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AHTの業務と「診療」の関係について
動物医療については,(1)国民食生活の安定確保をはじめとする経済活動を推進する上において重要な位置を占める動物の財産価値の保護,その生産の振興への寄与を通じての畜産業等関連産業の発達,また,(2)動物に関する保健衛生の確保を通じての公衆衛生及び動物の福祉の向上への寄与等国民生活の維持・向上に直接係るとの性質を有することから,特定の動物の医療に係る行為のうち,獣医学上の高度な技術と専門知識に基づく判断を要する行為,すなわち,「飼育動物の診療」については,たとえ当事者間に合意が成立しようと,また,金銭の授受を予定しないものであっても,これを自由に行うことは認められていない.
以上のことから,獣医師法においては,獣医師の資格要件を定め,獣医師以外の者が「飼育動物の診療」を業として行うこと(反復継続若しくはその意志をもって行うこと.)が禁止されている(獣医師法第17条)が,AHTが担うとされる業務のうち,「飼育動物の診療の補助」(以下「診療補助行為」という.)については,獣医師の業務独占とされる「飼育動物の診療」を遂行するうえで,その補助をなす行為とされるものの,(1)動物医療における「診療行為」と「診療補助行為」の関係や,(2)動物医療を提供する上において獣医師資格を有しない者に許容されるとみなし得る「診療補助行為」の要件とその範囲が整理されないまま,診療施設におけるAHTの受け入れが一方的に進展するとともに,AHTの養成と認定がそれぞれ独自の判断の下で行われる等,実態のみが先行する中で今日にいたっているといえる.
動物医療は,獣医師による「診療」の提供のみにより完結されるものでないことは明らかであり,診療の対象とする動物やその飼育者側の事情,要請等により動物医療として提供されるべき範囲がそれぞれの対象ごとに結果として定まるものである.このような性格を有する動物医療の概念を「診療行為」を核とし,これを構成する種々の行為について関連する分野ごとに実態に則し,便宜的に整理したのが【別表3】であるが,これを獣医師の関与の度合いの必要性が高いと考えられる順に並べると,(1)診療行為,(2)調剤行為(要指示医薬品等の処方・指示を含む.),(3)検査行為,検案行為,診療補助行為,(4)診療類似行為,(5)保健衛生指導行為,(6)診療施設事務行為,(7)動物理美容行為(いわゆるグルーミングまたはトリミング等)に区分されると考える.(「動物理美容行為」を動物医療の範囲に含めることについては,異論も生じようが,現にAHTと称する者が診療施設において動物理美容を業務の一環として実施している例があることから,あえて範囲に加えた.)
なお,獣医師法等の関係法令においては,前記(1)と(3)のうち「診療」に該当する行為は獣医師のみ,(2)のうち調剤は薬剤師と自己処方に基づく場合においては獣医師,(4)のうち家畜人工授精と受精卵移植技術は獣医師と家畜人工授精師による業務独占とされている.
一方,現在,AHTが対応していると考えられる業務を【別表3】の分類に従い整理すると,(1)主治の獣医師の指示の下で行う動物の保定等の「診療の補助」,血液検査等の「検査」,入院動物の看護等の飼養管理,動物の飼い主に対する食餌栄養管理等の「保健衛生指導」,(2)病院受付等の「診療施設事務」,(3)トリミング等の動物の「理美容」等の業務に大別されるが,これらAHTが担う業務のうち,「診療の補助」すなわち「診療補助行為」について,そのすべてが「診療行為」に相当するとした場合,その行為の内容またはその行為の結果生じると推測される損害等の影響の程度によっては,当該行為をなしたAHTおよび当該行為を指示して行わせた獣医師の双方が獣医師法第17条違反に問われかねないこととなる.しかしながら,今日,獣医師が一切の補助者なしで適切な動物医療を遂行することが困難であるとすれば,その場合にかぎり「主治の獣医師の直接の監督の下で詳細かつ具体的な指示に基づき,補助者により行われる一定範囲の行為」については,それが獣医師法で規定するところの「診療行為」であるとしても,当該行為を実質的には,主治の獣医師自らの行為として評価し得るとし,現状において,AHTについては,何ら法的な資格要件が付与されていない中においても,AHTの行う一定の条件下における一定の範囲の動物医療行為は許容され得ると判断して差し支えないのではないかと考える.
