解説・報告

食品の安全性確保に向けた取組 ||
厚生労働省関係法律(食品衛生法,と畜場法,食鳥検査法)の整備について

道野英司(厚生労働省医薬局食品保健部監視安全課課長補佐)


 厚生労働省では,食品衛生法,と畜場法,食鳥処理の事業の規制及び食鳥検査に関する法律(以下「食鳥検査法」)を改正するため,平成15年の通常国会に「食品衛生法等の一部を改正する法律案」を提出した.
 この法律案は,近年の食品安全に関する諸問題を踏まえて,国民の健康の保護を図ることを目的とした食品の安全確保のため,国・都道府県,保健所設置市及び特別区(以下「都道府県」)の責務(リスクコミュニケーションを含む)及び事業者の責務を明らかにするとともに,食品衛生規制における規格・基準,監視・検査体制,食中毒等の飲食に起因する事故への対応,罰則等について,そのあり方を見直すものである.
 本改正の主要な内容は,「BSE問題に関する調査検討委員会報告(委員長:高橋正郎女子栄養大学客員教授)」,「食の安全確保に関する提言(平成14年6月4日,与党食の安全確保に関するPT,野呂田芳成座長)」,「食の安全確保に関する提言(平成14年5月23日,自由民主党食の安全確保に関する特命委員会,野呂田芳成委員長)」,「「食品の安全」に関する信頼確保のための改革提言(平成14年5月14日,自由民主党厚生労働部会食品衛生規制に関する検討小委員会,長勢甚遠委員長)」を具現化したものである.
 本稿では改正の趣旨,内容等について詳しく述べ,食品安全確保の主要な役割を担う獣医師の皆様に今後の厚生労働省の取り組みにご理解とご協力をお願いすることとしたい.
 
|.改正の趣旨
 近年の食品製造技術の高度化,輸入食品の増加などにより国民の食生活を取り巻く環境が著しく変化している中で,BSE問題や残留農薬問題などが生じており,食品の安全に対して国民の不安や不信が高まっている.こうした状況の下,政府においては,「食品安全行政に関する関係閣僚会議」での検討を踏まえ,食品の安全に関するリスク評価を行う食品安全委員会の設置と,消費者の保護を基本とした包括的な食品の安全を確保するための法律として食品安全基本法案が提出されている.厚生労働省が所管する食品衛生法等に基づく食品衛生規制は,政府の食品安全行政への取り組みのうち,リスク管理の主要部分を担うものである.このため,食品の安全の確保のための施策の充実を通じ,国民の健康の保護を図ることを目的として,「食品安全基本法案」とともに「食品衛生法等の一部を改正する法律案」を提出した.
 
||.改正の基本的考え方と主な改正事項
1.国民の健康の保護のためのより積極的な対応
 健康被害の発生・拡大を防止するため,これまで以上に積極的に対応できるよう,目的規定の見直し,残留農薬等のポジティブリスト制の導入,安全性に問題のある既存添加物の使用禁止,特殊な摂取方法による食品等の暫定的流通禁止措置などを盛り込んだ.
2.事業者による自主管理の推進
 食品の供給者である事業者に対し,食品の安全確保,危害発生の防止に向けた自主的な取組みを推進するため,事業者の責務の明記,罰則の強化,食品衛生管理者の責務の追加,総合衛生管理製造過程(HACCP)承認制度の見直しを行った.
3.農畜水産物の生産段階における規制との連携
 農畜水産物の生産段階における規制(農薬,動物用医薬品,家畜伝染病等)との連携を強化することにより,生産から消費に至る過程を通じた食品衛生規制を講じることとし,と畜検査及び食鳥検査についての厚生労働大臣と農林水産大臣の連携規定,食肉の販売等禁止対象疾病の範囲について生産段階における規制(家畜伝染病予防法)との関係の明確化(と畜場法,食鳥検査法),残留農薬等のポジティブリスト制の導入,農薬登録や動物用医薬品承認等と同時に残留基準が設定される仕組み(農薬取締法,薬事法等)を図った.
4.と畜場法及び食鳥検査法の改正
 と畜場法及び食鳥検査法についても,これまでのBSEの発生や,腸管出血性大腸菌O157による食中毒事件の発生等を踏まえ,国民の健康の保護を目的として所要の見直しを行った.
 すなわち,[1]食品衛生法と同様に,目的規定,国・地方自治体の責務,衛生管理者設置等の整備,[2]他法関連の改正として,家畜伝染病予防法を所管する農林水産大臣と厚生労働大臣の連携,検査対象疾病等の規定整理,と畜検査員の規定見直し,[3]現状を踏まえた見直しとして,検査中のとたいの一部のと畜場外への持ち出しの例外の整備,BSE検査における国の関与等の改正を行った.
 なお,食品安全委員会との関係については,食品安全基本法案において,関係大臣の諮問に応じ,又は自ら食品健康影響評価(リスク評価)を実施するとともに,施策についての関係大臣への勧告,調査研究の実施,リスクコミュニケーションの実施等が規定されている.
 
