平成12年度版通信白書(総務省郵政事業庁)によるとインターネットの利用者は平成11年において2,706万人で前年比59.7%も増え,企業普及率は88%を越えています.この調査では,4年後の平成17年のインターネット利用数は,7,670万人と平成11年の約3倍になると予測されています.
では,われわれ獣医界ではどうでしょうか.日本獣医師会のアンケート調査によると,診療施設を持つ獣医師でパソコンを持っているのは全体の67%であるという結果が出ました.また,その中でインターネットができると答えたのは約7割でした.ということは診療施設を持つ獣医師全体の50%しかインターネットで情報を得ていないことになります.
曲がりなりにも最新のテクノロジーを駆使しなければいけないはずの医療の一翼を担う,われわれ獣医師が50%のインターネット普及率であるということは,なんとも情けない状況であるといわざるを得ません.このままの状況では獣医界は社会の進歩から立ち遅れてしまうことは明白な事実でしょう.
そこで,今回私なりにITと獣医療というテーマで,われわれ獣医師,特に小動物関連の獣医師にとってのITの意味はどこにあるのか,さらにIT革命の中でわれわれはどうしたらよいのかを考えてみました.
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|.IT革命とは
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IT(Information Technology)とは日本語では「情報通信技術」とされることが多いようです.その意味は「コンピュータとネットワーク(特にインターネット)に関連する技術」のことです.しかし,いまやITはパソコンが使えるか使えないかといった単なる技術の問題だけにとどまるものではありません.IT革命によって仕事はもとより,遊びや学問といった生活そのものの質が変化し,社会の価値観が新しく生まれ変わるのです.IT革命は日本という国家そのもののあり方も変えてしまうほどの大変革なのです.
たとえば平成13年度(2001年度)末までにすべての公立小学校がインターネットにつながります.そしてあと20年もするとインターネットを小学校で体験した子供たちが,獣医科学校を卒業し,われわれと同じ獣医師として社会で活躍するようになるのです. |
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1.日本のIT革命 |
平成13年1月6日に「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法(通称:IT基本法)が施行されました.IT基本法には,ひとことでいうと「日本がIT革命をどうやって起こし,そこで何を目指すか」という基本的なことが述べられています.今,日本ではIT革命で行われるさまざまな変化を支えるために多くの法律の制定や改正などが進んでいます.さらに通信業界を初め産業界,もちろん教育や医療の分野においてもIT革命は急速に進行しています.このようにIT革命は社会全体に影響を及ぼす全国的な変化ですから,われわれ獣医界においても当然対応を考えないわけにはいかないのです.
政府広報によれば平成17年(2005年)末までに,日本は世界最先端のIT国家になることを目指しているそうです.なぜそんなに急いでいるのだろうか? と疑問に思われる先生もいらっしゃるかもしれませんが,諸外国のIT革命と比べると日本におけるそれはずいぶんと遅れているのです.ITの分野では日本は先進国ではなく後進国なのです.世界的な規模で有意義な情報がデジタルでやりとりされるようになった現在においては,IT革命を成し遂げない業界は社会から取り残されてしまうのは明白です. |
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2.獣医療におけるIT革命 |
では,獣医療におけるIT革命とはどのようなものを指すのでしょうか.それには大きく分けて次の3つがあると思います. |
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1) |
獣医療ネットワーク:LAN,インターネット,バーチャル総合動物病院等 |
2) |
診療のデジタル化:電子カルテ,データベース,論文等 |
3) |
獣医師会を始めとした組織のデジタル化:獣医師会,ホームページ等 |
この3つを柱として獣医療におけるIT革命は進行される必要があるのではないでしょうか. |
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||.獣医療ネットワーク
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1.LANを使った病院内部のネットワーク |
病院施設内の患者情報や血液所見,レントゲン写真などの一次情報をデジタル化することによって,ほかのスタッフとともにデータを共有し再利用することができます.複数のスタッフのいる動物病院においては,スケジュールの調整や院内メールシステムによるコミュニケーションの強化,文書の共有化による効率アップが図れるようになるでしょう.
現状の動物病院では入院治療時の見積り,退院時の報告書など,一般企業では当然のように行われている,行き届いたサービスが行われていないというのが現状です.このような状態も会計システムを用いて,電子カルテと連動させれば診療支援だけでなく経営支援をするツールとしても利用できるでしょう. |
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2.インターネットを使った外部とのネットワーク |
ITの大きな要素であるインターネットを使うことよって,全世界とのネットワークができるようになりました.さらに24時間回線を継いだままにできる常時接続も一般的になってきました.これによってインターネットもまるでテレビや電話のように,特別な意識を持たないでいつでも好きな時に利用できるようになります.
インターネットは情報を得るばかりでなく,自分でさまざまな情報を発信することもできます.つまりIT社会は個人の持てる力や発想,創造力などを世界規模で時間や空間を超えて発揮できる新しい世界というわけです.たとえば学会における発表も,インターネットを使えば何らかの事情で会場へ行くことがむずかしい場合でも,別な場所で発表することさえ技術的には可能になりました.
さらにまた,インターネットは開業医と専門医または大学病院など地域を越えて結びつけることができます.大学再編成によって国立大学の数が激減します.これまで大学と頻繁にコミュニケーションできていた地域も,再編成によって大学との連携が困難になってしまうでしょう.しかしインターネットを用いれば,距離の差はないも同然です.わざわざ動物を専門家のもとに運ばなくても,自分の手術室で専門家の指示を直接受けながらの遠隔手術までできる条件は揃ってきています.
