40.豚サイトメガロウイルスによる大脳の層状脳軟化 |
〔石井正人(茨城県)〕 |
LWD種,去勢雄,35日齢,鑑定殺.2000年秋頃から離乳7〜10日後の子豚が突然の食欲不振,神経症状を呈し40頭が死亡した.本症例は,同腹豚の半数が死亡し,斜頸,歩様蹌踉,旋回運動,震えなどの神経症状を呈する3頭を鑑定殺したうちの1頭である.
剖検では,著しい発育不良の他,特に異常はみられなかった.
組織学的には,大脳で層状に重度の脳軟化が,おもに外顆粒層から内錐体細胞層にかけてみられた(図40).軟化巣では脂肪顆粒細胞の浸潤やグリア細胞の増生が顕著で,血管新生,神経細胞の変性,神経食現象,グリア結節および囲管性細胞浸潤も認められた.軟化部周辺の小血管壁にはコッサ反応陰性,PAS反応疑陽性の微細な顆粒が付着していた.まれに軟化巣周囲の神経細胞に好塩基性核内封入体が認められた.核内封入体は腎臓の尿細管上皮細胞および扁桃の陰窩上皮細胞にもみられた.抗豚サイトメガロウイルス(PCMV)抗体(動物衛生研究所)を用いた免疫組織化学的染色により,脳では病変部および周囲のグリア細胞,マクロファージおよび神経細胞の細胞質で陽性反応がみられた.腎臓では核内封入体を含む上皮の細胞質が陽性を示した.
病原検索では,扁桃,腎臓および脳乳剤について豚サーコウイルスおよびPCMVのPCR法を実施したところ,全臓器からPCMV遺伝子増幅産物が検出された.また,扁桃から豚エンテロウイルスが分離された.豚コレラは直接蛍光抗体法で陰性が確認された.
以上の成績から,本症例は豚サイトメガロウイルス病と診断された.ヒトではサイトメガロウイルスによる脳軟化病変の形成が報告されているが,豚では報告がなく,珍しい症例と思われた. |
図40 |
豚サイトメガロウイルスによる大脳皮質の層状脳軟化(HE染色 ×50). |
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41.鶏のリステリア脳炎 |
〔藏薗光輝(鹿児島県)〕 |
肉用鶏,雄,62日齢,死亡例.肉用鶏800羽を2つの平飼い簡易鶏舎で飼養する養鶏農場において,2000年8月28日に1鶏舎内の2羽が斜頸を呈し,うち1羽が死亡した.さらに,9月1日に同一鶏舎において,1羽に斜頸および顔面浮腫,1羽に嗜眠を認め,1羽の死亡が確認された.
剖検では,主要臓器に著変は認められなかったが,ホルマリン固定後の延髄縦断面に軟化巣が肉眼で認められた.
組織学的には,延髄に顕著な偽好酸球の浸潤・集簇巣および軟化巣が特徴的にみられ(図41A),軟化病巣周辺には囲管性細胞浸潤およびグリア細胞の増殖が認められた.血管の変性・壊死,線維素血栓,出血および神経細胞の変性・壊死もみられた.小脳では,髄質に軽度の化膿病巣および囲管性細胞浸潤,髄膜に軽度のリンパ球およびマクロファージの浸潤が認められた.視葉では髄質に囲管性細胞浸潤と髄膜に軽度のリンパ球およびマクロファージの浸潤が認められた.グラム染色により,延髄および小脳の病変部にグラム陽性の小桿菌が多数観察された.また,抗リステリア抗体(デンカ生研)を用いた免疫組織化学染色では,病変部に一致して多数の陽性抗原が浸潤細胞の細胞質内に検出された(図41B).肝臓では小壊死巣が散在性に認められた.
病原検索では,脳,肝臓および脾臓からListeria monocytogenes(血清型4b)が分離された.
