用法・用量,出荷可能日である.なお,獣医師は診療簿への記載で,また畜産農家では指示書の農家控に必要事項を加筆して保存することで帳簿の記載に変えることができる.

図6 動物用抗菌剤の適正使用のための法的規制

4.お わ り に

 最近,Willis(2000)は,薬剤耐性菌の由来は多種多様であり,人,動物及び環境という大きな生態系の中で膨大な薬剤耐性菌の循環や遺伝子の交換が行われていることを述べた[1].今回,抗菌剤は人や動物のみならず農薬においても広範囲に使用されている現状を紹介した.これらの抗菌剤は,いずれもが薬剤耐性菌の選択圧となりうるものである.環境との間に絶え間なく分子と情報とをやり取りする動的な開放系であることこそが生命の特徴である.そのような生命の揺らぎをたった一つの原因に求める考え方は,混乱を収め対策を立て責任の所在を特定する上では経済的であるが,ある意味で性急すぎるものと思われる.したがって,薬剤耐性菌対策を考える場合,医療や獣医療といった狭い範囲で対応するよりは,むしろ生態系といった大きな視野での取組の必要性を示している.
 一方,動物衛生分野に目を転じれば,動物に使用される抗菌剤の総量は,他の分野と比較すれば数値的に多い.しかし,この数字そのものの算出根拠や,精度がそれぞれ異なることや,動物用抗菌剤は3年以上の有効期限があり製造・輸入した年にすべて販売されることがないこと等を考えれば単純に数値だけの比較は意味のないことに思われる.とはいえ,抗菌剤の使用は間違いなく薬剤耐性菌の選択圧を高める効果があることから,不必要な使用は止めるべきであろう.今回示した抗菌剤の使用動向から,本来の使用目的である感染症の治療だけでなく予防薬としても相当量が使用されていることが窺われた.獣医師の権限として抗菌剤の特例使用は認められていることであるが,使用にあたっては薬剤感受性調査の実施等の根拠に基づいた動物医療を実践する責務がある.今回,抗菌剤の慎重使用の原則について多くの誌面を使用して説明した.ご覧のとおり,内容的にはきわめて常識的な範囲である.しかし,この一見して簡単な慎重使用の原則が守られていないことから,薬剤耐性菌問題の批判の矛先が動物衛生分野に向けられていることを肝に銘じていただきたい.
 抗菌性物質は,人類が残した偉大な発明であり,われわれの社会に多大な貢献をした.今や抗菌性物質のない世界に戻ることもできないし,また薬剤耐性菌のない世界に戻ることもできない[1].このような20世紀の遺産を,できるかぎり享受できるか否かは,それを利用するわれわれの責任にかかっている.


引 用 文 献

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