9.牛の心臓の腫瘤
〔牧野美紀(埼玉県中央)〕
症例: 牛(ホルスタイン種),雌,6歳.
臨床的事項: 健康畜として搬入され,特に異常を認めなかった.体格は中,栄養状態は良.
肉眼所見: 右心室乳頭筋先端部に固着する胡桃大の白色の孤在性腫瘤を認めた.この腫瘤は滑沢な被膜を有し,弾性を有し,腱索を巻き込んでいた.割面はほぼ平滑で全体的に線維状で乳白色を呈していた.
組織所見: 腫瘤は結合組織に富む心内膜に被包され,心筋との境界は明瞭であった.腫瘤部には楕円形〜紡錘形の淡明な核を中央に有する長紡錘形の腫瘍細胞が,束状となり,直角に交錯したり,花むしろ状あるいは渦巻き状に増殖していた.鍍銀染色では,好銀線維が腫瘤内に高度に発達していた.また不整形の核を有し好酸性の細胞質に富む大型多形細胞が腫瘍組織内に散見された.これらの細胞質内にはまれに赤血球の存在とスリット状の空隙の形成が認められた.
診断名: 牛の心臓血管筋腫.
討議: この腫瘍には,通常単細胞血管形成と多細胞性血管形成の2つが観察される.大型の腫瘍細胞は血管内皮由来と考えられるため抗血友病因子(ファクター8)の免疫染色を実施して染色態度を確認することを助言された.

10.豚 の 心 臓
〔中田 聡(宮城県仙南)〕
症例: 豚(雑種),約6カ月,性別不明,病歴不明.
臨床的事項: 健康畜としてと畜場に搬入され,生体検査では異常を認めなかった.
肉眼所見: 心室は硬結感を増し,割面において心室側壁の心内膜面から心筋実質内にかけて不整形・斑状の限局性白色硬化巣が認められた.他の諸臓器については豚流行性肺炎,寄生性間質性肝炎を認めたが,他に異常は認められなかった.
組織所見: 病変部では,広範囲に心筋細胞が消失し,病巣内に残存する萎縮・変性した心筋線維を取り囲むように膠原線維が発達していた.線維化は炎症細胞集簇巣周囲,小動脈周囲において特に顕著であった.炎症細胞は病巣内外において心筋線維間および増生した結合線維間に浸潤していた.リンパ球やマクロファージが広くび慢性に分布し,好中球の集簇巣やリンパ球の集簇巣も認められた.また,結節性の肉芽腫性炎も少数認められた.病変部に細菌は観察されず,血管病変も認められなかった.
診断名: 心筋の塊状線維化と肉芽腫性心筋炎.
討議: 広範囲な塊状線維化の原因として冠状動脈の梗塞が考えられたが,本症例では,病変が心尖部に分布していないことや,血管病変が観察されなかったことから循環障害は否定的で,発生機序が不明であった.また,線維化病巣内に肉芽腫性炎や化膿性炎,炎症終末像が観察されたが.広範囲に認められた線維化病巣との関連は不明であり,これらの炎症の原因も明らかではなかった.

11.牛の胸腔内腫瘤
〔藤井祐次(兵庫県西播磨)〕
症例: 牛(交雑種),雌,4歳.
臨床事項: 健康畜として搬入.
肉眼所見: 左壁側胸膜に粟粒大〜米粒大の結節が密発し,一部は融合し塊状となっていた.結節は乳白色〜淡桃色でやや硬く,光沢を認めた.割面は乳白色,充実性であった.他臓器に著変は認められなかった.
組織所見: 結節表面は単層の中皮様細胞と疎な結合織により覆われていた.結節辺縁部には類円形〜楕円形でヘマトキシリンに濃染する核と好酸性の細胞質を持つ腫瘍細胞の増殖巣を多数認めた.また単層の扁平〜類円形の細胞が管状構造を形成している部位もあり,一部で管腔内への乳頭状増殖や硝子様基質の随伴も観察された.結節表面で管腔を形成する腫瘍細胞の自由縁には,微絨毛と思われる構造も認めた.結節中心部では,類円形で淡明な核,弱好酸性の細胞質を持つ腫瘍細胞が密に増殖し,辺縁部と同様に結合組織の増生を伴う種々の管腔形成がみられた.管腔を形成する腫瘍細胞と結節を覆う細胞の表面は,アルシアン青染色陽性,ヒアルロニダーゼ消化試験後アルシアン青染色陰性,PAS染色陰性,トルイジン青染色でメタクロマジー陰性であった.
診断名: 胸膜中皮腫.
討議: 腫瘍細胞表面のヒアルロン酸は,アルシアン青およびコロイド鉄染色でよく染まるが,トルイジン青でのメタクロマジーが不明瞭なこともある.本腫瘍はその増殖態度から,悪性と考える方がよい.人の場合アスベストが問題視されており,動物でも検索する必要がある.

