会 議

「小動物医療の指針」の制定について

 本会の獣医師道委員会(祝前弥一郎委員長)では「小動物医療の指針」を作成し,平成14年12月20日付け14日獣発第189号をもって,地方獣医師会長あて次のとおり通知した.
14日獣発第189号
平成14年12月20日
地方獣医師会会長 各位
社団法人 日本獣医師会
会 長 五十嵐幸男
(公印および契印は印刷に代替)
 
「小動物医療の指針」の制定について(依頼)

 日本獣医師会におきましては,平成7年,すべての職域における獣医師倫理に関する基本的,総論的事項をとりまとめた「獣医師の誓い―95年宣言」を制定するとともに,平成8年には,診療業務に従事する獣医師に関わる各論的な倫理規範として「動物医療の基本姿勢」を定め,獣医師一人一人がその責任を自覚し,社会に対する責務を果たすことにより,広く獣医業全体の発展に貢献するよう呼びかけたところです.
 その後,平成10年に動物医療における過剰診療,高額診療,診療過誤に対する社会批判がマスコミにより展開されたことから,日本獣医師会では信頼回復の一環として,平成11年9月に記者発表会を開催し,「インフォームド・コンセント徹底宣言」を行って小動物医療の適正化に関する当会の考え方等を社会にアピールするとともに,地方獣医師会に対しては動物医療相談窓口の設置を,小動物医療に従事する獣医師に対してはインフォームド・コンセントの徹底,診療料金の適正化,透明性の確保等,獣医師倫理の一層の徹底をお願いいたしました.
 一方,最近における動物愛護思想の高揚,犬や猫,小鳥等家族の一員としての家庭動物に対する一般社会の意識の変化等に伴い,小動物医療に対する飼育者の要求がより高度化し,かつ多様化してきている中で,小動物医療の現状に則した「動物医療の基本姿勢」の見直し,より具体的,明確な倫理規範策定の必要性が生じてまいりました.
 このため,当会では,獣医師道委員会の作業委員会として平成12年12月に設置した「動物医療の基本姿勢の見直しに関する小委員会」(委員長:佐々木伸雄・東京大学教授)において小動物医療分野における具体的な倫理規範の策定について鋭意検討を重ねてまいりました.その結果,「小動物医療の指針」の成案が得られたことから,同案を過日開催した獣医師道委員会において審議した結果,このたび,別添の指針が決定されたところです.
 つきましては,「小動物医療の指針」を送付いたしますので,その内容について十分にご了知のうえ,小動物診療獣医師が本指針を拠り所として自らの倫理規範を確立するよう努めるとともに,動物医療の専門家として自己を厳しく律しながら日々の診療業務に当たるよう,改めて貴職から関係会員に対して周知徹底,ご指導いただきたく,何卒よろしくお願い申しあげます.
 また,獣医師が社会の信頼の下で適正な動物医療を提供していくためには,全国の獣医師が結束し,一丸となって対応する必要があり,日本獣医師会といたしましては,今後とも公益法人としての使命を果たしつつ,全国の構成獣医師の要望にも応える活動を着実に実施して参る所存でありますので,一層のご理解,ご協力を賜りたい旨,この機会に改めて貴会会員獣医師に周知,徹底していただきたく,あわせてお願い申しあげます.
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小動物医療の指針
 ま え が き
 日本獣医師会は,動物医療に従事する獣医師の倫理規範として,平成8年6月に「動物医療の基本姿勢」を定めたが,特に犬や猫,小鳥等の家庭動物の医療(以下「小動物医療」という.)については,その後の小動物医療をめぐる諸情勢の変化を踏まえ,この分野における倫理規範をより具体的,明確に定める必要が生じてきた.
 このため,平成12年12月に「動物医療の基本姿勢の見直しに関する小委員会」を設置し,同委員会における慎重な検討を経て,小動物医療倫理の最大公約数ともいうべき形でとりまとめた倫理規範がこの指針である.
 倫理は,元来,人間としてのあり方,生き方について自発的,内発的に考究され,確立されてきたものであるが,時代の変遷に伴う価値観の多様化等に関連して,倫理問題,特に職業倫理については,外発的に考えさせられるという状況になってきていることも否めない事実である.
 しかしながら,外部からの指摘等を受けて倫理を構築するという姿勢ではなく,自発的に議論し,考察しようとする意思こそが真の倫理の確立につながるものと信ずる.
 この指針は,以上のような考え方に立ち,小動物医療分野における職業倫理としてとりまとめたもので,小動物医療に従事する獣医師は,本指針の内容を十分に理解してこれを活用するとともに,それぞれが自己の小動物医療倫理を確立し,適正な小動物医療を提供するよう願うものである.
 1.小動物医療の目的および基本理念
 獣医師法第1条においては,「獣医師の任務」として,獣医師は「飼育動物に関する診療および保健衛生指導等をつかさどることによって,動物に関する保健衛生の向上とあわせて公衆衛生の向上に寄与する」趣旨が規定され,獣医師の社会責務,獣医師業務の公共性が謳われている.
