総 説

動物用抗菌剤の使用動向と薬剤耐性菌対策

―特に診療獣医師の果たす役割について―

Trends in Antimicrobial agents for Veterinary Use and Control Measures of
Antimicrobial Resistance

田村 豊(農林水産省動物医薬品検査所検査第二部長)


 抗生物質は,人類が20世紀に残した偉大な遺産の一つに数えられ,細菌感染症克服の切り札として盛んに利用された.その結果,長らく人類を苦しめてきた多くの急性感染症は激減し,抗生物質は“魔法の弾丸”と言われるに至った[11].一方,抗菌性物質(抗生物質と合成抗菌剤)が動物分野で使用されるようになって半世紀が過ぎた.この間,抗菌性物質は主として動物の感染症の治療や食用動物の成長促進目的で広く利用された結果,安価で安全な畜産物の安定供給に多大な貢献をした.反面,動物に抗菌性物質を利用することが普及するに伴い,食用動物における薬剤耐性菌の出現という新たな問題が指摘されることとなった.
 最近,新聞やテレビ等のマスメディアを通して食用動物由来薬剤耐性菌問題が盛んに報道されている.これは,治療薬が限定されるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌やバンコマイシン耐性腸球菌といった薬剤耐性菌による人の感染症や院内感染が急激に増加しており,その原因の一つとして食用動物に抗菌性物質を治療や成長促進目的で使用することと結び付けるものである.この問題に対しては,欧米の多くの学術団体が科学的な検証を行い公式の報告書が多数公表されている[5, 6, 17].いずれもその可能性を否定するものではないが,食用動物に使用される抗菌剤の人の医療への影響については,明らかな科学的な証拠がないというものである.ところが,最近,新聞等で公表された食用動物や人における抗菌性物質の使用量を根拠として,医療における薬剤耐性菌問題の原因は,動物分野での抗菌性物質の乱用にあるとの指摘がなされている.
 抗菌性物質を使用すれば薬剤耐性菌を選択することは,多くの疫学情報や実験的にも証明されており,言を挟む余地はない.しかし,適正に使用されれば薬剤耐性菌の出現を制御することは可能である.抗菌剤の有効性を維持し,薬剤耐性菌の出現を最小化するには,抗菌性物質の使用現場における誤用や過剰使用を如何に抑制するかにかかっている[18].その意味で,薬剤耐性菌対策における診療獣医師の果たす役割は大きいといえよう.
 そこで,今回,抗菌性物質の使用動向を最新の情報を基に紹介するとともに,それを基に診療獣医師に焦点をあてた薬剤耐性菌対策について述べたい.
なお,動物用抗菌剤をめぐる国際情勢とわが国の対応に関しては,他紙の総説を参考にされたい[16].

