資 料

全国食肉衛生検査所協議会病理部会研修会(第43回)*†
における事例記録( II )

Proceedings of the Slide-Seminar held by the National Meat Inspection
Office Conference Study Group (43th)*†, Part II.


(2001年3月23日受付・2002年8月8日受理)

(事例報告No.1〜17(前号)に続く)

18.牛の腹腔内腫瘤
〔長谷川利寿(島根県)〕
症例 牛(黒毛和種),雌,2歳.
肉眼所見 腹腔において左右腎臓後方に,最大約20×10×10cmの結節の集合より成る腫瘤を認めた.腫瘤の表面は淡紅色から赤色を呈し,一部脂肪組織が付着していた.割面はやや膨隆し充実性で,おおむね淡紅色を呈し,一部に出血および壊死を認めた.また左腎周囲の結合組織にも手拳大の腫瘤が付着していた.この腫瘤は表面および割面ともにおおむね白色を呈していた.
組織所見 腫瘍は被膜および脂肪組織に覆われ,腫瘍細胞は大小の胞巣を形成していた.その胞巣内には濾胞形成や腫瘍細胞の充実性増殖がみられた.また腫瘍細胞がび漫性に増殖している像も認めた.間質の結合組織はわずかで,PAM染色では細網線維が大小の胞巣を取り囲んでいた.腫瘍細胞の核は大型,淡明で,明瞭な核小体を1〜2個有していた.有糸分裂像を認めたが,核の異型性は少なかった.細胞質は少なく弱塩基好性で,細胞境界は不明瞭であった.一部の結節内にはリンパ球が集簇する部位が認められた.
診断名 悪性顆粒膜細胞腫のリンパ節転移を疑う.
討議 組織像からは顆粒膜細胞腫の内腸骨リンパ節転移の可能性が高いものとされたが,確定診断のため麻布大への鑑定依頼が助言された.

19.牛 の 膀 胱
〔稲田幸司郎(西宮市)〕
症例: 牛(黒毛和種),去勢,3歳.
臨床的事項: 特記事項なし.
肉眼所見: 膀胱尖部に8cmの白色の憩室を認めた.膀胱および憩室を切開すると,その境界付近の膀胱粘膜面に乳頭状突起物を多数認めた.同部位の憩室内壁は白色で直径5mm以下の赤色斑が散在しており,短い乳頭状突起物を少数認め,その中心部に膀胱と憩室をつなぐ瘻管を認めた.突起物は淡褐色で透明感があり,大きさは数mmから3cmで,小さなものは筍状,大きなものは風船状を呈していた.膀胱尿は淡黄褐色透明であったが,憩室内貯留液は淡黄褐色で白濁していた.
組織所見: 乳頭状突起は基底部では縦長で表層部では横長幅広の重層の上皮で被われており,中心部は結合織と少数の血管で構成されていた.上皮細胞は淡明で大きな核を有し,細胞質はエオジンに淡染していた.瘻管部分も同様の上皮で被われる微細な乳頭状の凹凸があった.憩室壁は線維性の結合織が主体を占めており,憩室内壁も同様の上皮であったが,有茎性の乳頭は膀胱内には認めなかった.(No. 1695)
診断名: 憩室を伴う膀胱にみられた移行上皮乳頭腫.
討議 憩室内はすべて移行上皮で被われていることから,憩室の発生が膀胱膿瘍の自壊によるという説は否定された.発生部位から尿膜管の遺残による形成も示唆されたが,組織形態から移行上皮乳頭腫には異議はなかった.