12.豚の胸腔内腫瘤
〔上野一生(富山県)〕
症例: 豚(雑種),雌,繁殖豚.
臨床事項: 生体所見では,特に異常を認めず.
肉眼所見: 左側第7肋骨近位端に,14cm×4cmの胸腔内に突出する腫瘤を認めた.腫瘤は半球状で,被膜を有し,周囲組織への浸潤は認められなかった.割面は,白色で光沢感のある組織が分葉状に配列しており,出血も認められた.また,腫瘤は肋骨内腔より発生していた.第7肋骨髄腔では,中心部が黄白色,周囲を乳白色の組織が密実性に充満しており,正常骨髄とは異なっていた.その他臓器への転移は見つからなかった.
組織所見: 腫瘤は,硝子様物質が島状に増加し,線維性結合組織により区画されていた.腫瘍細胞は細胞質が狭く,核は円形から卵円形で,大小不同,クロマチンが豊富で,核分裂像を散見した.また硝子様物質はアルシアンブルー陽性,トルイジンブルーでメタクロマジーを示すことから硝子様軟骨と考えられた.また,腫瘍細胞は免疫染色により,S-100蛋白・ビメンチン陽性であった.間質は,血管や嚢胞状の腔が多数存在する線維性結合組織から成っていた.骨髄腔中心は壊死しており,周囲には腫瘤部と同様の組織像を認めた.
診断名: 軟骨肉腫.
討議: 腫瘍細胞の核が多形性で分裂像があることから悪性と考え,さらに骨髄腔で増生していること,骨組織の圧迫像があったことから内軟骨肉腫と考えた.


13.牛の腹腔内腫瘤
〔齋藤英二(郡山市)〕
症例: 牛(黒毛和種),雌,13歳.
臨床的事項: 分娩後第一胃運動の低下が認められ,約2カ月間の経過観察の後「前胃弛緩症」と診断され病畜として搬入.著しい腹囲の膨満が認められた.
肉眼所見: 肝臓,脾臓の包膜,第一胃から四胃,小腸,大腸,胆嚢,子宮,膀胱の漿膜,横隔膜腹腔面,腹壁および大網に粟粒大からピンポン玉大の乳白色,一部暗赤色の腫瘤が播種性に認められた.腫瘤は硬結感を有し乳頭状で,割面は乳白色,一部暗赤色を呈し充実性であった.開腹時に多量の血様腹水の貯留が認められた.胸腔内の臓器に著変は認められなかった.
組織所見: 腫瘍組織は比較的太い結合組織により不規則に分画され,充実性に増殖していた.一部では腫瘍細胞の索状配列が認められた.腫瘍細胞は比較的均一で類円形の淡明な核を有し,細胞質は好酸性で,細胞境界は不明瞭であった.内腸骨リンパ節,膵リンパ節の皮質部に前述の腫瘍細胞が島状に増殖していた.鍍銀染色では,好銀線維が腫瘍細胞を胞巣状に取り囲んでいた.細胞自由縁はアルシアン青pH 2.5染色で陽性を示し,ヒアルロニダーゼによって消化された.DAKO社製抗ヒトサイトケラチン高分子量モノクローナル抗体による染色では腫瘍細胞は陽性となった.
診断名: 悪性中皮腫(上皮型).
討議: 中皮腫において,本症例のようにリンパ節に転移する事例はまれである.

14.牛の腹腔内腫瘤
〔前島真紀子(長崎県川棚)〕
症例: 牛(黒毛和種),雌,14歳11カ月.
臨床的事項: 体温38.5℃,削痩,歩行不能,腹囲膨満し,腹部に波動を触知.前胃アトニーとして病畜搬入.
肉眼所見: 腹腔内には茶褐色を呈する腹水が多量に貯留していた.壁側腹膜,横隔膜,大網,腸間膜,肝包膜,腎包膜,脾包膜,第一〜四胃漿膜面に灰白色〜乳白色で光沢と硬結感を有するカリフラワー状の腫瘤が密発していた.肝臓実質は暗赤色で腫脹し,胆管の肥厚,脾臓実質の出血を認めた.その他の臓器およびリンパ節に著変はなかった.
組織所見: 肝包膜腫瘤の腫瘍細胞は漿膜面から乳頭状に増殖し,実質内への浸潤は認められなかった.腫瘍細胞は類円形で淡明な核をもち,立方形あるいは扁平上皮様で乳頭状〜管状に増殖しており,分裂像に乏しかった.脾包膜,大網および横隔膜の腫瘤にも同様の組織像がみられ,大網腫瘤の一部に壊死および出血がみられた.鍍銀染色では腫瘍細胞間に好銀線維の発達を認め,PAS染色では細胞内にジアスターゼ消化性の陽性顆粒が観察された.アルシアンブルー(pH 2.5)陽性の間質部位が牛睾丸ヒアルロニダーゼで消化された.腫瘍細胞は免疫染色でケラチンおよびパンケラチン陽性,ビメンチンおよびCEAともに陰性であった.
診断名: 悪性中皮膿(上皮型).
討議: ヒトの中皮腫はジアスターゼ抵抗性のPAS反応陽性顆粒を細胞内に含むこと,免疫染色でビメンチン陽性を示すこともあることが紹介された.肉眼所見および組織化学的所見から中皮腫と診断した.