1.抗菌性物質の使用動向
(1) 動物用抗菌剤の製造・輸入量
 わが国では,動物用抗菌剤の使用量の調査は存在しない.しかし,年次ごとの動物用抗菌剤の製造・輸入量については,薬事法に基づき収集されており,実際に使用したものでなく使用期間も年次を越えて長いものの,使用量を推測する資料として重要と思われる.従来,製造・輸入量については,販売高(金額)を中心として取りまとめられていたが,最近,国際獣疫事務局(OIE)のガイドライン[12]に準拠して原末換算量(kg)での販売量として取りまとめられている.そこで,この販売量をもとに,動物用抗菌剤の使用動向を紹介したい.なお,この数値は食用動物のみならず水産用,ペット用も含まれている.
 まず総量であるが,2001年度の抗生物質製剤販売量は802トン,合成抗菌剤は257トンで計1,059トンである.各国での使用量の調査は,調査方法や飼育頭数,飼育条件,気象条件等が異なり単純に比較できないものであるが,米国では米国動物薬事協会会員の調査成績(私信)から2001年の総量は9,930トンとされ,わが国の約10倍である.一方,デンマーク[7]では2002年で94トン,スウェーデン[4]は17トンと報告されている.また,わが国の年次別の推移は直接比較対象となる資料がないが,抗生物質製剤については1986年度の抗生物質製剤国家検定成績[14]をみると,検定申請されたものの総量は907トンであり,15年間で約12%減少して802トンとなったことになる.
 次に,製造・輸入量を基に動物別の販売量の推計を図1に示した.これは一つの医薬品に複数の対象動物が設定される場合が多いため,あくまで販売推定量を算出したものである.この推計によれば,わが国の動物用抗菌剤の54%が豚用に使用されており,他の動物種に比べて豚用の販売推定量が圧倒的に多い.次いで水産用(海水魚)が20%で続き,肉用鶏が11%,肉用牛,搾乳牛,産卵鶏が約4%となっている.わが国と同様にデンマークでも豚への使用量は多く,抗菌剤の74%が豚で使用されていることが報告されている[7].
 2001年の成分別の販売量を図2に示した.成分別ではテトラサイクリン系が最も多く43%を占めている.次いでサルファ剤系の17%,マクロライド系の13%,ペニシリン系の10%が続いている.最も販売量の多いテトラサイクリン系の内訳をみると,オキシテトラサイクリンが246トンで54%を占め,ついで塩酸クロルテトラサイクリンが154トンで34%を占めている.このオキシテトラサイクリンの178トン,また塩酸クロルテトラサイクリンの102トンの合計280トン,全抗菌剤販売量の26%が豚用の経口投与剤と推定される.豚以外でも肉用鶏に65トンのテトラサイクリン系が販売されており,そのほとんどが経口投与剤である.また,水産用としては38トンが販売されている.この傾向はデンマークでも同様で,テトラサイクリン系が26%を占め最も使用されている[7].一方,スウェーデンではペニシリン系が最も多く47%となっており[4],国間での化学療法に対する考え方の差異とみることもできる.
 テトラサイクリン系に次いで販売量の多いサルファ剤をみると,これも豚用が多く65%の114トン,また肉用鶏用にも15トン(8%)が販売されている.マクロライド系では,エリスロマイシンが水産用として97トン(68%)販売されている.ペニシリン系では,アンピシリンの40トン(39%)が水産用として,ベンジルペニシリンプロカインの10トン(33%)が豚の経口投与剤として販売されている.
 それ以外で,最近,人の医療への影響が懸念[16]されているニューキノロン剤をみると,フルオロキノロン剤として6トン販売され,その内訳は3トン(57%)が肉用鶏用に,1トン(21%)が豚用と推定されている.本剤については,国際的に慎重使用が叫ばれる中,動物用は年々減少傾向にある.また,後述する人体用として最も使用頻度の高いセフェム系は,2トンと少なく,ほとんどが乳牛用に使用されている.これはセフェム系製剤の多くが非経口剤(注射剤,注入剤)であることに加え,薬価が高額であることを反映しているものと思われる.
 ところで,食用動物,特に豚や鶏は,飼育形態から個体診療ではなく群としての衛生管理体制がとられている.したがって,投薬方法としても注射より飲水や飼料に抗菌剤を添加することが一般的とされ,動物用抗菌剤の全販売量の実に94%が経口投与剤である.

図1 動物用抗菌剤の動物別推定販売量
 

図2 動物用抗菌剤の成分別販売量
(2) 抗菌性飼料添加物の検定合格数量
 抗菌性飼料添加物の使用量に関する公式な調査は,抗菌剤と同様にまったく実施されていない.しかし,抗生物質については,国家検定対象品目となっていることから検定合格数量が公表されており,使用量を推定する参考資料となる.2002年度については,純末換算量として合計160トンが合格している[10].その内訳は,ポリエーテル系が最も多く94トン(59%),ついでポリペプタイド系の33トン(21%),その他の抗生物質の19トン(12%),テトラサイクリン系の8トン(5%),アミノグリコシド系の5トン(3%)及びマクロライド系の1トン(0.6%)である.飼料添加物に指定される抗生物質は,一般的に医薬品である人体用及び動物用抗菌剤と異なる成分が多い.たとえば,最も合格数量の多いポリエーテル系は,コクシジウム症による生産性低下の防止の目的で使用され,モネンシン,サリノマイシン,ラサドシド及びセンジュラマイシンである.
 抗生物質の検定合格数量の年次推移を図3に示した.1993年度の合格数量の合計は320トンであったが,その後,減少傾向にあり2002年度では10年前の約半分となっている.これは欧州における抗菌性飼料添加物の禁止措置[16]の影響とみることができる.