20.牛の子宮と肺の腫瘤
〔高橋徳行(神奈川県)〕
症例: 牛(ホルスタイン種),雌,5歳.
臨床的事項: と畜場出荷の11カ月前に出産.9カ月前に第四胃変位の整復術実施.その後,発情の際に人工授精を試みるも「子宮が硬く」断念.
肉眼所見: 最大腫瘤は子宮(1,150g)にあり,右側子宮体部から子宮角にかけ半筒状(17.0×6.5×5.5cm)に膨隆する乳白色腫瘤がみられた.腫瘤は硬結感があり子宮角起始部には「くびれ」がみられた.腫瘤割面は平滑で光沢があり,子宮の内腔は狭窄していた.左右肺の表面に大豆大〜蚕豆大の乳白色,不整形腫瘤の隆起が多数みられた.肺割面でも同様で,硬結感のある乳白色腫瘤が多発していた.その他,気管気管支リンパ節,縦隔リンパ節,内腸骨リンパ節は腫瘍化していた.
組織所見: 子宮腫瘤部では,膠原線維が著しく増生し,内膜から筋層にかけて円形〜卵円形の腫瘍細胞が増殖していた.腫瘍細胞は核が円形で細胞質に富み,大小さまざまな腺房様構造を形成し,腫瘍細胞の胞体には,PAS反応陽性物質もみられた.また,免疫染色でKeratin陽性であった.肺にも,子宮と同様の腫瘍細胞が観察された.腫瘍化したすべてのリンパ節では,正常組織との境界に被膜は認められず,その固有構造は消失していた.
診断名: 肺に転移のみられた牛の子宮腺癌.
討議: 肺原発を否定した理由は,牛の子宮癌は膠原線維の著明な増生を伴う管状腺癌像を特徴とするため.転移経路はリンパ行性が示唆された.肺転移は血行性との異議もあり.

21.豚の妊娠子宮の直径0.5mの腫瘍
〔永田志保(佐賀県)〕
症例: 豚(LW),雌,13歳.
臨床的事項: 3仔娩出後,残りの胎仔を分娩できず,難産で病畜として搬入.生体検査時,やや腹部膨満.
肉眼所見: 子宮頸管〜子宮角分岐部に漿膜に覆われた長径約50cmの長楕円形腫瘤を認めた.刀割にて割面は膨隆し,一部分葉状を呈し,線維束状の不整走行,出血,壊死がみられた.
組織所見: 腫瘍細胞は束を形成し,ときに波状構造をとり,ときに錯綜しながら密に増殖していが,一部,細胞境界明瞭で疎なところもあった.腫瘍細胞は長紡錘形で好酸性の細胞質と長楕円形〜卵円形の核をもっていた.多くの核は淡明で核膜不明瞭で,核分裂像はほとんどみられなかった.マッソン・トリクローム染色では,腫瘍細胞の細胞質は赤染した.鍍銀染色では,箱入り像を認めた.免疫染色では,ビメンチン,デスミン,平滑筋アクチン(それぞれDAKO社製)に陽性であった.
診断名: 子宮平滑筋腫.
討議: 線維腫,神経線維腫瘍,横紋筋腫等との鑑別については,マッソン・トリクローム染色および免疫染色結果(ビメンチン,デスミン,平滑筋アクチン陽性,S-100蛋白陰性)からこれらを否定し,核分裂像がほとんどみられないことから平滑筋腫と診断した.牛では平滑筋腫は通常ビメンチン陰性で悪性化すると陽性になるため,悪性化の兆しないしは肉腫の可能性もあった.