|||.法目的,責務規定の整備
1.法の目的及び国等の責務
(1)法の目的規定の見直し
   食品衛生法においては,「飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し,公衆衛生の向上及び増進に寄与する」とされている食品衛生法の目的について,「この法律は,食品の安全性の確保のために公衆衛生の見地から必要な規制その他の措置を講ずることにより,飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し,もって国民の健康の保護を図ることを目的とする.」と改正した.
 従来規定においても公衆衛生の向上及び増進を目的としており,従来から国民の健康保護の趣旨は含まれていたが,日本生活協同組合連合会の国会請願などで明確化すべきとの要請が従来から行われており,今般,新開発食品の販売規制や残留農薬規制も見直すことから明確化することとした.
 と畜場法及び食鳥検査法についても法の目的規定に「国民の健康の保護を図る」旨を追加し,と畜場法については「この法律は,と畜場の経営及び食用に供するために行う獣畜の処理の適正の確保のための措置について定めることにより,国民の健康の保護を図り,もつて公衆衛生の向上及び増進に寄与することを目的とする.」とし,食鳥検査法については「この法律は,食鳥処理の事業について衛生上の見地から必要な規制を行うとともに,食鳥検査の制度を設けることにより,食鳥肉等に起因する衛生上の危害の発生を防止し,国民の健康の保護を図り,もって公衆衛生の向上及び増進に寄与することを目的とする.」とした.
(2)国及び都道府県の責務
   現在,食品衛生法では,都道府県の飲食店営業者等に対する助言指導(法第28条の2)や国,都道府県知事,保健所設置市市長及び特別区長(以下「都道府県知事」)による法違反者等の名称等の公表(法第29条の2)以外は,国,都道府県の責務規定はない.今回改正では,「地域保健法」,「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」など都道府県を通じて実施する類似の公衆衛生規制と同様,国及び都道府県の責任を明確にするため,具体的な責務の内容を列記した.
 主な内容としては,国及び都道府県の責務として,食品衛生に関する正しい知識の普及(いわゆる「食育」など),食品衛生に関する情報の収集,整理,分析及び提供ならびに研究の推進,検出技術や検査方法の開発,改良などの検査能力の向上,人材の養成及び資質の向上とした.
 また,国及び都道府県の相互の連携等に努めることを規定することとした.
 さらに,と畜場法及び食鳥検査法においても,国,都道府県は,家畜の生産の実態及び獣畜の疾病の発生の状況を踏まえ,食品衛生上の危害の発生の防止を図るため,食用に供するために行う獣畜の処理の適正の確保のために必要な措置を講じなければならないこととした.
(3)国の責務
   上記の都道府県とともに規定した国の責務のほか,国独自の責務として,輸入食品等の検査を実施する検疫所の体制の整備,国際機関への支援,協力などの国際的な連携の確保のほか,都道府県に対する技術的援助に努めることを規定した.
 また,と畜場法及び食鳥検査法では厚生労働大臣と農林水産大臣の連携について,畜産物の生産段階の規制との一層の連携を図る観点から,相互の緊密な連絡及び協力を規定し,生産段階での疾病の発生状況や診断技術,生産技術の状況,と畜検査の結果等の緊密な情報交換,共通する分野での研究協力を推進することとした.
2.国民等の意見の聴取
 食品の安全確保システムにリスク分析の手法を導入することが今回の食品安全委員会の設置や諸制度の整備の重要課題となっているが,リスク分析手法の導入に当たっては,リスク管理を担う厚生労働省として,消費者,生産者,製造者等関係者との双方向の情報提供及び意見交換を行う「リスクコミュニケーション」の実施が重要である.
 食品衛生に関する施策に国民又は住民の意見を反映し,関係者相互間の情報及び意見の交換の促進を図るため,基準や監視指導の指針,計画策定時のほか,食品安全施策の実施状況についてその趣旨,内容その他の必要な事項を公表し,広く国民の意見を求めるものとすることとして,実体的・具体的規定として明記することとした.
 と畜場法及び食鳥検査法についても国がと畜検査及び食鳥検査(以下「と畜検査等」という.)の対象疾病等を定めようとする場合等において,国は,その趣旨,内容その他の必要な事項を公表し,広く国民の意見を求めることとした.
3.食品等事業者の責務
 食品の生産者,製造業者,輸入業者,流通業者等を食品等事業者として,フードチェーンを構成する食品の供給者として,おのおのが安全確保に責任を有することを明確にするため,製造者による原材料の安全性の確認,製造過程の衛生管理,製品の自主検査,輸入業者による輸入食品の食品衛生法適合性確認,製品の自主検査実施,仕入元等の記録の保管,その他飲食に起因する危害の発生を防止する責務を有することを求めることとした.
 