他方,動物医療においては,現状において,人の医療における看護師等のように診療の補助者としての法的な資格要件等が整備されていない中においては,「診療補助行為」として許容される業務の範囲は,基本的には単純かつ機械的な行為に止まると考えるべきであり,獣医学上の専門的判断や高度な技術を要する行為は,たとえ主冶の獣医師の直接の監督の下で詳細かつ具体的な指示がなされた場合であっても補助者に許容し得る「診療補助行為」とみなし得ないと理解する必要がある.
このような事情を前提に,現状において「診療補助」とされる行為を概念上区分した場合,(1)「診療行為」にはそもそも該当しないが,獣医師が診療を全うする上において,これと一体的に行われる「診療補助行為」,(2)「診療行為」の範囲に入るが,主冶の獣医師の直接の監督の下で詳細かつ具体的な指示により行うことによりこれを主治の獣医師の行為とみなし補助者に許容される「診療補助行為」,(3)「診療行為」の範囲に入り,たとえ主冶の獣医師による指示等の関与があったとしてもAHTの「診療補助行為」としては許容され得ない行為の3者に区分されると考える.従って,AHTが動物医療に係わる場合,留意すべき点は,
ア |
【別表3】に掲げた「診療補助行為」または「検査行為」についてみれば,
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治療補助,投薬補助,手術補助等として整理したもののうち,注射やカテーテル等を用いた投薬,穿刺,採血,輸液・輸血,切開・患部等の切除・縫合・抜糸,麻酔管理等一連の外科手術に係る処置,気道確保,導尿等の処置技能 |
(イ) |
心電図検査,脳波検査,超音波検査等の生理学的検査,放射線照射等の診断・治療が一体的に行われる検査 |
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イ |
動物医療においては,まだ独立した領域として普遍化してはいないが,電気刺激,温熱療法等のいわゆる理学療法,歯科矯正・治療・技工に係る処置技能 |
以上のような処置技能や検査を実施する場合が該当すると考えられるが,現行の獣医師法においては,「飼育動物に対する疾病の予防・診断・治療その他獣医学的判断・技術をもってするのでなければ,動物に危害を及ぼし,及ぼすおそれのある一切の行為」について,これらの行為をなすことは獣医師法で規定する「診療」に当たると解釈されており,また,医師法等の医療関係法令解釈の前例を合わせ考慮したとき,これらの行為は,現行の獣医師法の下においては,基本的には,前記(3)に該当すると理解すべきものではないかと考える.
なお,「診療補助行為」は,前記(1)および(2)ともに,主冶の獣医師の診療と一体的,かつ,連続した行為の中で動物医療として提供されるものである以上,補助者の行う「診療補助行為」はすべて主冶の獣医師の指示の下で補助者が行い得る「補助者の相対的行為」としての扱いを要することとなるが,「診療補助行為」には該当しない(1)臨床検査,(2)動物の理美容,(3)診療施設事務については,当然のことながら,AHTが主冶の獣医師の直接の指示なしに行い得る「AHTの動物医療従事者としての絶対的行為」として実施し得るものと考える.
いずれにせよ,AHTを動物医療従事者として迎い入れ,その質の向上と安定的供給を確保するとの観点に立てば,少なくともAHTの担う現状の業務について,獣医師法で規定する「飼育動物の診療」との関係が明らかにされた上で必要な体制整備を進める必要があり,これがひいては,動物医療の一層の信頼確保につながるものと考える. |
(2) |
AHT資格の法令上の位置づけについて
現在,動物医療に関する法令においてAHTの業務や身分・資格等の位置づけを直接規定したものはない.ちなみに,AHTと人の医療における看護師の法令上の位置づけ等を比較して整理したのが【別表4】であるが,看護師とAHTは,(1)業務の対象が人の医療と動物の医療,(2)業務の実施場所が病院または診療所と飼育動物診療施設と大きく異なるものの,(3)現状で対象としている業務の範囲については,会計,経理に係る「診療施設事務」及び,「理美容行為」を除けば大きな差はないと言える.