22.馬の卵巣腫瘤
〔宇田圭見子(山梨県)〕
症例: 馬(軽種),雌,6歳.
臨床的事項: 異常なし.
肉眼所見: 右卵巣部に13×13×12cmの帯白黄色で弾力性に富む腫瘤が認められた.表面は平滑で大小の嚢胞がみられた.割面は黄色,黄白色,赤色,暗赤色等,部位によりさまざまな色調を呈し,また,出血壊死もあった.嚢胞は,血液を含む帯黄色透明の粘液で満たされていた.
組織所見: 結合織により区画され,大小の嚢胞を含む胞巣構造を形成していた.嚢胞には,弱好酸性の物質を容れるもの,腫瘍細胞が単層または重層に内張りするもの,卵丘のようにせり出したものなどがあった.胞巣を形成する部位には腫瘍細胞が網目状に増殖している部分と,数個の腫瘍細胞が集塊を形成し線維成分に取り囲まれた部分があった.腫瘍細胞の核は類円形で核膜は明瞭,中等度のクロマチン,数個の核小体をもち,細胞質は弱好酸性を呈していた.円柱状で基底側に偏在した核をもつもの,セルトリー細胞に似たもの,比較的広い淡明な細胞質をもつものもあった(図3).核分裂像はほとんどみられなかった.鍍銀法では,好銀線維の増生は少なく,腫瘍細胞を取り囲む像はみられなかった.
診断名: 顆粒膜細胞腫.
討議: 卵巣に腫瘍を認めた場合,その腫瘍が機能性か否かを知るためにはホルモン支配下にある臓器,たとえば子宮を調べるとよい.
 
図3 セルトリー細胞様腫瘍組織.
(HE染色 ×20)(山梨県食検出題)

23.豚の胸腔,腹腔および骨盤腔内の播種性腫瘍
〔高橋俊嗣(秋田県中央)〕
症例: 豚(ランドレース),雌,2歳.
臨床的事項: 特記事項なし
肉眼所見: 米粒大〜ピンポン玉大の真珠様結節が,肺,横隔膜の両体腔面,肝臓,脾臓,胃,大網,小網,大腸,小腸,腸間膜,直腸間膜,膀胱,子宮および子宮広間膜ならびに卵巣の漿膜面上に播種状に認められた.密発部では,腫瘍結節が癒合・塊状化し,横隔膜の腹腔面では厚さ5cm以上の板状を呈し,小腸では腸管を取り巻くようにドーナツ状を呈する部位が認められた.卵巣はソフトボール大でカリフラワー状を呈していた.結節は乳白色で球状〜乳頭状を呈し,割面は充実性で分様状であった.肺リンパ節と縦隔リンパ節の割面で,腫瘍組織と同様の所見を示す部位が認められ,転移が疑われた.
組織所見: 腫瘍細胞はシート状に充実性に増殖しており,核破砕物やスターリースカイ像も認めた.ほとんどの腫瘍細胞は類円形核と乏しい細胞質をもっていた.腫瘍組織は,気管気管支リンパ節,縦隔リンパ節,肝リンパ節,脾リンパ節,腎リンパ節,肝臓および卵巣の実質にもみられた.
診断名: リンパ腫.
討議: 腫瘍化したリンパ節の分布に偏りがあり,原発巣を特定できない症例であったが,腸管(小腸)内のリンパ装置から拡がった疑いがもたれた.

24.ホルスタイン牛の筋肉病変
〔田中伸子(横浜市)〕
症例: 牛(ホルスタイン種),雌,7歳5カ月齢.
臨床的事項: 特記すべき病歴なし.
肉眼所見: 横隔膜筋部が全域にわたり高度に褪色して鶏肉様の色調を呈し,筋間結合織に中等度の水腫がみられた.また,肋間筋,胸鋸筋および両前肢の大円筋の一部が軽度に褪色し,頸部から腹部にかけての筋肉には軽度から中等度の筋間水腫を認めた.心臓は煮肉様で,灰白色斑状病変が散在していた.その他の筋肉および臓器に特筆すべき肉眼的変化は認めなかった.
組織所見: 横隔膜にはび漫性に,筋線維の大小不同,fiber splitting, central core like structure, sarcoplasmic mass, ringed fiber, 筋線推の空胞変性,硝子様変性,顆粒状変性等の各種変性が認められ,筋核の増数,中央移動,核鎖形成も観察された(図4).筋線維間には線維性結合織が増生していた.大円筋,肋間筋,胸鋸筋,腹直筋,棘突間筋,咽喉頭筋には軽度ながらも横隔膜と類似の病変が認められた.心臓では広範な線維性結合織の増生がみられたが,横隔膜で観察された各種の変化は認められなかった.その他の筋肉および臓器に著変は認められなかった.
診断名: ホルスタイン牛の筋ジストロフィー(いわゆる「ホルスタイン牛の横隔膜筋ジストロフィー」).
参考: 本症例牛は,帯広畜産大学の研究チームが追跡している〔H. Furuoka et al, Acta Neuropathol(1995)90,339h346〕,ある種雄牛を頂点とする横隔膜筋ジストロフィー発症牛の家系に属していることが確認された.
 
