資  料


身体障害者補助犬法の施行と獣医師の役割について

大森伸男(日本獣医師会専務理事)

 1 は じ め に
 

 身体障害者の中には,補助犬と生活をともにすることにより自立と社会参加を果たすことが可能となる方が多いとされているが,良質な補助犬の普及と定着を図るためには,その社会的な受け入れと育成体制の整備が不可欠となる.このような事情を背景に「良質な補助犬の育成・普及及び障害者が国等の施設等において補助犬を同伴しての利用の円滑化を図ることにより,障害者の自立と社会参加の促進を図ること.」を目的とする身体障害者補助犬法(平成14年法律第49号.以下「法」という.)が議員立法により成立,5月29日に公布され,この10月1日に施行された.
 補助犬法の目的は,前述のとおり「障害者の自立及び社会参加の促進への寄与」にあるが,一方,「法」においては,補助犬(「法」においては,補助犬を盲導犬,介助犬及び聴導犬としての認定を受けたものと規定.)の社会的役割とともに,動物医療の専門家である獣医師が,補助犬の健全な育成と健康管理を担う旨の規程が整備された.このことは,家庭動物としての犬を社会の一員として認知させ,その社会参画を促進させる上で,また,動物医療が,医療とともに人の福祉施策を推進する上で重要な役割を担うものであるとの社会的認知を得た「証」である.これまで,盲導犬をはじめ補助犬の健全育成を目的に,衛生指導,診療,さらには,調査研究等に当たられてきた構成獣医師(日本獣医師会の会員である地方獣医師会を構成する獣医師)の活動の成果であるといえる.改めて,立法化に当たりご指導・ご尽力頂いた国会議員,官庁とともに,地方獣医師会,関係構成獣医師の方々に御礼申し上げる.


 2 補助犬法制定までの獣医師会の活動および補助犬法における獣医師の役割
 
 当初,補助犬法案の検討段階においては,獣医師の役割や動物医療との関係がまったく明文化されていなかったが,日本獣医師会は,法案の条文が検討される中,補助犬を同伴する障害者の自立と社会参加の促進を図るとする「法」の目的が達成され,また,補助犬が広く社会に受け入れられる上で,その育成から使用.さらには老後のケアーに至るまでの適切な健康管理と保健衛生指導が不可欠との観点から,動物医療の専門家である獣医師の役割が「法」において明確に位置づけられるよう関係国会議員等に対し強く要請してきた.
 その結果,「法」においては,
(1) 第3条(補助犬の訓練業者の義務)において,補助犬の訓練業者が獣医師との連携確保により補助犬の育成を行うべき旨の義務
(2) 第12条(補助犬の表示等)において,補助犬を同伴等する障害者が補助犬についての公衆衛生上の危害防止のための書類を携行する旨の義務
(3) 第21条(補助犬の取扱い)において,訓練業者及び補助犬を使用する障害者が補助犬の健康管理に関し獣医師の指導を受けるべき旨の義務
(4) 第22条(補助犬の衛生の確保)において,補助犬を使用する障害者が補助犬に予防接種及び検診を受けさせるべき旨の努力義務.
  以上の動物医療に関する事項が規定された.


 3 補助犬法の円滑な運営確保のための基準の検討等
 

 一方,「法」の円滑な運営および良質な補助犬の確保を推進するため,補助犬法案の国会審議と並行して,厚生労働省に「介助犬の訓練基準検討会」,「聴導犬の訓練基準検討会」が設けられ日本獣医師会の推薦委員(宮田勝重宮田動物病院院長,村中志朗広尾動物病院院長)がそれぞれ参画し訓練基準が取りまとめられた.また,同じく厚生労働省に組織された「補助犬の衛生ガイドライン研究班(主任研究者:東京農工大学 山根義久教授)」において補助犬の衛生確保のための健康管理ガイドライン(別紙の別添3参照)が取りまとめられた.今後,動物医療の現場においてこれらの訓練基準およびガイドラインを活用した獣医師による補助犬の衛生管理・指導と衛生管理証明の実施が望まれるところである.



 4 補助犬法の施行に伴う関係規定の整備
 
 「法」の施行に伴い,身体障害者補助犬法施行規則(平成14年9月30日厚生労働省令第127号.以下「規則」という.)が9月30日付で公布,10月1日付で施行される等関係規定が整備されたが,厚生労働省からは,「法」の運用における獣医師会および獣医師の果たす役割等の重要性から,別紙のとおり日本獣医師会に対し,地方獣医師会および構成獣医師に対する周知とともに,特段の協力要請がなされている.
 「規則」においては,
(1) 第1から3条(訓練基準)において,補助犬の訓練事業者が訓練犬の訓練を行うに当たっての,獣医師等専門的な知識を有する者との連携確保の義務規定
(2) 第5条(補助犬の表示に関し定められた書類の所持)において,補助犬を同伴する障害者が携行する書類は,補助犬の予防接種及び検診の実施に関する記録(健康管理記録)で,診療を実施した診療機関の名称,獣医師の署名等を有することを要する旨の規定
(3) 第8条(補助犬の認定の申請手続き)において,補助犬の認定を受けようとする者が指定法人に提出する書類として獣医師等専門的な知識を有する者による訓練の総合的評価を記載したものを添付すべき旨の規定
(4) 第9条(補助犬の認定の方法等)において,指定法人が補助犬の認定を行うに際し実地の検証,確認を行うに当たっては,獣医師等必要な知識及び技能を有する者により構成された審査委員会で行うべき旨の規定
  以上の動物医療に関する事項が規定された.


 5 遺伝性疾患への対応等今後の課題
 

 今後,獣医師団体をはじめ構成獣医師においては,
(1)補助犬の育成・訓練,使用および指定法人の補助犬認定における動物医療との連携の確保とともに,(2)補助犬法の趣旨等の普及,啓発および地域活動への積極的参画が求められる.また,補助犬の育成段階等において課題となる遺伝性疾患の対応については,日本獣医師会は,補助犬法案が国会で審議される過程において,補助犬の認定に際しての「遺伝性疾患のチェックシステム」の構築の必要性を含め補助犬の衛生確保の必要性を主張してきた.しかしながら,現場での診断受け入れ体制の関係等もあり,法案には関係規程が盛り込まれなかったが,「補助犬の遺伝性疾患については,早急に厚生労働省内に専門委員会を設置し,指針の策定,優良補助犬の確保対策の検討を進める.」旨の決議が衆議院厚生労働委員会においてなされた.今後,遺伝性疾患の診断指針の検討,獣医師に対する診断技術の習熟とともに,良質な補助犬の継続的供給を図る上で,遺伝性疾患の素因を有しない系統の確保体制の整備が課題となる.
 なお,「法」においては,施行後3年が経過した場合,補助犬の育成状況等について検討が加えられ,その結果に基づいて,必要な措置が講じられる旨の見直し条項が規定されている.