IV.規格・基準の整備,充実
1.残留農薬等のポジティブリスト制の導入
 近年の輸入食品の増加等も踏まえ,食品衛生法に基づく残留基準が設定されていない農薬,動物用医薬品,飼料添加物が残留する食品の流通等を原則として禁止するいわゆるポジティブリスト制を公布の日から3年以内に導入することとした.この措置に伴い,残留基準が未設定の数百の農薬,動物用医薬品等について,国内での使用状況や国際的な規格・基準等を踏まえた基準を早急に定める予定である.
 また,農薬登録,動物用医薬品承認等と同時に残留基準が設定される仕組みの導入,及び残留基準が変更された場合に農薬の使用基準や動物用医薬品の用法用量等も改正されるよう農林水産省と連携して対応することとした.
2.既存添加物リストの見直し規定の整備
 前回の平成7年改正において,化学合成品の添加物に限って採られていた指定制度を天然添加物へ拡大した際,当時現に使用されていた天然添加物は「既存添加物」(489品目)として引き続き使用が認められた.これらのうち,安全性に問題のあることが判明したあるいはすでに使用実態のない既存添加物の使用を禁止できるようにした.
3.新開発食品の安全確保の充実
 いわゆる健康食品の市場規模は消費者の健康志向の増大とともに拡大しているが,ダイエット用健康食品などにおいてはカプセルや錠剤として内容成分を著しく濃縮することにより一般的な摂取方法とは著しく異なる方法により摂取される食品や,わが国で一般的に飲食に供されてこなかった物を含む食品が流通している.このため,[1]一般的な摂取方法とは著しく異なる方法により摂取される食品,[2]一般に飲食に供されることがなかった物を含む可能性のある食品であり,摂取した者に健康被害が生じている食品について,人の健康を損なうおそれがない旨の確証がなく,食品衛生上の危害の発生を防止するため必要があると認めるときは,薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて,当該食品の販売禁止措置を講ずることができるようにした.