図4 ホルスタイン牛の筋ジストロフィー,横隔膜筋部横断面.筋線維の大小不同と顕著な各種変性.(HE染色 ×200)(横浜市食検出題)

25.牛 の 筋 肉
〔安達有紀(豊橋市)〕
症例: 牛(雑種),去勢,14カ月齢.
臨床的事項: 発育不良がみられ,と殺前日の朝から右後肢が腫脹し,歩様異常を呈していた.また右後肢膝関節上部には創傷があり,大腿部皮下に捻髪音を認めた.
肉眼所見: 病変部筋肉は厚い結合織に包まれ,切開により褐色泥状の異臭を放つ液体が流出した.筋肉の割面は淡褐色から赤色で乾燥感のある海綿様の構造を呈し,血様の漿液の滲出がみられた.病変部筋肉を水中に投じると水面下に浮遊した.
組織所見: 筋線維間には大小さまざまな間隙が認められ,筋線維の変性は著しく,核の消失,断裂ならびに萎縮が認められたが横紋構造は残存していた.グットパスチャーのグラム染色により筋線維間にグラム陽性の桿菌が単在または連鎖して認められた.また病変部筋肉と厚い被膜との境界部付近には好中球をはじめとする炎症細胞が浸潤していた.病変部筋肉に芽胞を有するグラム陽性の偏性嫌気性桿菌を認めた.
診断名: 悪性水腫による筋病変.
討議: 近隣2農家から同様の症状を呈する牛が発生しており,家畜保健衛生所の病性鑑定で悪性水腫とされていることから疫学的側面も考慮し,悪性水腫による筋病変とした.また,本症例は病変部が創傷付近の筋肉に限られており,その他の筋肉,臓器には著変は認められなかった.

26.豚の肘の結節
〔阿部冬樹(静岡県西部)〕
症例: 豚(LWD),雌,6カ月齢.
臨床的事項: 生体検査で右肘の腫脹を認めたが,歩様異常はなかった.なお,豚のこの部位の結節は枝肉検査ではしばしば観察されるが,生体検査の段階で発見されるほど大型のものはまれである.
肉眼所見: 右肘頭付近の皮下に7×5×3cmの硬い結節を認めた.結節は白色で強靭な線維性被膜で覆われ,尺骨や腱との分離が困難であった.肘関節内腔との連絡はなかった.結節内は空洞で,わずかに小麦色の液体が貯留し,乳白色の内壁に長さ数mm〜20mmの赤色乳頭状突起が密発しており,少数のマツノミ状の乳白色遊離物もみられた.
組織所見: 結節を覆う強靭な被膜は膠原線維層であり,最外層では腱との区別が不能であった.乳頭状突起は細胞に富むものが多く,線維芽細胞と膠原線維の増生と,周囲の血管新生像が顕著であった.突起表面にはフィブリンの滲出が著明な部位や,クロマチンに富んだ核と細長い突起を有する細胞質をもつ滑液被覆細胞の増殖が顕著な部位を認めた.出血部位に炎症細胞が散見されたが,全体的に炎症像に乏しかった.マツノミ状の遊離物は,フィブリン集塊を核として表層に線維芽細胞と膠原線維を認めるもので,結節内腔のフィプリン滲出が著明なために形成されたと思われた.
診断名: 豚でみられた軽度の炎症反応を伴った滑液嚢腫.