15.牛の肝臓の腫瘤
〔山田裕康(千葉県東総)〕
症例: 牛(ホルスタイン種),成牛.
肉眼所見: 肝臓に硬結感のある白色結節性病変が認められた.結節は臓側面では左葉ほぼ全域にみられ,胆管に沿った部分にも認められた.また横隔面では左葉および尾状葉の一部に限局していた.割面では肝包膜下の実質に,多数の1〜3cm大の隆起性結節がみられ,それらは大型の病巣を形成していた.結節は充実性で,中心に数mmの乳白色部があり,周囲には結合組織が発達していた.
組織所見: 病巣の中心に菌塊が認められた.その菌塊を取り巻くように放射状に配列するアステロイドボディがみられ,その周囲を多数の好中球,形質細胞,マクロファージおよび多核巨細胞が取り囲んでいた.さらにその外層には線維芽細胞の増殖と線維性結合組織の増生が観察された(図2).このような肉芽腫が肝内に多発し,それらは著しい結合組織の増生を伴って互いに融合し,大型の病巣を形成していた.菌塊はBrown-Hopps法のグラム染色で,グラム陰性であった.
診断名: アステロイドボディを伴った肉芽腫性炎.
図2 牛の肝臓の結節.菌塊を放射状に配列したアステロイドボディが取り巻き,周囲に好中球,形質細胞,マクロファージおよび多核巨細胞が浸潤.(HE染色 ×400)(千葉県東総食検出題)

16.馬の腎臓の腫瘍
〔黒羽淳子(宇都宮市)〕
症例: 馬(ポニー),雌,6歳.
臨床的事項: 食欲不振で病畜として搬入された.
肉眼所見: 左腎に径約8cmの白色被膜を有する腫瘤を認めた.被膜は左腎と腫瘤を取り囲み,その一部は腸間膜や横隔膜と癒着していた.左腎は腫瘤に圧迫され扁平化し,腎固有組織と腫瘤の境界は比較的明瞭であった.腫瘤の割面は充実性,分葉状で黄白色を呈し,出血・壊死を認めた.左右の肺葉に径3〜5cmの白色充実性の腫瘤を数個認めた.右腎,肝臓,脾臓,左副腎,心臓,横隔膜,内肋間筋,扁甲横突筋,腎リンパ節,内腸骨リンパ節,膝窩リンパ節には径数mm〜2cmの白色〜黄白色腫瘤を認めた.
組織所見: 腫瘍細胞は管状,乳頭状,充実性に増殖し,配列はやや不規則であった.腫瘍細胞の多くが弱好酸性の微細顆粒をもち,円柱状,類円形,不整形を呈していたが,左腎腫瘤部では一部細胞境界が明瞭で淡明な細胞の充実性増殖を認めた.弱好酸性の細胞,淡明な細胞のいずれにおいても核の大小不同が著しく,核小体は明瞭で,2核〜多核を有する細胞や核分裂像が散見された.肺およびその他の腫瘤では腫瘍細胞が弱好酸性で管状,蜂巣状,乳頭状に増殖していた.腫瘍細胞はPAS反応一部陽性で刷子縁様の構造を認めた.またオイル赤染色で一部陽性,アルシアン青染色では陰性であった.鍍銀染色では好銀線維が腫瘍細胞からなる小型の管腔を取り囲む像や,1個〜数個の腫瘍細胞を取り囲み胞巣状を呈する像を認めた.
診断名: 左腎原発の腎細胞癌.
討議: 明細胞と顆粒細胞(暗細胞型)の混在する腎癌であるが,明細胞型が動物に認められた珍しい例とされた.

17.豚の腎臓の腫瘍
〔楢原真弓(岡山市)〕
症例: 豚(雑種),雌,推定6カ月齢.
臨床的事項: 健康畜として搬入され,生体検査時に特記すべき異常はなかった.
肉眼所見: 右腎の腫瘍化が顕著で長径25cm,短径14cm,重量1.5kgの硬結感のある腫瘍塊と化していた.表面には凹凸があり,血管は豊富な厚い被膜に覆われ,膀胱,尿管,小腸と癒着していたが,容易に剥離できた.被膜の一部には褐色色素の沈着が認められた.割面は灰白色〜赤褐色,髄様で弾力性を有し,一部で出血,壊死,石灰沈着が認められた.左腎を含む他の臓器に著変は認められなかった.
組織所見: 腫瘍細胞は主として大小の腺管様構造を形成し,まれに原始糸球体類似の構造も認められた.腫瘍組織は発達した結合組織で胞巣状に分画されていた.腫瘍細胞は上皮様で細胞質に乏しく,核は比較的大型で,円形〜類円形で,クロマチンに富み,数個の明瞭な核小体をもっていた.核分裂像はほとんど認められなかった.鍍銀染色では膠原線維が腫瘍組織を胞巣状に分画して認められた.腺管様構造の一部では管腔内にPAS反応陽性の均質液状物質が認められた.
診断名:腎芽腫.
討議: 腺管様構造の管腔内に認められたPAS反応陽性の均質液状物質は,粘液上皮化生の結果,分泌されたものと考えられる.

(次号へ続く)


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