一方,「飼育動物の診療」は獣医師が,他方「人の医療」は医師の専管業務され,それぞれが資格法に基づき業務独占として規定されていることからしても,また,今日,動物医療それ自体が一人獣医師のみにて実施し得るはずが無く,獣医師をはじめ動物医療従事者の役割分担とそのそれぞれの職責を明確化した上で社会から信頼される質の高い動物医療の提供を目指すのであれば,AHTについても資格要件の法令上の扱いを定めることの是非を含め,その業務の適正化と健全育成に向けて制度的な手当の必要性を論議すべき時期にきていると考える. |
(3) |
当面の検討の方向について
AHTについては,前記1において述べたとおり,診療施設における動物医療従事者としての受け入れの必要性から実態のみが先行してきたが,小動物委員会においては,AHTの健全育成の観点に立った職域の環境整備を推進する上において,当面,次の事項について対応していく必要がある旨を意見としてとりまとめた.
ア |
動物医療に係る診療補助者としてのAHTについては,今後,その健全育成と動物医療従事者としての定着を推進する必要があるが,そのためには,現行の補助者の業務のうち,少なくとも「主冶の獣医師の指導の下で行う動物の診療の補助,動物の飼養管理,動物飼育者への保健衛生指導に関する事項」に係る養成施設における教育カリキュラム,施設整備や教育体制については,有識者を含め関係者間の協議を進め統一的な基準を策定し,当該基準に適う養成システムを機能させる. |
イ |
AHTの認定については,現在,独自に補助者の認定に当たる組織が一堂に会した協議会組織を立ち上げ,関係者が共通の認識と統一された基準の下で認定を行うことによりAHTの質の向上が図られ,これらの者が動物医療従事者として安定的に供給されることにより診療施設の開設者の選択が容易となるような認定システムの整備を求める. |
今後,関係者間において以上の事項を検討するに当たり,先ず避けて通れない課題として,前記(1)において述べたとおり法的な整理の問題がある.動物医療を提供する上において,[1]どのような条件下における,どのような行為が「診療補助行為」に該当するのか,また,[2]どのような行為が現状の法規制の下において補助者の行う「診療補助行為」として許容され得るのか.[3]個々の具体的な行為について,その獣医学上必要とする専門的判断や技術水準の程度,また,仮に業務上の過誤を生じさせた場合における影響の度合い等に応じ,「診療補助行為」の範囲が検討され,しかも,[4]行政上の判断が明らかにされる必要がある(これらが明確に示されない限り,理論上,AHTそのものの定義すら定かにすることができないこととなる).以上の作業を経た上で,補助者の行い得る「診療補助行為」の要件と範囲を明らかにし,その結果,補助者のなし得る「診療補助行為」の範囲について「診療行為」との間の見直しを要することになれば,その条件整備については,関係法令を整備することが求められるが,法整備に当たっては,家庭動物のみならず牛・豚・馬等の産業動物を含めた動物の飼育者をはじめ,社会が要請する適切な動物医療体制確保するとの基本認識の下で合意形成を図る必要がある.また,動物医療に係る補助者の養成や資格認定の仕組みの整備は,正に規制の新たな導入として作用するものであり,職業選択の自由の制限の必要性等を含め幅広な観点に立っての検討が必要となることに留意しなくてはならない.いずれにせよ,新たな法整備を要する事項については,動物医療提供体制整備を図るうえでの重要事項となることから,獣医療法に基づく「獣医療提供体制整備基本計画制度」の中で「動物診療補助業務の範囲や動物医療補助者の資格制度」の検討を位置付け,獣医事審議会における審議を尽くす必要がある.
加えて,重要なのは,現在,小動物診療施設を中心に飼育動物の診療の補助業務に従事しているAHTと称する者自身が,そして今後とも輩出されるAHTを目指す者が動物医療における自らの位置づけとして,どのような対応を望み,どのような規制の下で自らの職域を律していきたいのか.これらもあわせて検討されて然るべきと考える. |