1.は じ め に |
動物医療について,技術の高度化と専門化が進展するなか,一次診療(いわゆるホームドクター)から二次診療(高度・専門医療)そして救急医療等と診療機能とともに,診療対象領域(科目)の専門分化が進んできている.また,一方では,動物が家庭動物として広く家族の一員として迎い入れられるなかで動物医療については飼育者の多様なニーズへの対応が求められることとなり,一人獣医師のみにより動物医療を提供することや,飼育動物診療施設(以下「診療施設」という.)の運営を行うことには自ずと限界があり,動物医療に係わる専門職スタッフの役割分担と共同作業により,質の高い,かつ,多様な動物医療の提供が求められてきている.
現に,小動物医療部門においては,動物看護士,AHT又はVT,あるいは「動物の看護婦さん」と称される者(以下「AHT」という.)が多くの診療施設に雇用され,(1)獣医師が行う診療の補助者としての役割の他,(2)入院動物の飼育管理,飼育者に対する栄養管理等の保健衛生指導に加え,(3)診療施設の受け付け・会計事務,(3)その他動物に対する理美容等の業務に従事することにより,実質的に動物医療従事者としての役割を果たす等,AHTは動物医療における独自の職業分野として定着しつつあるといわれている.
AHTについては,かつて,昭和40年代後半以降から都市部を中心にAHT養成を目的に任意組織の養成施設が順次出現し今日にいたっている.しかしながら,履修内容等の養成体制は区々であり,そのままの状況ではAHTを受け入れる診療施設側の選択にも支障が生じる等の問題意識の下で,日本獣医師会が小動物委員会の中にAHT制度検討会を設置し,平成元年に「AHT養成施設認定のための基本的考え方」を整理し,各地方獣医師会の意見を聴したが,当時,約3割の地方獣医師会が日本獣医師会を主体としたAHT養成施設認定システムの運営を行うことは,(1)AHTそのものを認知したこととなり動物診療の適正実施を妨げかねない.(2)AHTの雇用は診療施設のリスク負担で行えばすむことで日本獣医師会の関与はいかがなものか等,総体的にはAHT養成施設の認定に本会が取り組むのは時期尚早との意見が大勢を占めた経過があった.
しかしながら,(1)現にAHTとして就業され,または,これからAHTを目指し専門技術と知識を磨こうとされる者は動物愛護や福祉の気概にあふれ,獣医師と同様,動物の生理・生態や保健衛生,そして公衆衛生等の関連分野に人一倍関心が深い者であること.また,(2)今日,人と動物の共生社会構築が社会的な要請とされるなか,前段で述べたとおり,動物医療を支えるスタッフとしてAHTが多くの診療施設にすでに受け入れられているとの現状を踏まえたとき,業としてのAHTの質の向上と供給の安定を確保するためには,獣医師サイドにおいてAHT健全育成の観点に立った職域の環境整備等を検討する必要がある.このような事情を踏まえ,日本獣医師会においては,平成13年11月から小動物委員会(委員長:市田成勝(神戸市獣医師会長))において「動物医療における動物看護士の在り方について」の検討を進めたが,同委員会の検討結果が本年4月に取りまとめられた.日本獣医師会においては検討結果を受け,動物医療におけるAHTの環境整備問題の検討促進等について関係官庁等への要請活動等を行っているところである.