以上の成績より本症例は鶏のリステリア感染症と診断された.鶏におけるリステリア感染症はわが国で初の報告である. |
図41 |
A:偽好酸球の浸潤・集簇巣と軟化巣(HE染色 ×200);B:浸潤細胞の細胞質にみられたリステリア菌抗原(SAB法 ×1,000). |
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42.牛の皮膚にみられた顆粒球肉腫 |
〔中嶋宏明(山形県)〕 |
黒毛和種,雌,28カ月齢,鑑定殺.約10カ月齢で県外から導入した牛の体表に軽く隆起した腫瘤が散発していた.皮膚病変が重度となったため2000年9月27日に自主的に淘汰された.
剖検では,頸部〜尾根部さらに四肢にかけて両側性に大きさ1〜3cmの皮膚腫瘤が多発していた.腫瘤は皮膚に限局しており,脱毛,痂皮形成,出血を伴っていた.腫瘤に硬結感はなく割面は充実性で乳白色であった.体表リンパ節(浅頸,坐骨結節,乳房,膝下)は腫大していた.実質臓器には著変は認められなかった.
組織学的には,真皮において腫瘍細胞が線維間に浸潤・増殖し,結節状となっていた(図42A).腫瘍細胞は類円形〜楕円形を呈し,核は円形,中型,淡明で,核小体は1〜3個あり,核分裂像が散見された(図42B).細胞質は豊かで,微細な好酸性ペルオキシダーゼ陽性顆粒を含んでいた.トルイジンブルー染色で腫瘍細胞に異調染色は観察されず,CD3およびCD79aのモノクローナル抗体(DAKO)を用いたSAB法で陰性であった.
病原検索では,牛白血病ウイルスは抗体検査とPCR法で陰性であった.血液検査では,WBC 16,000であった.
本例は,腫瘍細胞の細胞質にペルオキシダーゼ陽性の顆粒が認められたことから,顆粒球肉腫と診断された. |
図42 |
A:皮膚の腫瘍(HE染色 ×50);B:腫瘍細胞は豊富で粗造な細胞質を持っている(HE染色 ×400) |
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43.牛の皮膚および第四胃にみられたリンパ腫(γδT細胞リンパ腫) |
〔佐藤研志(北海道)〕 |
ホルスタイン種,雌,2歳,鑑定殺.2000年3月初旬から皮膚に丘疹がみられ,生検で皮膚型白血病と診断されて3月27日に鑑定殺された.
剖検では,頸部から臀部にかけての皮膚に直径2〜5cmで割面髄様の結節が多発していた.体表,肺および腎臓付属,大動脈腰の各リンパ節は腫大していた.気管は肥厚し粘膜面に白色結節が,第四胃粘膜には白色で扁平な腫瘤が多発し,腎臓は腫大し脆弱で割面は黄白色髄様を呈し,心臓心耳部には褪色病変が認められた.
組織学的には,皮膚では,表皮直下に腫瘍細胞の浸潤・増殖があった(図43A).腫瘍細胞の多くは大型で,弱好塩基性から両染色性の細胞質と不整ないし類円形の淡明な核を有し,核分裂や核濃縮像も多数認められた(図43B).腫瘍細胞は免疫組織化学的にCD3(DAKO),CD2,8,11c,49d,WC1(VMRD)およびperforin(ANCELL)陽性を示し,ケラチン染色からはその分布が基底層と判断された.第四胃では粘膜固有層,一部の粘膜下組織に腫瘍細胞の浸潤が認められ,固有層では形質細胞の浸潤を伴っていた.腫瘍細胞は,この他,心耳の心筋線維間,気管の粘膜固有層,腎臓間質,肺の小葉間質,体表リンパ節,肺および腎臓付属リンパ節,大動脈腰リンパ節に浸潤していた.
病原検索では,ゲル内沈降反応によるBLV抗体検査は陰性であった.
