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ガイドライン策定の目的
身体障害者補助犬の使用にあたり,当該犬の健康を維持し,その生活の質の向上を図るとともに,公衆衛生上の危害の発生防止のため,犬を清潔に保ち,他者に不快感を与えないこと,および人と動物の共通の感染症を予防することを目的として本ガイドラインを設定する. |
(2) |
ガイドラインの概略
ここに策定した「身体障害者補助犬の衛生確保のための健康管理ガイドライン」は,補助犬の衛生確保のための実践的作業に参画する主体を主に補助犬の利用者と獣医師とし,各々により実施される健康管理について,具体的な内容の提言を行ったものである.
さらに,本ガイドラインは,利用者による健康管理,獣医師による健康管理ともに,犬の健康状態の観察あるいは健康診断的な作業と衛生確保のための予防措置的な作業の2つに分け,それぞれについて記載を行っている.
すなわち,利用者により実施される作業は,“健康状態の観察”および“被毛等の管理”とし,獣医師により実施される作業は“健康診断”と“予防接種およびその他の疾病予防措置等”とした.
また,これらの4項目に加え,補助犬利用者と獣医師間の連絡の一方法とすること,および補助犬の衛生確保のための諸作業の結果を記録し,その有用性が広く社会に受け入れられるための一方法とすることを目的として,「身体障害者補助犬健康管理手帳」の作成を試み,その活用を推奨した.
なお,身体障害者補助犬の使用者は,犬に起因する感染性の疾病について正しい知識を持ち,その飼養に際して感染の可能性を考慮し,常に自らの健康管理に留意するとともに,他者への感染の防止にも努める必要がある.
以上のガイドラインの概略について,“図1.「身体障害者補助犬の衛生確保のための健康管理ガイドライン」の概念”(略)に要約して示した. |
(3) |
使用者による健康状態の観察
身体障害者補助犬の使用者は,自らが飼養および利用する犬の健康状態について絶えず観察を行い,異常の早期発見に努め,何らかの異常が発見された場合には速やかに獣医師による診断を受けるものとする.
使用者により実施される健康状態の観察項目は,別紙「身体障害者補助犬健康チェック項目」に記載の一般状態および体重の測定とする.
また,実施頻度は,一般状態の観察は1日1回,体重の測定は1カ月に1回とする. |
(4) |
使用者による被毛等の管理
身体障害者補助犬の使用者は,自らが飼養および利用する犬の被毛等について,適切な管理を行う必要がある.
使用者により実施される被毛等の管理の実施項目および実施頻度は,以下のとおりとする.
1) |
整 毛
当該犬の被毛の性状,長さ等にもとづいて,適切なブラシおよび櫛等を選択し,それによる整毛を実施する.
実施頻度は,基本的には1日ないしは数日に1回とする.ただし,各々の犬の状態にもとづき,とくに換毛期等には頻度を増すようにする. |
2) |
皮膚および被毛の洗浄
当該犬の皮膚ならびに被毛の性状等にもとづいて,適切なシャンプー製品とリンス製品を選択し,それによる皮膚および被毛の洗浄を実施する.
実施頻度は,数週間に1回,ないしは1〜2カ月に1回程度とする. |
3) |
剪 毛
当該犬の被毛の性状,長さ等にもとづいて,適切なはさみ等を選択し,それによる剪毛を実施する.
実施頻度は,基本的には1年に1〜2回とする.ただし,各々の犬の状態にもとづき,必要に応じて頻度を増すようにする. |
4) |
爪 切 り
爪が過度に伸張した場合には,爪切りを行う.
実施の時期は,各々の犬の状態によるが,起立時に四肢の爪が床面に接触しはじめたときを目安とする. |
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(5) |
獣医師による健康診断
身体障害者補助犬の飼養および利用にあたっては,犬の衛生を確保するため,小動物臨床に従事する獣医師による健康診断を定期的に実施し,衛生管理の啓発と疾病の早期発見に努め,何らかの異常が発見された場合には速やかな対応を行わなければならない.
健康診断は,個体識別の後,まず,一次検査として一般的な諸検査を行い,それによって異常が疑われた場合には,二次検査を実施する.また,一次検査および二次検査において異常が認められた例に対しては,必要に応じて各々の場合に適した精密検査を適宜に実施する(図2).
獣医師による健康診断の実施頻度は,一次検査のうち,問診,視診,触診,打診,聴診および体温,脈拍数,呼吸数の計測については1年に2回以上,血液学的検査ならびに糞便検査については1年に1回以上実施するものとする.また,二次検査および精密検査は,個々の例に応じて適切な頻度で実施する.
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図2 獣医師による健康診断の流れ |
【個体識別】
身体障害者補助犬の個体識別は,「身体障害者補助犬法」第12条に規定されている「厚生省令で定める表示」を確認することにより実施する.
さらに,当該犬の品種,性別,毛質,毛色,その他の外貌上の標徴を動物診療施設の診療記録簿に詳細に記載し,次回以降はその記載および「身体障害者補助犬健康管理手帳」における記載と併せて個体識別を行う.
また,マイクロチップを使用している場合には,それを利用することが望ましい. |
【一次検査】
一次検査の実施項目は以下のとおりとする.
1) |
問 診
補助犬の飼い主から当該犬の一般状態等を聴取し,とくに前回の健康診断以降の異常の有無について調査する.
この際,「身体障害者補助犬健康管理手帳」を活用する. |
2) |
視 診
補助犬の全身について視診を行い,異常の有無を観察する.
観察項目は,元気の有無,体格,食欲,栄養状態,姿勢,歩様,感覚の状態,被毛の状態,天然孔の異常の有無等とする. |
3) |
触 診
補助犬の全身について触診を行い,異常の有無を観察する.