 一方,犬・猫等の小動物は,今日では家族の一員,人生の伴侶等として多くの人々にとって欠くことのできない存在になっており,これに伴い社会の一般的な要請として,飼育者に十分に配慮した高度な小動物医療サービスが求められるようになった.
 小動物医療の目的は,単に小動物の診療にとどまらず,小動物の健康管理,飼育者に対する小動物の保健衛生指導,さらに狂犬病,レプトスピラ病,オウム病等の人と動物の共通感染症の予防等も含まれる.
 したがって,小動物医療は,動物の健康だけでなく,人の健康,公衆衛生にも密接にかかわる社会的,公共的な性格を有するものであることを認識すべきである.
 小動物医療に従事する獣医師(以下,単に「獣医師」という.)は,自己の業務に誇りを持つとともに,動物を慈しみ,飼育者の気持ちにも配慮して小動物医療を提供するよう努めなければならない.
 2.一般行動指針
 獣医師は,すべての職域に共通する総論的な獣医師倫理規範として日本獣医師会が1995年に定めた「獣医師の誓い―95年宣言」の内容を十分に理解し,これを遵守しなければならない.
 3.法令の遵守
 獣医師は,社会人としての責任,義務として,法令を含む一般的な社会規範を遵守することは当然であるが,特に,獣医師法,獣医療法だけでなく,獣医師業務に関係する薬事法,狂犬病予防法,家畜伝染病予防法等の諸法令についても,その内容を十分に理解し,これを遵守しなければならない.
 4.診療技術水準の確保
 獣医師は,社会の要請に応えることができるよう,最新の専門知識,技術を習得し,常に高い診療技術水準を維持するよう生涯学習に努めなければならない.
 このためには,獣医師は,学術集会,研修会等へ積極的に参加し,また学術雑誌,書籍等を通じて専門知識を吸収するとともに,自ら得た成果を他の獣医師にも伝達する等により小動物医療全体の発展に努めなければならない
 5.診療に応ずる義務
 獣医師は,その任務の公共性から,診療を求められたときは,正当な理由なしにこれを拒んではならない道義的義務(いわゆる応召の義務)がある.
 「正当な理由」とは,社会通念上妥当と認められる獣医師自身の病気,不在,又は診療動物の手術中のような場合であり,過去における診療費の不払いや,軽度の疲労等は正当な理由に当らないので,獣医師は,このことに十分に留意して診療業務に従事しなければならない.
 これに関連して分娩前後,手術後等,緊急医療が必要となることが予測される場合,獣医師は,予測される事態とその対処法,獣医師への連絡方法,診療が可能な時間等をあらかじめ飼育者に伝えておく等,配慮する必要がある.
 6.インフォームド・コンセント
 (1)インフォームド・コンセントの意義と目的
 インフォームド・コンセントは,獣医師と飼育動物の飼育者との間の信頼関係を築き,両者が協力し合うことによってより良い小動物医療を提供することを目的として実施するものである.
 すなわち,診療に関する十分な事前説明を行うことが小動物医療サービスの重要な要素であるとの認識を持つ獣医師と,診療に関する懇切丁寧な事前説明を受けて診療内容を決定したいと望む飼育者とが相互に信頼して協力し,飼育動物に良質で適正な小動物医療を施すことがきわめて重要である.
 なお,インフォームド・コンセントは,診療トラブルを防止するために行うものではない.獣医師がインフォームド・コンセントの目的,意義を十分に踏まえ,誠意を持って飼育者に接し,良好な信頼関係を築きつつ適正な小動物医療サービスに努めることが,結果として診療トラブルの防止につながるものである.
(2)獣医師による事前説明
 獣医師による事前説明の具体的な内容としては,次のような事項があるが,事前説明の際には,飼育者の年齢,心理状態,飼育動物に対する感情(思い入れ),説明の時期等に配慮するとともに,必要に応じて繰り返し説明することや,説明した内容に対する飼育者の理解度についても十分に配慮する必要がある.
[1] 受診動物の病状
 受診動物の具体的な病状と,動物が罹患している疾病,又は罹患している疑いがあると思われる疾病に関する一般的な説明を行う.
[2] 検査や診療の方針とその選択肢
 受診動物の診断等を行うために必要な検査の内容と,その検査が必要な理由について説明を行う.検査の結果が得られたら,その結果を示し,診断的な意義について説明する.
 診療方針に関する説明は,治療の方法と予測される結果について説明し,治療方法等に選択肢がある場合には,それぞれの内容について分かりやすく説明するとともに使用する医薬品の薬効,投与法,副作用等についても併せて説明する.
[3] 予 後 等
 学術データ等を提示しながら,予測できる予後について飼育者が理解しやすいよう説明する.
 また,飼育者が受診動物に対して日常行うべきケアー等のほか,速やかに獣医師に連絡すべき異変についても飼育者に十分説明する.
[4] 診療料金
 予測できる範囲で,具体的な金額を提示する.また,確定的な診療料金を予測することが困難な場合には,飼育者にその旨を説明して了解を得るとともに,おおよその金額を示す.
 なお,診療料金が適正であると評価される前提として,個々の診療事例において実施した診療項目が適切であったと認められなければならないが,そのためには十分な事前説明を行い,個々の診療項目の必要性について飼育者の理解を得るよう努める.