牛白血病の分類にあてはめると皮膚型となるが,γδT細胞のマーカーWC1が陽性であり,皮膚病変に加えて臓器,粘膜系にも腫瘍細胞の浸潤が認められたことから,従来の皮膚型白血病とは病変の分布が異なる症例であった. |
図43 |
A:皮膚の腫瘍と角化亢進(HE染色 ×50);B:基底層での腫瘍細胞の浸潤・増殖(HE染色 ×400) |
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44.オキゴンドウクジラのFusarium sp.による肉芽腫性皮膚炎と肺胸膜,間質の肥厚を伴う化膿性気管支肺炎 |
〔與名理昇(高知県)〕 |
オキゴンドウクジラ,雄,推定7歳,死亡例.水族館で飼育されていた症例で,2000年4月頃より左背側部皮膚に腫瘤が見つかった.半年後には右胸びれ先端部と尾びれ全域へと腫瘤形成性病巣が拡大・蔓延し,その後背曲がりが起こって2001年1月に死亡した.飼育プールでは海水の定期的な換水が行われていなかった.
剖検では,皮膚に径0.5〜1.5cmで黄白色の硬い腫瘤が多発していた.肺は全葉が暗赤色で,両中葉の先端部で8×6cm大の腫瘤が厚い結合織で被包されていた.
組織学的には,皮膚では真皮から皮下織深部にかけて細胞退廃物と菌糸塊を中心に周囲をマクロファージ,泡沫状細胞,好中球およびリンパ球と結合織で囲まれた肉芽腫が多発していた(図44A).肉芽腫の中心は表在部で退廃物が優勢,深在部では菌糸塊が明瞭であった.また表皮が真皮層に伸張していた.菌糸はPAS反応陽性,グロコット染色で黒染し(図44B),抗Fusarium抗体(信州大)に陽性を示した.肺はうっ血性で,胸膜と間質で線維の増生があり,細気管支と肺胞にはグラム陰性球菌〜短桿菌とブドウ球菌を含む白血球を主とする細胞残ーが充満していた(図44C).
病原検索では,皮膚よりFusarium sp,肺からStaphylococcus aureus とEnterobacter spp. が分離された.
Fusarium 属(赤カビ)による皮膚炎は環境の悪化や免疫能の低下に伴って起こるとされている.イルカ類では表在性皮膚炎の報告があるが,深部に結節をつくる例はまれと思われた.化膿性気管支肺炎は,肺の線維増生を下地としたものと思われた. |
図44 |
A:皮膚の多発性結節(HE染色 ルーペ拡大);B:肉芽腫中のFusarium 属の菌糸塊(PAS反応 ×50);C:肺胸膜の肥厚と肺炎(HE染色 ルーペ拡大). |
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45.子牛の大腿骨の骨端軟骨早発閉鎖(premature physeal closure)(牛のハイエナ病) |
〔山本賢一(長崎県)〕 |
ホルスタイン種,雄,8カ月齢,鑑定殺.250頭飼養の乳雄肥育農家で,導入1〜2週間後の子牛16頭中11頭に脱毛,削痩,起立不能等の症状が出て,5頭が死亡した.この農場では代用乳中にビタミンAD3E剤の計量添加を行っていたが,発生時には計量されておらず添加量が増加傾向にあった(推定1日最大VA量140万IU/頭).ビタミンA過剰症の診断から,添加中止によって症状が改善された.半年後に同じ群7頭で体型異常が顕著となったため,再度病性鑑定を行った.外貌は全身性の発育不良を示し,特に後肢発育不良による背線の下降が顕著であった.
剖検では大腿骨頭断面の骨端線は薄く不明瞭で,中央部では消失していた.
組織学的には大腿骨の成長軟骨帯が菲薄となっており,全層で軟骨細胞が萎縮,減数し,軟骨基質は線維状であった(図45).成長軟骨帯に特有の櫛状構造は萎縮ないし消失して,軟骨帯と骨梁がつながっており,骨端線が消失した部位は石灰化骨組織で被覆されて閉鎖していた.形成された骨梁は疎かつ菲薄で,しばしば軟骨基質が残存してみられた.
