1.家畜共済が置かれている状況
家畜共済事業は,国として,被災農家の経営を安定させ,農業生産力の発展に資するため,農業災害対策の重要な柱として,保険の仕組みによる農業災害補償制度を設け,財政援助を行っている共済事業の1つである.
災害対策の一環としての事業を手がけている中で,家畜の生産現場で,最も畜産農家の近いところで共済事業を手がけているものにとっても,「食の安全」に対する意識の確保は重要である.諸外国との距離間が交通の発達で著しく短縮されている状況を踏まえ,再興感染症,新興感染症の監視体制の確保がますます重要になってきているとともに,畜産物の安全,安心に対する要請が一段と高まっている状況となっている.
家畜を生産している現場(畜産農家)においては,日々家畜の飼養管理をしている中で,健康な家畜から畜産物が生産される飼養環境の整備,その飼養管理,疾病に対する損害防止等を常日頃から心掛ける必要があると考える.
こうした中で,地域における検査指導機関,診療施設等にあっては,たがいに連携を保ちながら,畜産農家における飼養管理状況,疾病の発生状況,給与飼料に関する情報の交換・伝達を的確かつ迅速に行い,さらには適正な飼養管理技術,家畜診療技術等の提供を通じ,生産から消費までの畜産物の取り扱いに対する認識を高めつつ,経営安定を図っていくことが重要と考える.
まず,家畜共済事業の状況を事業実績から説明することとする. |
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家畜共済の概要
家畜共済に加入できる畜種は牛,馬および豚である.家畜共済に加入する農家は,飼養している家畜は原則としてすべて加入すること(包括共済)とされており,地域での事故率等に応じた共済掛金を組合等に納入することにより,1年間に通常の飼養管理の中で発生する死亡,農家の申請に基づき認定された廃用(自家廃用は除かれる.)ならびに発生する疾病・傷害により獣医師の診療を受けた経費(診療費)が共済事故として補償される(後掲,家畜共済制度の概要を参照).
最近における家畜共済の実績について,平成12年度を中心にまず引き受けからみてみたい.
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畜種別加入状況(表)
乳用牛は,全国の有資格頭数のほぼ全頭が家畜共済に加入しており,肉用牛等はその約3分の1,馬にあっては9割,豚は15%程度となっている.
肉用牛等においては,和牛繁殖農家の加入率は高いが,一部多頭肥育農家が加入していないこと等から全体として若干低い加入率となっている.豚にあっては,大規模な一貫経営農家の加入が少ないこと等により全般的に低い加入率となっている.最近,肉豚がわずかながら加入率を伸ばしているが,その他の畜種はほぼ横ばいとなっている.
このような加入状況の中で,次に事故の実績(疾病の発生状況等)を示すこととするが,家畜共済の加入において大きな位置を占めている牛について,被害率等を中心に記載することとしたい. |
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畜種別・事故別の被害率
ア. |
死廃金額被害率:共済掛金期間(1年間)に支払った死廃事故の共済金を共済金額で除した率である.乳用牛は,8年度から9年度にかけてわずかに低下したが,10年度から増加傾向で推移しており,12年度は7.027%となっている.肉用牛等は10年度に増加したが,11年度,12年度と低下し2.273%となっており,乳用牛と比較すると約3割の被害率となっている. |
イ. |
病傷金額被害率:共済掛金期間に診療を受けて獣医師に支払った診療費を共済金額で除した率であるが,乳用牛は,わずかながら着実に増加しており,12年度は6.677%となっている.肉用牛等は,11年度までの増加が12年度にわずかに低下し2.672%となり,乳用牛に比較すると約4割の被害率である. |
ウ. |
死廃頭数被害率:共済掛金期間に死亡および廃用となった頭数を加入頭数で除した率である.乳用牛は,最近は増加傾向で推移していたが,12年度はわずかながら低下し7.723%となっている.
このことは,1年間100頭飼育していると約8頭が死廃事故として取り扱われていることとなる.近年,死亡事故が多くなる傾向があると聞くが,これは,農家における生産性の追及が個体の生理的な面に大きく影響し結果として死亡に至らしめているのではないかと推察され,生産性の向上は飼養管理技術の改善と絡んで家畜の健康管理に十分留意しなければならない.
肉用牛等は,金額被害率と同様な推移となってここ2年ほど低下し,12年度は2.981%となっており,乳用牛と比較すると約4割の被害率である. |
エ. |
病傷件数被害率:共済掛金期間に,獣医師に依頼して診療を受けた頭数を加入頭数で除した率であるが,乳用牛は,12年度90.801%となっており,近年の被害率に大きな変化はない.
このことは,農家ではその飼養頭数の約9割が疾病・傷害に罹り,獣医師の診療を受けていることとなる.肉用牛等にあっては12年度44.589%となっており,ここ2・3年減少傾向にあるが,飼養頭数のほぼ半数が診療を受けていることとなり,乳用牛に比較すると約5割の被害率である.
上記のような被害状況を疾病別にみるとすると,家畜共済の共済事故の分類(病名)は,家畜共済病類別表により整理されているので,死廃事故および病傷事故に係る病類(病名)の被害率について,畜種別に次に示す. |
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死廃事故の病類別頭数被害率
ア. |
乳用牛:運動器病が第1位(2.006%),消化器病が第2位(1.399%),妊娠・分娩期および産後の疾患が第3位(1.226%),泌乳器病が第4位(1.169%)と続き,この4病類で頭数死廃事故率全体の75%を占める.乳用牛の生産に係る妊娠・分娩期および産後の疾患ならびに泌乳器病の3病類で約3割を占める.