観察項目は,皮膚および被毛,体表リンパ節,関節,指趾端の状態等とする. |
4) |
打 診
補助犬の主に胸部および腹部について指々打診を行い,異常の有無を観察する.
すなわち,打診部位を手指により叩打し,その際の振動音,すなわち打診音を聴取する. |
5) |
聴 診
補助犬の主として胸部および腹部の聴診を行い,異常の有無を観察する.
聴診の主たる対象は以下の各項目とする.
[1] |
心 臓
心拍動のリズムの変化,心内雑音の有無,心膜の摩擦音の有無等 |
[2] |
呼吸器系
喉頭,気管,気管支および肺胞から発する音,胸膜の摩擦音等 |
[3] |
消化器系
消化管の蠕動音等 |
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6) |
体温,脈拍数,呼吸数の計測
補助犬の体温,脈拍数,呼吸数の計測を行い,一般的正常値からの逸脱の有無を検討する. |
7) |
血液学的検査
実施が推奨される血液学的検査項目は,以下のとおりとする.
[1] |
血球数またはヘマトクリット値 |
[2] |
白血球数 |
[3] |
犬糸状虫ミクロフィラリア |
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8) |
糞便検査
実施が推奨される糞便検査項目は,以下のとおりとする.
[1] |
理学的性状
糞便量,色調,水分含有量(下痢の有無),臭気,未消化物および異物等の混在の有無 |
[2] |
寄生虫学的検査
原虫の栄養型,シスト,オーシスト,蠕虫卵,幼虫,成虫,条虫の片節 |
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【二次検査】
一次検査により異常が疑われた場合には,以下の検査を実施する.
1) |
血液生化学的検査
実施が推奨される血液生化学的検査項目は,以下のとおりとする.
[1] |
グルコース |
[2] |
尿素窒素 |
[3] |
総 蛋 白 |
[4] |
アラニンアミノトランスフェラーゼ(グルタミン酸ピルビン酸トランスアミナーゼ) |
[5] |
犬糸状虫成虫循環抗原 |
[6] |
抗レプトスピラ抗体 |
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2) |
尿 検 査
実施が推奨される尿検査項目は,以下のとおりとする.
[1] |
理学的性状
尿量,色調,混濁度,濃度,粘稠性,臭気,比重,pH |
[2] |
化学的性状
糖質,蛋白質,血色素(潜血),ウロビリノゲン,ケトン体,亜硝酸塩 |
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3) |
糞便検査
下痢,血便等が認められた場合には,糞便の細菌検査等を実施する. |
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【精密検査】
一次検査および二次検査により異常が疑われた場合には,必要に応じてさらに種々の精密検査を実施する.
精密検査の実施項目は,個々の例に応じて適宜に選択する. |
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(6) |
獣医師による予防接種およびその他の疾病予防措置等
身体障害者補助犬の衛生確保のため,予防接種を定期的に実施することは必須であり,加えてその他の疾病予防措置等を講ずることが望ましい.
【実施すべき予防接種】
身体障害者補助犬への接種を行うべきワクチンは,以下のものとする.
これらのワクチンの接種頻度は,1年1回とする.
1) |
狂犬病ワクチン |
2) |
犬レプトスピラ病ワクチン |
3) |
犬パルボウイルス感染症ワクチン |
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【実施が望まれる疾病予防措置】
身体障害者補助犬に対して,少なくとも以下の疾病予防措置を講ずることを推奨する.
1) |
犬糸状虫症の予防(犬糸状虫成虫寄生予防薬の投与)
犬糸状虫症予防薬を適宜に選択し,その薬剤の用法にもとづいて適切な投与を実施する. |
2) |
ノミおよびマダニの寄生予防
ノミおよびマダニの駆除薬,とくに残効性が高い薬剤を適宜に選択し,その薬剤の用法にもとづいて適切な投与を実施する. |
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【避妊および去勢処置】
発情期における問題行動の発生,および発情期にある他の犬から問題行動を受ける可能性があると想定される例においては,避妊手術あるいは去勢手術の実施,または発情回避のための薬物のインプランテーションを行うことを推奨する. |
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(7) |
「身体障害者補助犬健康管理手帳」の作成とその活用
身体障害者補助犬の衛生確保のための健康管理の記録およびその証明のため,「身体障害者補助犬健康管理手帳」を作成し,活用することが望まれる.
1) |
作成および配布
本ガイドラインでは,「身体障害者補助犬健康管理手帳」を作成し,身体障害者補助犬の使用者に配布することを推奨する.
「身体障害者補助犬健康管理手帳」の内容としては,別項(7.「身体障害者補助犬健康管理手帳」の作成)の記載を提案する. |
2) |
補助犬使用者による管理および保持
身体障害者補助犬の飼養者および利用者は,「身体障害者補助犬健康管理手帳」を管理および保持するものとする.また,自らが行う健康状態の観察ならびに被毛等の管理の記録を「身体障害者補助犬健康管理手帳」に記載する. |
3) |
獣医師による記録
身体障害者補助犬の健康診断を実施し,あるいは予防接種その他の疾病予防措置等を施した獣医師は,その記録および診療機関名,獣医師氏名を「身体障害者補助犬健康管理手帳」に記載し,捺印する. |
4) |
第三者への提示
身体障害者補助犬の使用者は,当該犬を利用する際には「身体障害者補助犬健康管理手帳」を絶えず携行し,国等の機関,公共交通機関および不特定多数の者が利用する施設に同伴するにあたっては,それを提示,また,提示が求められた場合にはそれに応ずることが望ましい. |
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