血清生化学的検査ではビタミン剤過剰投与時にはVAパルミテート1,116IU/dl,VA 651IU/dl,VE 391IU/dlといずれも高値であったが,中止半年後の本症例では異常値が認められなかった.
この症例は飼養状況,特徴的な体型,四肢特に後肢の発育異常と病変から,急性ビタミンA過剰症の後遺症の牛ハイエナ病と診断された. |
図45 |
軟骨組織は萎縮,基質は線維状となり,柱状構造も失われている(HE染色 ×50). |
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46.新生子牛の軟骨異形成 |
〔内藤和美(山梨県)〕 |
ホルスタイン種,雌,0日齢,死亡例.酪農家で生後直後の子牛が死亡した.
剖検では,頭部から鼻部にかけて平坦で鼻部が短く,四肢が湾曲していた.上腕骨,前腕骨,大腿骨のいずれも長軸が短小で横軸は太く,骨頭は肥大していた.
組織学的には,骨端軟骨板には,扁平な細胞で内張りされる空隙が多数形成され,軟骨細胞は腫大して細胞質がゴースト状で,軟骨細胞層が短く不整に配列していた(図46).アルシアンブルー染色では軟骨基質が均質ではなく,細顆粒状,細線維状を示す部位が多く,トルイジンブルー染色ではこれらの物質が変性軟骨細胞や軟骨帯に形成された空隙とともに異調染色を示した.骨化帯では,軟骨柱の櫛状配列がなく,形成された骨梁の中心には,軟骨細胞がしばしば残存していた.骨髄には赤芽球および顆粒球の系の造血がほとんどみられず,脂肪組織で置換されていた.関節軟骨でも,軟骨細胞のほとんどが変性してゴースト状となっており,空隙や骨髄様構造が散見された.肝臓では,中心静脈周囲から門脈域にかけて線維が増生し,肝臓と脾臓に共通して髄外造血がほとんどみられなかった.
病原検索では,ウイルス,細菌は分離されず,BVD-MD,IBR,アデノウイルス,アイノウイルス,アカバネ病の抗体価はいずれも2倍以下であった.母牛の妊娠中の治療経歴およびビタミンADEの追加投与はなく,他牛と同じ飼料を与えられていた.
体型異常と骨の所見から軟骨異形成と診断した.この例では骨髄と肝,脾での造血がなく,肝臓の線維増生があったことに興味が持たれた. |
図46 |
骨端軟骨では軟骨細胞は少なく,基質は疎で骨化帯も不規則に融合しており,骨髄には造血がみられない(HE染色 ×50). |
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おわりに,組織写真撮影にご協力いただいた動物衛生研究所衛生検査科写真室ならびに病理組織標本作製にご協力いただいた同所衛生検査科病理検査室に深謝する.
本事例報告の取りまとめは,感染病研究部主研・富澤 勝(症例番号26-31),感染病理研究室・播谷 亮(21-25),谷村信彦(1-5),木村久美子,病性鑑定室・久保正法(16-20),病態病理研究室・中村菊保(11-15),山田 学(6-10),免疫病理研究室・百渓英一(32-36),毒性病理研究室・中島靖之(42-46),三上 修(37-41)が分担して行った.
〔編集責任:動物衛生研究所感染病研究部感染病理研究室 播谷 亮,谷村信彦,木村久美子〕 |
* 独立行政法人農業技術研究機構動物衛生研究所(〒305-0856 つくば市観音台3-1-5) |
* National Institute of Animal Health (3-1-5 Kannondai, Tsukuba,
Ibaraki 305-0856) |
† 連絡責任者: |
谷村信彦(独立行政法人農業技術研究機構動物衛生研究所感染病研究部感染病理研究室)
〒305-0856 つくば市観音台3-1-5
TEL 0298-38-7837
FAX 0298-38-7838 |
† Correspondence to : |
Nobuhiko TANIMURA (National Institute of Animal Health)
3-1-5 Kannondai, Tsukuba, Ibaraki 305-0856, Japan
TEL 0298-38-7837
FAX 0298-38-7838 |
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