注目すべき病類として,循環器病が5年前には0.603%であったものが,12年度には0.885%と約1.5倍となっていることである.死亡事故が増加する傾向がみられるという要因と,循環器病の占める割合が増加していることの関連で注目すべきことであろう. |
イ. |
肉用牛等:消化器病が第1位(1.108%),新生児異常が第2位(0.618%),呼吸器病が第3位(0.449%),循環器病が第4位(0.278%),運動器病が第5位(0.236%)と続いている.消化器病で全体の34%を,上位5病類で87%と死廃事故の大半を占めることとなる.肉用牛等においては,子牛の疾患がその多くを占めている. |
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(4) |
死廃事故の病名別発生状況
ア. |
乳用牛:乳房炎,心不全,関節炎,脱臼,ダウナー症候群および第四胃変位が多発している(死廃頭数被害率0.5%以上).この上位6疾病は関節炎を除き毎年被害率が高まっており,特に心不全については増加率が高く(8年度以降増加を続けている.),第2位に上昇した. |
イ. |
肉用牛等:肺炎,胎子異常,急性鼓脹症,腸炎および心不全が多発しており(同0.2%以上),この発生順位は8年度以降変化はない.このうち,心不全が乳用牛と同様に毎年度増加している.
乳用牛および肉用牛ともに,心不全が増加していることは,生産性向上の追求の弊害の一面として飼養管理に係る改善に大きな示唆を与えているといえよう. |
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(5) |
病傷事故の病類別件数被害率
ア. |
乳用牛:乳用牛では,生殖器病が第1位(26.352%),泌乳器病が第2位(25.694%),消化器病が第3位(11.288%),以下妊娠・分娩期および産後の疾患(10.668%),運動器病(7.125%)と続いている.死廃事故の多発疾病の病類とは上位の順番が異なっているのは,生殖病,泌乳器病はただちに廃用につながるものではないことが反映されている.上位3病類で全体の約7割,上位5病類では9割を占める. |
イ. |
肉用牛等:肉用牛等の場合は,消化器病(16.184%)と呼吸器病(11.073%)が2大病類といえる.6割が両病類で占められ,10%を超えている被害率も両病類である.第3位となっている生殖器病(8.910%)を加えると,3病類で全体の8割を占めており,これらの疾病対策が多発する死廃事故の防止にもつながることとなる. |
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病傷事故の病名別発生状況
ア. |
乳用牛:乳房炎が圧倒的に発生が多く(病傷件数被害率24.300%),以下黄体遺残(6.674%),卵胞嚢腫(4.794%),卵巣静止(4.464%)および乳熱(3.651%)と鈍性発情(3.647%)が続き,上位10位疾病中4疾病が卵巣疾患となっている. |
イ. |
肉用牛等:腸炎(10.463%)および肺炎(5.849%)といった死廃事故でも上位となっている疾病が多発しており,また気管支炎(5.427%)が多発している(同5%以上).以下,卵巣静止から鈍性発情まで乳用牛同様,上位10疾病中4疾病が卵巣疾患となっている. |
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事故の発生状況からみた今後の対応
畜産農家の規模拡大に伴う生産性の追求等の影響が疾病の発生状況に現われていることが,上述したように共済事故の実績からしてもわかる.乳用牛,肉用牛等においても心不全が増加していることが注目すべきことである.臨床現場においては,原因究明のため病理解剖を行う機会があるが,明確な病変がなく結果として心不全と病名が付くこともあるという.
家畜共済おいては,病傷共済と死廃共済の一元化が図られており,早期発見・早期治療が死廃事故を減らし農家の損害の発生・拡大を防止し,経営安定に寄与するものである.死廃事故の低減はいかに病傷の給付・診療が機能するかにもかかっているといえる.病傷事故の多発疾病をみると,乳牛においては職業病ともいえる乳房炎が圧倒的に多いことから,これを中心に繁殖障害の対策を行うこと,肉牛については,腸炎,肺炎が死廃事故でも上位を占めることから,農家との連携を密として診療等を通じて特に子牛の時期の損耗防止に努める必要がある.また,肉豚についてサルモネラ症,オーエスキー病およびPRRS等の伝染病の流行が数県で確認されている.
最近,畜産界のみならず,国民全体に大きな影響を及ぼしている口蹄疫,BSEなどの家畜伝染病の生産段階での防疫対応に加えて,農家の飼養管理の中で発生し獣医師の診療対象となる家畜の病傷は,その多くの疾病は農家の飼育管理という人為的な要素が大きく,その飼養管理技術等の良否が病傷発生の増減にも大きく影響することとなる.最近の夏季の暑熱による被害は,熱射病・日射病に限らず,乳房炎,代謝器病等併発病を悪化させる原因ともなっており,地域の疾病の発生状況に即した飼養管理改善を中心とした対策の励行が必要である.届出伝染病をはじめとする伝染性疾病(監視伝染病)に対しては,各都道府県家畜保健衛生所等と連携・協力を得て,効果的な事故低減対策を実施する必要があることはいうまでもない.
家畜の生理を無視した飼養管理が行われているとすれば,健康な家畜から安全,安心な生産物を得ることとはならない.地域の実情を踏まえつつ,疾病発生状況等を分析し,その対策に診療技術等を駆使し農家の飼養管理意識の高揚を図りつつ,健全な家畜の飼養が実行されるよう対応を図ることがますます重要となっている. |
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