資 料

家畜衛生分野における薬剤耐性モニタリング体制

 田村 豊  高橋敏雄  守岡綾子  石原加奈子  菊間礼子

農林水産省動物医薬品検査所
(〒185-8511 国分寺市戸倉1-15-1)
は じ め に
 家畜衛生分野における最初の全国的な薬剤耐性調査は,昭和51年度および昭和52年度に農林水産省畜産局が実施した実態調査[5]に遡ることができる.当時,食用動物由来薬剤耐性菌の公衆衛生への影響が盛んに議論されており,抗菌性物質の畜産物への残留や薬剤耐性菌の増加による公衆衛生への影響を配慮した「飼料の安全性の確保及び品質の改善に関する法律」(昭和51年施行)が成立した時期であった.そこで,同法に基づく規制前後の薬剤耐性菌の実態を把握することを目的として,薬剤耐性調査が実施されたものであった.その後,数次にわたり全国的な調査が行われたが,いずれも単発的[4, 9]であり継続的な調査は実施されていなかった.
 最近,世界保健機関(WHO)は,ヒト医療における薬剤耐性菌問題の原因が食用動物に抗菌性物質を使用することにあるとの観点から,食用動物における抗菌性物質の使用を禁止もしくは制限しようとするキャンペーンを展開している[8].しかし,これらの会議では,ヒト由来薬剤耐性菌の出現と食用動物への抗菌性物質の使用との因果関係の実証に至らなかったが,その一因として食品媒介性病原細菌の薬剤耐性に関する科学的なモニタリング情報の欠如が挙げられた.一方,家畜衛生の専門国際機関である国際獣疫事務局(OIE)は,家畜衛生および公衆衛生上問題となる薬剤耐性菌を制御するための戦略の一つとして,国際的に比較可能な薬剤耐性モニタリングの重要性を指摘した[2].
 現在,家畜衛生分野における薬剤耐性モニタリング体制としては,欧州連合(EARSS; European Antimicrobial Resistance Surveillance System),WHO(WHONET; WHO Network on Antimicrobial Resistance Monitoring),デンマーク(DANMAP; Danish Integrated Antimicrobial Resistance Monitoring and Research Programme),米国(NARMS; National Antimicrobial Resistance Monitoring System),スウェーデン(SVARM; Swedish Veterinary Antimicrobial Resistance Monitoring)等で機能的に活動していることが知られている.
  そこで,このような薬剤耐性菌をめぐる国際動向を背景として,わが国では,平成7年度から製造物責任法対応として実施していた家畜病原細菌の薬剤耐性調査に加え,平成11年度から健康動物由来食品媒介性病原細菌および指標細菌の全国的な薬剤耐性調査を開始した.さらに,平成12年度からは,畜産振興総合対策事業に基づき全国の家畜保健衛生所の全面的な支援をうけ,全国的な薬剤耐性ネットワークを構築することができた.そこで今回,わが国の家畜衛生分野における薬剤耐性モニタリング体制の現状について紹介したい.
 なお,本モニタリング体制は,対外的にJVARM(Japanese Veterinary Antimicrobial Resistance Monitoring System)と呼称している.

JVARMの目的
JVARMの目的としては,以下の項目が挙げられる.
(1)
食用動物由来細菌における薬剤耐性をモニタリングすること.従来,ともすれば家畜衛生分野の薬剤耐性調査は,動物病原細菌のみを対象とする場合が多かったが,JVARMでは動物病原細菌に加え,健康動物に由来する指標細菌や食品媒介性病原細菌も対象としている.

(2)
動物用抗菌剤の有効性を確認すること.これは,JVARM発足の契機となったのが薬剤耐性菌の公衆衛生上の問題であったが,本調査があくまで家畜衛生サイドで実施するものであることから,動物に使用する治療用抗菌剤の有効性を追跡することも目的としている.

(3)
動物用抗菌剤の使用量をモニタリングすること.抗菌剤の有効成分が直接的に突然変異菌の誘発,すなわち薬剤耐性菌の出現に関与するものでないが,抗菌剤の使用量が増加するに伴い薬剤耐性菌の選択圧が相対的に高まることから,間接的に薬剤耐性菌の増加に関連する.したがって,薬剤耐性菌対策としては,薬剤耐性菌の調査とともに抗菌剤の使用量と使用実態を把握することが重要とされ,先に述べた他国のモニタリング体制でも目的の一つとされている.

(4)
薬剤耐性に関するリスク分析の基礎資料を提供すること.科学的な検証が十分に行われていない家畜衛生および公衆衛生の重要事項における方針決定を助ける道具として,リスク分析の重要性が増している.薬剤耐性菌についても,FDA(米国食品医薬品局)が家禽のフルオロキノロン剤を使用禁止する方針[1]を示した根拠にリスク分析結果を挙げている.したがって,科学的に実施されたモニタリング成績は,正確なリスク分析を実施するための基礎資料を提供するものである.