すでに人間の医療では,各地から送られてきた画像をレントゲン専門医が診断し,メールやファックスで結果を届けるサービスが実用化されています.さらに離島における遠隔手術も実用化されようとしています. |
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3.バーチャル総合動物病院 |
気の合った仲間どうし,たとえば皮膚科が得意な獣医師や内科が得意なもの,整形外科が得意なもの,それら獣医師が10人くらい組んで,それでネットワークを作れば,グループ診療がネットでできてしまいます.インターネットが常時接続になっていれば,診療中に100
km離れた病院でディスクに向かう獣医師に対して,この皮膚疾患は何でしょう? とテレビ電話のように相談することができます.ほとんどリアルタイムで返事がもらえるスピード感覚であれば,同じ病院で同時に診療をやっているのと同じことになるわけです.
個人の専門病院が経営的に成功するためには,顧客の多い都会で開業しなければむずかしいのに比べて,バーチャル総合動物病院の場合にはどんなに距離が離れていても,極端にいえば外国であったとしても,グループ診療ができることになります.特に単科診療が基本の医者と違って,全科診療の獣医師のほうが,お互いのアドバイスを活かしやすいのではないでしょうか. |
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|||.診療のデジタル化
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1.電子カルテ |
これまでもペーパーレス・カルテとしてカルテの電子化への試みは何度も行われてきましたが,技術的,法律的,価格的な問題などのためほとんど実用化されてはいませんでした.しかしIT革命において電子カルテは医療における必要条件であるとさえいわれています.
2002年以降にはタブレットPCと呼ばれる新しいパソコンが発売されることになっています.これは入力装置としてキーボードを使うのではなく手書き入力が主体となる“次世代”ノートパソコンです.これが普及すれば電子カルテの最大のネックである入力の問題がクリアされることになるでしょう.紙のカルテにボールペンで書くように,手書きでボードに書いたものがデジタル・データに変換されて入力されるのです.また,ネットワークに関しては,すでに無線によるネットワークが一般化してきており,無線LANを用いれば診療所内のどこからでも入力作業が行えるようになります.軽量化と入力方式の改善によって,これまで置き場所が固定されていたパソコンが,紙のカルテのようにどこへでも自由に持ち運べるようになるのです.
法律的な問題もクリアされてきています.人間の医療の場合には平成11年4月22日付で,厚生省から各都道府県知事宛に「診療録の電子媒体による保存について」という通知が出されています.これによると現在,法律で「紙による保存」を義務づけられているカルテをはじめとする診療録諸情報は,今後,次の3条件の技術的基準を満たしていれば電子保存してもよいというものです. |
1. |
真正性の確保:改竄のないこと,記述者が明確にわかることなど |
2. |
見読性の確保:要求に応じ,紙やモニタ上で提示できること |
3. |
保存性の確保:事故や災害によるデータの紛失や損失を防ぎ,バックアップ体制を採ること |
獣医師法第21条には「診療に関する事項を診療簿に遅滞なく記載しなければならない.」とあります.もちろん何にどのように記載するのかということは明白に示されてはいませんが,これまでも獣医療は人間の医療に準ずると考えられているので,法律的にみても電子カルテを利用することの障害は少ないでしょう.
価格の点についても,パソコンなどのハードウエアの価格はかなり安くなっています.ただし,電子カルテなど獣医療専用ソフトウエアについては,いまだ高価なものも多く,これからの改善が期待されるところです.
導入に関しては上記のようにかなり問題点も少なくなってきていますが,実際の運用となるとまだまださまざまな問題点があります.
特に,電子カルテの使用にあたっては,1)飼い主のプライバシー保護,2)電子カルテの証拠能力・証明力の確保,3)施設間の相互利用法に注意しなければならないといわれています.
電子カルテ使用が最終的には取り扱う獣医師の自己責任であるとしても,電子カルテの証拠能力・証明力の確保→データの改竄防止に関しては人間の医療ほどではないにしろ,訴訟問題が増大している現状を鑑みると,われわれ獣医師においても獣医師会などの公的機関が電子カルテの内容を認証できるようなシステム開発が望まれます.
以上のようなことから電子カルテ利用については,早急に獣医師会がガイドラインを明示する必要があるのではないでしょうか. |
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2.データベース |
病院内のさまざまなデータがデジタル化されパソコンで管理できる形になると,それらデータを活用して新しい知見を見出したり,経営の効率化を図ることができるようになります.一言に獣医療に関わるデータといっても,直接診療に関わる学問的なことから,動物病院の経営に関するもの,スタッフ向けの情報や飼い主への情報など多くのものがあります.そのおもなものを以下に上げてみました. |
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1.獣医師に関連するデータ |
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(1) |
学問的なもの
卒後教育 講習会データ 薬剤データ 副作用データ 伝染病データ 文献データなど |
(2) |
経営的なもの
収支データ リース情報 オーナー苦情データ 求人情報など |
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2.動物病院スタッフ向けのデータ |
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院内マニュアル スタッフ教育 スタッフセミナー・データ 求人情報など |
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3.一般向け情報
獣医療相談 動物病院データ 料金情報 求人など |
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データの中には個人で管理すべきパーソナルデータもあります.その一方で文献データベースのような獣医師界共有財産のようなデータもあります.特にこのような共有によって入力や作成の手間を省けるデータは,獣医師会のような組織が作成・運営にあたる必要があるのではないでしょうか.また,学会などの抄録データについても積極的にデータベース化して,学術発展の強力なマテリアルにする必要があると思います. |
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