|V.組織のデジタル化

 ネットというバーチャルの場があって,そこで頻繁に討論ができるようになると,本人のみならずそれを見ている会員も,どんどん価値観が均質化してくることになります.これは組織として意見を一本化できるという意味で有意義な点でしょう.
 また,離れた所から交通手段を使ってわざわざ集まって会議をすることは少なくなるでしょう.ほとんどの会議はメーリングリストで行うことができます.経費もかからない分だけ会議の回数を増やすこともでき,会議効果は格段に向上します.逆に集まるときには人間的なふれあいのできる懇親会のようなときだけでよくなるのです.
 その一方では個人会員から直接獣医師会へメールで意見をいうことができるようになると,どうしても批判が多くなってしまいがちです.組織にしっかりとした倫理観,論理観がないと会の運営に支障をきたす可能性もあるでしょう.

 1.地方獣医師会とIT革命
 獣医師にとって,一番身近な組織である地方獣医師会は,IT革命を現実的な手段で実行する上でとても重要な位置にあると思われます.地方獣医師会におけるホームページ,データベース,メーリングリストによる会議システムの3点はすぐにでも検討に入るべきだと思われます.
 地方獣医師会においてIT革命を急がなければいけない理由の一つは,日本獣医師会のIT革命が先行すれば,意見があるなら地方獣医師会にではなく,直接日本獣医師会にいえばよいという傾向が会員に生まれてしまう恐れがあるからです.そのような事態になれば,地方獣医師会の存在理由というか,あり方そのものが変わってしまう可能性があるからです.

 2.日本獣医師会とIT革命
 日本獣医師会としてはIT社会における新しい獣医師のありかたについて,きちんとした方向付けをする必要があるでしょう.獣医師全体の目をIT社会に向けるようにして,獣医界が他の業界からデジタル・ディベートを受けるようなことがないようにしなければいけません.IT社会ではきちんと自己主張することが要求される社会になるのですから,メディアに振り回されるような組織ではなく,逆にメディアに獣医師の主張をきちんと伝えられる高いIT能力を獣医師会が持つ必要があるのです.
 IT医療の基本といわれる電子カルテについては,早急に獣医師会としてのガイドラインを出す必要があると思われます.われわれの診療はカルテに始まりカルテに終わるといわれますが,そのカルテの行方をきちんとすることは,われわれの仕事を大切にすることに他ならないからです.

V.問  題  点
 さて,このように有意義なIT革命ですが,このような変革を押し進めようとした時に,考えておかなければいけない問題点がいくつかあります.

 1.設備投資やトレーニング
 値段が安くなったとはいえ,パソコンはテレビなどの家電と比べてもまだまだ簡単に買えるほどの価格ではありませんし,ましてや検査機器や手術器械ほどなくてはならないものというわけでもありません.また,キーボードを打つことはもちろんのこと,ワープロやデータベースの操作には,ある程度のトレーニングが必要になります.日々の臨床で忙しい小動物の臨床家にとって,新しい技術を習得することはそれなりの努力が必要になるでしょう.一般的なIT講習はもちろんですが,獣医師として必要なIT技術の習得を図る工夫が獣医師会に必要になると思います.
 

 2.デジタル・ディベートDigital Divide
 ITが普及すればするほど,逆にITを使いこなせない獣医師とITを使いこなす獣医師との間に一種の階級分裂が生じる可能性があります.IT能力の有無によって獣医界にそのような不調和が生まれることは避けなければなりません.
 その一方では,IT能力に長けたはずの若い人がネットワークに入りたがらないといった傾向もみられています.現在の若い世代はパソコンによるネットワークよりも,携帯電話によるパーソナルなネットワークを得意としている世代なので,本格的なIT世代とはいえないのです.
 もちろんデジタル技術になじみの少ない高齢者にとっては,従来どうりの方法で仕事ができる現状において,わざわざパソコンだとかネットワークだとかをいまさら始める必要性はわからないのは当然でしょう.しかし,社会全体がITを取り入れて来るようになると,医療も公共事業もさらに毎日の買い物や娯楽でさえITを知らなければ自分の思うようには進まなくなることは事実なのです.近所まで電話を借りに行っていた昭和30年代から,小学生でも携帯電話を持つような時代になり,金持ちの象徴であった自家用車が,今や成人一人一台持つといわれる時代になったように,IT革命は社会に溶け込み,個人が好むと好まざるとに関係なく自然と進んで行く時代の流れなのです.  

 3.近医とのコミュニケーション不足
 ネットワークが進んで来ると遠くの有名な先生達と直接コンタクトが取れるようになります.これはITの長所でもあるのですが,その反面近くの獣医師同士とのコミュニケーションが希薄になる傾向があります.しかしこれでは本末転倒でしょう.ネットワークというのは近くも遠くも一つのつながりとして同列に存在しなければ本当の意味はないのです.その意味でもIT革命は獣医界全体で末端から中央まで一貫した計画で進めていかなければいけないものだと思います.

 4.批判が多くなる
 IT時代になると飼い主にも多くの情報が提供され,時には獣医師を上回る知識を持つこともあります.そのような飼い主は獣医師の行為に対してあらぬ不信感を持つことも多くなるでしょう.そしてメールなどで獣医師や病院に対して苦情や批判をすることもたやすいのです.
 また,獣医師会においては個人会員から直接獣医師会へメールで意見をいうことができるようになるという大きなメリットの反面,どうしても批判が多くなってしまいがちです.

 5.社会の変化が早い
 IT革命は全世界的な一大改革ですから,個人が好むと好まざるとに関わらず急速なスピードで進んでゆきます.しかし,人の医療と違って獣医療においては,大病院といわれるようなものはほとんどなく,個人開業の中小規模の動物病院がほとんどですから,組織だったIT革命は進みにくい環境にあります.このまま獣医師がIT革命を意識しないでいたら,獣医師は社会から取り残されてしまうのではないかと危惧しています.

V|.終 わ り に
 IT革命なんて私には関係のない通信会社の話だろうと思っていましたが,今回いろいろと調べてみると実際は自分たち獣医界を含めたすべての業種はもちろん,個人生活である社会福祉や介護にまで深く関与するとてもきな社会変革を示す言葉だということがわかりました.本稿を読むことで一人でも多くの獣医師がITに目覚め,その恩恵を受けることができれば幸いです.

参 考 文 献
[1] IT特別講座:URL : http://www.itkoza.go.jp/no_ flash/t_kouza/t_1_1.html
  [2] 21世紀の医療情報:IT革命は医療をどう変えるか,2001年新春座談会,宮城県医師会,
URL : http:// www.orth.or.jp/Isikai/content/21seizadan.html
  [3] 医療の電子化による病院運営の方向: URL : http:// www.apple.co.jp/solution/medical/hospital_report/report-1.html
  [4] 岩城隆昌:獣医師のインターネット利用法(その1),パソコン初心者がインターネットを利用するには,日本獣医師会雑誌,Vol. 53,No. 7,日本獣医師会(2000)
  [5] 岩城隆昌:獣医師のインターネット利用法(その2),インターネットを利用した情報収集とその検索(国内編),日本獣医師会雑誌,Vol. 53,No. 8,日本獣医師会(2000)
  [6] 岩城隆昌:獣医師のインターネット利用法(その3),インターネットを利用した情報収集とその検索(国外編),日本獣医師会雑誌:Vol. 53,No. 9,日本獣医師会(2000)
  [7] 獣医師法:URL : http://www.mmjp.or.jp/yokojyuu/ low/low/low 011.html
  [8] 西 和彦:ITの未来を読む365冊+α,日経BP社(2001)
(2000年6月5日)