(5)
モニタリングで得られた成績を,動物用抗菌剤の“慎重使用”に反映させること.抗菌剤の使用は,多かれ少なかれ薬剤耐性菌の出現に影響するものであるが,「治療効果を最大化し,薬剤耐性菌の出現を最小化する」抗菌剤の慎重使用が重要とされている.したがって,モニタリングにより得られた薬剤耐性菌の実態を慎重使用の原則に反映させることにより,薬剤耐性菌の増加を抑制したいと考えている.

JVARMの概要
 JVARM実施内容の概要を図1に示した.図に示されている通り,JVARMは大きく分けて3つの調査から成り立っている.
JVARMの概要
図1 JVARMの概要

(1)
食用動物における抗菌剤使用量の調査
 従来から,「動物用医薬品等取締規則」(昭和36年2月1日農林省令第3号)第18条の規定に基づき動物用医薬品の取扱数量の報告を実施しているところであるが,その集計が販売高を中心としたものであった.OIE抗菌剤使用量のモニタリングに関するガイドライン[3]でも述べられているように,世界各国の使用量を把握し比較するためには,動物種ごとの有効成分の使用量についての成績が求められている.そこで,平成12年から有効成分,系統ごとの製造量または輸入量,またその動物種ごとの推定使用量,投与経路ごと,剤型ごとの使用量に関する調査を開始した.

(2)
野外流行株の薬剤耐性調査
 これは前述した通り平成7年度から実施しているもので,各家畜保健衛生所で病性鑑定材料から分離した家畜病原細菌を対象とした薬剤耐性調査である.対象菌種としては,サルモネラ,Pasteurella multocida,大腸菌,Actinobacillus pleuropneumoniae,黄色ブドウ球菌,レンサ球菌,クレブジラ菌,Actinobacillus pyogenesであり,年度当初に動物医薬品検査所から当該年度の対象菌種を指定している.

(3)
食品媒介性病原細菌・指標細菌の薬剤耐性調査
 これは平成11年度から新たに開始したもので,これまで家畜衛生分野でほとんど実施されていなかった健康動物由来の食品媒介性病原細菌と指標細菌を対象とするものである.対象菌種としては,食品媒介性病原菌としてサルモネラとカンピロバクター,指標細菌として大腸菌と腸球菌である.なお,動物からの感染経路が議論されている志賀毒素産生性大腸菌(STEC)と,バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)についても対象菌として調査している.
 特に,カンピロバクターは,培養が困難であることに加え食用動物にはほとんど病原性を示さない.このため,これまで家畜衛生分野の調査対象菌種とされておらず,JVARMが唯一の全国調査となっている.

薬剤耐性調査内容

 薬剤耐性調査内容の概要を表1に示した.まず,野外流行株の調査であるが,毎年,病性鑑定材料から分離・同定した菌株を寒天平板希釈法により最小発育阻止濃度(MIC)を測定している.一方,食品媒介性病原細菌と指標細菌の調査では,47都道府県を偏りが生じないように4群に区分けし,各都道府県とも肉牛,豚,肉用鶏,採卵鶏の各6経営体(飼料添加物についても実施する場合は8経営体)から,1経営体1サンプルの糞便を採取し,指定された菌種を2株分離する.この時,指示された全国一律の方法に準拠して対象菌種を分離し,同定する.サルモネラ,STECおよびカンピロバクターについては,血清型も調べることとしている.採材に当たっては,本モニタリングの目的がリスク分析の基礎資料を提供することも含まれているため,サンプルの由来農場,規模,採材日,治療用抗菌剤および抗菌性飼料添加物の使用状況等の疫学調査もフォーマットに従ってあわせて実施することになっている.分離された菌株については,操作性,経済性等を勘案して一濃度ディスク拡散法により推定MICを求めている.



 なお,対象となっている抗菌性物質は,Enrofloxacine、Ofloxacin、Ceftioful、Virginiamycin、Ampicillin、Oxytetracycline、Chloramphenicol、Streptomycin、Sulfadimethoxine、Colistin、Nalidixic acid、Apramycin、Bicozamycin、Cephazorin、Trimethoprim、Cefuroxime、Gentamicin、Kanamycin、Oxolic acid、Erythromycin、Tylosin、Bacitracin、Spectinomyin、Spiramycin、Lincomycin、Vancomycin、Avilamycin、Salinomycin、Nosiheptide、Destomycin-A、Efrotmycin、Olaquindoxの32成分で,動物専用抗菌剤,人体兼用抗菌剤,抗菌性飼料添加物等で重要と思われる成分はすべて網羅されている.これは,過去の調査およびOIEガイドライン[2]に準拠して,菌種ごとに対象抗菌性物質を指定している.