一般に,ボディーコンディションスコアー(BCS)の低い泌乳牛では受胎率の低いことが知られている.著者らのフィールドデータをさかのぼって検討したところ,BCSの増加に伴い,Ovsynch/TAIによる受胎率が増加することがわかった[3].BCSが2.5未満と2.5以上の2つの牛群間でOvsynch/TAIの妊娠率を比較したところ,授精後27および45日目の妊娠率は,BCSの低い群でそれぞれ18.1%および11.1%で,BCSの高い群の33.8%および25.6%に比べ低い値であった[9].しかし,低BCS群でみられた初回受胎率の低下は一時的なものであり,分娩後120日目の妊娠率には差異はみられなかった.この結果は,分娩後初回授精時までに牛の受胎能力を回復させる飼養管理の重要性を示すものである. |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
著者らはOvsynch処理前の発情同期化が妊娠率に及ぼす効果を検討した.同期化群の牛は分娩後34〜40日目(37±3日目)から14日間隔でPGF2α製剤を2回投与して同期化処理した.対照(非同期化)群の牛にはPGF2α投与は行わなかった.Ovsynch/TAI処理は,2回目のPGF2α投与から12日目にあたる分娩後63±3日目にGnRHを投与して開始した.このプロトコールにより,同期化群の牛は著者らがOvsynch処理開始に適した時期と考えている発情後5〜10日目にOvsynch/ TAI処理を開始している.1回目のGnRH投与から7(70±3日目)および9日目(72±3日目)に,それぞれPGF2αおよび2回目のGnRHを投与し,2回目のGnRH投与翌日(73±3日目)にTAIを実施した.すべての牛は,TAIの日より32および74日目に妊娠鑑定し,非妊娠と診断された牛はOvsynch/TAI処理を行い再授精した. |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
この試験では,同期化処理の2回目のPGF2α投与(分娩後51日目)とOvsynch処理開始日(63日目)の血漿プロジェステロン濃度が1 ng/ml以下(機能黄体の存在なし)の場合に無発情と判断した. 試験に供した499頭の乳牛のうち分娩後63日目において23.4%が無発情,あるいは発情が回帰していない状態にあることが示された.無発情は経産牛(16.9%)よりも初産牛(35.6%)において高い頻度で認められた.また,Ovsynch/TAI処理開始時のBCSが高くなるにつれて無発情を示す牛の頻度は減少した.したがってBCSは,泌乳牛においてOvsynchのような繁殖管理システムを開始する時点での栄養状態を評価し,低栄養による無発情の可能性を推定する指標としてある程度有用と考えられた.無発情牛の授精後74日目の妊娠率は22.4%で,発情を回帰していた牛の41.7%に比べ低かった.この例からもわかるように,泌乳牛における分娩前後の飼養管理はきわめて重要であり,繁殖成績に重大な影響を及ぼす.分娩前後の牛の健康,快適性および栄養状態(例,乾物摂取量の増加)を最適化する努力は,発情回帰および妊娠率に反映されるのである. |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
無発情牛の存在は牛群の妊娠率に大きな影響を及ぼすため,同期化処理が繁殖成績に及ぼす効果は発情周期を回帰している牛のみを対象として評価した.その結果,同期化群の妊娠率(52.3%)は,対照群(31.1%)に比べ高いことが示された.1回目のGnRH投与(分娩後63日目)およびPGF2α投与時(同70日目)の血漿プロジェステロン濃度がいずれも高値(>1.0 ng/ml)を示した牛は,Ovsynch/TAI処理を開始するのに適切な発情後5〜10日目に調節されていたと考えられる.同期化処理群で両日の血漿プロジェステロン濃度が高値を示した牛は87.4%であり,対照群の71.7%に比べ高い割合であった.したがって,同期化処理群では,より多くの牛がOvsynch/TAI処理開始に適切な時期に調節されていたことにより妊娠率が向上したと考えられた. |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
血漿エストラジオール濃度の低下による[6]とされる暑熱ストレス期の発情発見率の低下は,体温上昇による早期胚死滅の増加による受胎率の低下[5, 13]とともに,牛群の妊娠率を低下させる要因である.したがって,発情発見率を100%にする(発情徴候の有無によらずすべての牛に授精する)Ovsynch/TAIプログラムは,暑熱期の妊娠率向上に効果があると考えられる. de la Sotaら[4]は,Ovsynch/TAIを取り入れた繁殖管理プログラムと,現在広く用いられているPGF2αを用いて発情を誘起し授精するプログラムの効率を,暑熱期(5〜9月)のフロリダにおいて比較している.まず,分娩後30±3日目にすべての牛にPGF2αを投与して,その時点で存在している黄体を退行させた.授精日が分娩後60日目以降となるように,TAI群の牛(148頭)は図1に示したプロトコールによりOvsynch/TAIを実施した.対照群の牛(156頭)は分娩後57±3日目にPGF2αを投与して,発情の発現した場合にのみ授精した.