この報告は,動物医療においてAHTをどのように位置づけるか等の日本獣医師会におけるこれまでの検討の経過も踏まえつつ,これに大幅に私見を交え,AHTの現状と課題として整理したものである.本報告について,全国の構成獣医師,AHTをはじめ,獣医大学,AHT養成施設,行政当局等の関係者からの建設的,かつ,前広な議論を期待したい. |
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2.AHTの現状
(1) |
アンケート調査によるAHTの就業および養成の現状について
日本獣医師会においては,前記1に示したとおり小動物委員会においてAHTの在り方を検討する中で,AHTの就業および養成の実態を把握するため,平成14年度に全国の小動物診療施設の開設者およびAHT養成校の開設者を対象に「AHTおよびAHT養成校の現状」に関するアンケート調査をそれぞれ実施し,調査結果を【別表1】および【別表2】のとおり取りまとめたが,その結果をみると,
ア |
回答が寄せられた小動物の診療施設のうち,9割以上の施設においてAHTが雇用されている. |
イ |
AHTの業務の範囲は,それぞれの診療施設ごとに異なり,統一的対応がとられていない. |
ウ |
回答が寄せられた9割以上の診療獣医師が統一的なカリキュラムによるAHTの養成を望んでおり,8割以上の獣医師が全国的に統一された基準に基づくAHT認定の仕組みが必要としている. |
エ |
現状のAHT養成状況をみると,教育年限,教育科目,施設・設備等の内容が養成施設ごとに異なる.また,診療施設に勤務するAHTは,その約7割が養成施設または獣医師団体等の民間組織がそれぞれ独自に認定したAHT資格と称するものを所持しているとしているが,その認定基準は区々であり,全国統一的な認定が行われていない. |
オ |
診療施設に勤務するAHTの中で,25万円以上の月収を得ている者は1割程度であり,民間給与統計(平成9年度国税庁)による20〜24歳の女性の平均月収25.8万円,25〜29歳の女性の平均月収31.1万円に比して低い水準に留まっている. |
カ |
診療施設に勤務するAHTの年齢構成をみると,21〜30歳の者が全体の約4分の3を占め,41歳以上の者は1割以下であり,AHTが今後,安定・成熟した職業分野として固定するかは,明確ではない. |
以上の結果が得られており,今後,動物医療従事者として質の高いAHTの安定的な供給を確保するうえで,(1)養成施設における教育カリキュラム,施設・設備の整備基準や,認定基準の統一的な整備とともに,(2)AHTを受け入れる診療施設における雇用条件の整備等労働福祉対策の必要性が伺える結果となっている.
本アンケート調査に回答を寄せられた小動物診療施設開設の獣医師の方,そしてAHT養成施設の開設者の方々は,いずれもAHTに係る諸対策を社会から一層信頼される動物医療発展の観点でもって考えておられる者と推察された.本誌をかり改めて御礼申し上げたい.
なお,今回,AHTの就業状況の調査先は,小動物の主として個人開業者の診療施設が中心であるが,AHTの動物医療に係る分野の就業先として今後見込まれるのは,(1)獣医系大学の家畜病院や産業動物診療に係る家畜共済診療施設等比較的大型の飼育動物診療施設における動物医療従事者としての役割のほか,(2)研究所等の実験動物管理部門,動物園や水族館等の動物飼育施設や野生動物の保護管理部門のほか民間の飼育動物取扱い販売業等において需要が見込まれるところである. |
(2) |
AHTの養成および認定の現状について
AHTは,(1)獣医師が担う動物の診療に対する補助を含め,(2)保健衛生指導,(3)各種臨床検査や(4)実験動物を含め動物の飼育管理等広く動物医療を支える専門職スタッフ(以下「動物医療従事者」という.)としての役割を担うとの性格から,動物医療およびこれが関連する分野について一定の専門知識および技術が求められるが,AHTが動物医療従事者として診療施設に受け入れられ,独自の職業分野として定着しつつあるとされる中で,(1)AHTの養成を目的とした教育訓練施設(以下「養成施設」という.)が小動物診療施設の立地の多い大都市を中心に全国各地に開設され,それぞれ独自のカリキュラム等により養成が行われる一方,(2)養成施設の修了者等について,申請を受け,AHT資格認定を独自に行う複数の民間組織が出現してきている.現在,AHT養成課程を有する施設は専修学校,各種学校等の学校法人組織をはじめ,株式会社や有限会社,その他あわせて70施設以上があるとされ,毎年の卒業者は2,000人以上,これらの養成課程を修了し,AHTと称し,診療施設に勤務する者が15,000ないし20,000人程度存在するとされている.最近においては,平成13年に私立大学の1校が4年制課程を,15年に私立大学の1校が2年制の別科課程を開講したほか,16年には新たに私立短期大学の開設の認可を受けた1校が3年制課程を開講するとしている.また,養成施設の修了者等からの申請を受け,それぞれ独自に一定の試験を課すこと等により合格者にAHT認定証を交付する民間組織が3カ所((社)日本動物病院福祉協会(昭和62年から),日本小動物獣医師会(平成元年から),日本動物看護学会(平成15年度から予定))ある. |
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