図3 抗生物質飼料添加物の合格数量の推移
(3) 人用抗菌剤の販売量
 人用の抗菌剤についても,薬事法に基づく年間販売高の調査は行われているが,販売量に関する公的な調査は行われていない.そこで1999年度厚生省科学研究による調査成績を紹介したい[19].この調査では,上述の各種調査とまったく異なる調査方法が取られており単純に比較することはできない.すなわち,この調査では製薬企業の株主総会における公表資料から販売高を求め,薬価基準の量当たりの単価から使用量を推定している.したがって,全販売量を網羅したものでなく,また,後発品もすべて含まれているわけではない.これによると1998年で経口剤と注射剤の総計は516トンとされている.この内,最も多いセフェム系は239トンで46%を占めている.次いでマクロライド系の128トン(25%)である.医療上重要とされるフルオロキノロン系は,41トン(8%)とされている.
 なお,海外をみるとデンマークでは2002年の人の総使用量は43トンと報告されている[7].
(4) その他の抗菌剤
 その他で使用される抗菌剤としては,農薬としての殺菌剤がある.農薬としての抗菌剤の中には,人体用あるいは動物用と同系統の抗菌剤も含まれている.たとえば,2000年度の農薬原体生産数量を見れば,テトラサイクリン系のオキシテトラサイクリンが2トン,キノロン系のオキソリン酸が126トン,アミノグリコシド系のカスガマイシン(農薬専用)が128トン,ストレプトマイシン97トン等が含まれている[13].

2.抗菌剤使用と薬剤耐性菌の出現

 抗菌剤の使用による薬剤耐性菌の出現は,感受性菌を駆逐して薬剤耐性菌を選択することにある.すなわち,抗菌剤の使用により,薬剤耐性菌を選択し増殖させるためには,至適選択濃度で必要な時間,細菌集団と接触させなければならない.この場合,感受性の細菌集団から薬剤耐性菌が選択されるのは,《1》抗菌剤の濃度が減少して感受性細菌の集団の一部が生存可能になること,《2》突然変異細菌が存在すること,《3》耐性遺伝子の伝達が細菌間で予め起こることである[2].このような薬剤耐性菌の主な選択の場としては,膨大な数の細菌と菌種があり,使用された抗菌剤が存在する可能性の高い人及び動物の腸管と,水や土壌を代表とする生態環境であるといわれている[2].抗菌剤の使用量の増加は,このような薬剤耐性菌の選択圧を高めることが知られている.事実,疫学的には,国レベルにおける抗菌剤の使用量と薬剤耐性菌の出現との間に,正の相関関係がある.たとえばデンマークでの抗菌性飼料添加物であるバージニアマイシンの使用量と肉用鶏及び鶏肉由来の薬剤耐性菌出現率をみれば,使用量の増減と並行して薬剤耐性菌が出現していることからも明らかである(図4)[7].
 次いで,畜産農家段階での抗菌剤使用と薬剤耐性菌出現との関係を見てみよう.動物医薬品検査所では,1999年度から家畜衛生分野における薬剤耐性調査(JVARM)を開始し,菌分離材料を集めた農家の抗菌剤使用状況もあわせて調査している.ここで調査対象菌種であるカンピロバクターの成績を紹介する(図5).カンピロバクターの薬剤耐性率は,耐性を示した薬剤と同系統の抗菌剤を使用していた肉用鶏群から分離したものが,使用していないものより明らかに高い傾向がある.しかし,低率ながら使用していない肉用鶏群からも薬剤耐性菌が分離されている.このことは,農家レベルでの抗菌剤の使用と薬剤耐性菌の出現とを直接的に関連づけることの難しさを示している.今後,農家での抗菌剤の使用状況をさらに調査するとともに薬剤耐性菌の出現状況を,動物のみならず人及び環境も含めて調査する必要があるものと考えられる.
 抗菌剤の使用量は,人,動物及び環境に分散した抗菌剤量の間接的な尺度となりうる.薬剤耐性菌の選択において重要なのは,個々の患者や動物における抗菌剤の使用量よりは抗菌剤の生態系への分布の程度である[2].抗菌剤の分布が広範囲であればある程,どこかで細菌集団がまさしく至適選択濃度の抗菌剤に暴露される可能性が高いといえる.


図4 バージニアマイシン使用量と薬剤耐性菌の出現
 

図5 抗菌剤の使用がカンピロバクターの耐性率に及ぼす影響