初回授精後ふたたび発情がみられた場合には再授精を実施した.Ovsynch/TAI群では,対照群に比べ高い妊娠率が得られた(13.9 vs. 4.8%,P<0.05).Ovsynch/TAI群ではすべての牛がTAIされたのに対し,対照群ではPGF2α投与後1〜6日目に発情が発見され授精された牛の割合はわずか18.1%であった.その結果PGF2α投与から授精日までの間隔は,Ovsynch/TAI群の3.0日に対し,対照群では35.3日となっている(P<0.05).同様の理由により,分娩から初回授精日までの日数もOvsynch/TAI群に比べ対照群で延長していた(58.7 vs. 91.0日,P<0.05).対照群でみられたPGF2α投与から授精日までの日数の延長は,夏期の発情発見率の低下を反映するものと考えられる. 対照群の中で発情が発現し授精された牛の受胎率(25.9%)は,Ovsynch/TAI群(13.2%)に比べ高かった(P<0.05).しかし,Ovsynch/TAI群ではすべての牛が授精されているのに対し,対照群ではわずか18%の牛が発情を示し授精されていることを考えると,対照群において受胎率が高いと判断するのは不適切である.Ovsynch/TAI群の分娩後120日目の妊娠率は対照群と比べ有意に高くなっている(27.0 vs. 16.5%,P<0.05).また,分娩後120日目までに妊娠した牛の空胎日数は,対照群に比べOvsynch/TAI群で12.4日短かった(77.6 vs. 90.0日,P<0.05). Ovsynch/TAI群の初回授精後の妊娠率は対照群に比べ増加しているが(13.9 vs. 4.8%,P<0.05),同時に対照群に比べ多くの授精を実施している.これは,Ovsynch/TAI群における分娩後120日目までの妊娠に要した授精回数の増加としても現れている(1.63 vs. 1.27回,P<0.05).しかし,妊娠に要した授精回数は,分娩後365日ではOvsynch/TAI群の3.76回に対し,対照群では3.52回であり両群間で差はみられなかった.この結果は,対照群ではOvsynch/TAI群に比べ分娩後120日目以降により多くの牛で授精が実施されていることを示しているとともに,分娩後365日目の対照群の妊娠率がOvsynch/TAI群に比べ低い理由となっている.さらに,分娩後365日目までの妊娠および非妊娠牛を含めた1頭あたりの平均授精回数にも,両群間で差はみられなかった(3.87 vs. 3.72回,Ovsynch/TAI vs. 対照群). 予想通り,より多くの牛で授精を実施したOvsynch/ TAI群の妊娠率は有意に増加した.Ovsynch/TAIプログラムは高体温による胚死滅を防ぐことはできないが,暑熱ストレス下での発情発見率低下による妊娠率への影響を除くことができる.Ovsynch/TAI群では,妊娠した牛の平均空胎期間は12.4日短縮され,分娩後120日目の妊娠率が向上した.Arechigaら[1]は,Ovsynch/ TAIプログラムはホルスタイン種泌乳牛における夏期の妊娠率は向上させるが,初回受胎率を改善しなかったと報告している.このセクションで紹介したde la Sotaら[4]およびArechigaら[1]の報告に共通するOvsynch後の妊娠率の向上は,Ovsynch処理に暑熱期の受胎性を向上させる何らかの長期的効果のあることを示唆している.恐らく,GnRHの繰り返し投与は暑熱ストレスにより損なわれた新たな卵胞の発育を促し,卵胞のターンオーバーを刺激することで,その後に排卵する卵胞中の卵母細胞の受精および発育能を高めるものと考えられる. |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
現在,泌乳牛の繁殖管理には数多くの選択肢が用意されている.ホルモン処理を伴うシステムは,いずれも繁殖効率を向上させ,牛群の妊娠率を高めるよう生殖生理に基づき精巧に組み立てられたものである.ここで強調しなければならないことは,繁殖管理システムがより効率的となり,生殖過程の多くのステップを人為的に制御するものとなるにつれ,実施にあたりこれらの技術を十分に理解する必要性が高まるという点である. 次にこうした繁殖管理システムを用いても,繁殖に関連したすべての問題が本質的に解決できるわけではないことも理解する必要がある.例えば,無発情牛の存在は牛群の繁殖効率を著しく低下させるが,発情同期化処理はこの問題の解決策とはならない.また,対象となる牛群において適切な栄養管理がなされ,快適性が最大限に確保されており,健康管理プログラムが適切に運用されていることが,すべての繁殖管理プログラムにおいて成功の前提条件である. これまで,乳牛の飼養管理は乳生産量の増加を目指す方向に進んでおり,十分な成功を収めている.今後,繁殖技術の改良が進み,乳生産と繁殖能力の両方を最大限に引き出すことが可能となれば,牛群の経済性はより向上し,人工授精がもたらす遺伝能力の改善効果を最大限に活用することが可能になる.実用的で,しかもこうした目的を達成できる管理システムの実現には,今後さらなる研究が必要である. 本稿は2000年度日本産業動物獣医学会(奈良)における特別講演要旨の和訳である(翻訳:片桐成二,北海道大学大学院獣医学研究科). |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
引 用 文 献
|