北海道株(Os-ima 5-11、I-1、3-6、5-10、C-1、A-1)はSofjin株とハバロフスク株(KH98-2、98-10、98-5)とともに極東型ウイルスとして同一のクラスターを形成した.次に極東型ウイルス各株の同義置換距離をもとに系統樹を作成した(図5).これらのウイルスは北海道株および極東株で各クラスターを形成した.これらの株の平均同義置換率を計算したところ、2.9×10−4となった.この平均同義置換率と同義置換距離をもとに北海道株とハバロフスク株の分岐の年代を計算したところ、これらの株は約260〜430年前に分岐したと推定された.したがってダニ媒介脳炎ウイルス北海道株は極東地区において数百年前に出現したと推定された[4]

5)流行地の分布


 患者発生地区以外の道内におけるウイルスの汚染地を特定する目的で犬および馬の血清による抗体調査を実施した(表9)[11].その結果 、渡島、檜山、後志および胆振の道南4支庁に抗体陽性個体が検出された.この成績より、ダニ媒介脳炎ウイルスの汚染地は患者発生地区だけでなく道内に広く分布していることが判明した.

図5. 北海道と極東ロシアで分離された極東型ダニ媒体脳炎ウイルス株の系統樹

5.おわりに

  わが国で報告のなかったダニ媒介脳炎の患者が1993年に発見され原因ウイルスが犬、マダニおよび野ネズミから分離された.これらのウイルスは病原性の著しく高い極東型(ロシア春夏脳炎型)と同定された.これらのウイルスはロシア極東地区で数百年前に出現したと推定された.またウイルス汚染地区は道内に広く分布していることが判明した.
 幸いにもわが国ではその後、ダニ媒介脳炎の患者の発生は報告されていない.しかしシベリアと極東ロシアを中心にロシアだけでも毎年9,000名前後の患者発生が報告されている.近年、日本とロシアとの交流が活発となる中、毎年7,000名以上の邦人がロシアを訪問しており、これら邦人の大部分はワクチンの接種を受けておらず感染・発症が懸念される.このような状況下でロシアなど国外の流行地に旅行する日本人および国内の流行地区の住民を対象としたダニ媒介脳炎予防のためのワクチンの実用化が緊急の課題となっている. 本研究は文部省科学研究費および厚生科学研究費新興・再興感染症研究事業の補助によった.


引用文献
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(11) Takeda T、Ito T、Osada M、Takahashi K、Takashima I : Am J Trop Med Hyg、60、287-291 (1999)
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