アルボウイルス感染症の疫学

高島郁夫    早坂大輔    苅和宏明

北海道大学大学院獣医学研究科環境獣医科学講座公衆衛生学教室
(〒060-0818 札幌市北区北18条西9丁目)

Epidemiology of Arbovirus Infection
Ikuo TAKASHIMA、Daisuke HAYASAKA and Hiroaki KARIWA
Laboratory of Public Health、Department of Environmental Veterinary Sciences、
Graduate School of Veterinary Medicine、Hokkaido University、Kita-ku、Sapporo
060-0818、Japan

1.アルボウイルスとは

アルボウイルス(Arbovirus)は節足動物媒介性ウイルス(Arthropod borne virus)の略語で、蚊やマダニなどの吸血性節足動物体内で増殖し、それらの吸血活動によって脊椎動物に伝播されるウイルス群の総称である.世界各地で約400種類ほど存在し、分類学的にさまざまなウイルス群から構成されている[8]. 表1に主要なアルボウイルスを示した.アルボウイルス感染症の多くは人獣共通感染症としての特徴を有し、またその症状は発熱、出血、脳炎、流産などさまざまである.媒介節足動物は蚊、マダニ、ヌカカ等であるが各ウイルスごとに、また流行地域ごとに、媒介節足動物の種(Species)は異なっている.

2.アルボウイルスの生態学的特徴


一般にアルボウイルスは次のような生態学的特徴を持つ.

a)ウイルス血症期の感染脊椎動物を吸血した蚊やマダニなどの吸血性節足動物では、一定の体外潜伏期(extrinsic incubation period)を経た後、媒介能を獲得する.すなわち、吸血性節足動物でウイルスは、まず中腸細胞で増殖し、次いでヘモリンパ系を介して唾液腺、卵巣、脳などの親和臓器に達してさらに増殖し、約2週間ほどの潜伏期の後、唾液にウイルスが出現し、ウイルス媒介能を示すようになる.

b)媒介能を獲得した節足動物の吸血により感染した脊椎動物は、4〜5日目頃から数日間にわたって、ウイルス血症を起こし、吸血性節足動物に対する感染源となる.また、感染脊椎動物のうち高濃度のウイルス血症を長期間持続し、多数の媒介節足動物を一挙に有毒化させるものを増幅動物(amplifier)と呼んでいる.

c)一般に脊椎動物は、感染後、強い免疫を残すためにその後病原巣となることはない.

d)世界各地にはさまざまなアルボウイルスが存在するが、その多くは媒介節足動物の生態や分布に依存して地方病的に発生する.

e)熱帯では通年流行する.しかし温帯と寒帯では、流行は媒介節足動物の活動の盛んな夏期(または春期)に発生し、明瞭な季節変動を示す.

3.アルボウイルス流行に関する生態学的因子
アルボウイルスの分布域拡大と流行はしばしば以下に示すような人間の経済活動による自然生態系の改変とそれに続くアルボウイルスの自然界での感染環の変化に起因する.

a)熱帯森林地域にヒトと家畜が集団で移住し、それまで接触のなかった節足動物に吸血されるようになる.

b)森林を伐採し森林と農地の境界を新たに造り、それにより家畜が節足動物に吸血されるようになる.

c)節足動物のコントロールに考慮をはらわない潅漑システムによって節足動物が大量 に発生する.

d)計画性のない都市化により水たまりや排水溝が増え、節足動物が大量 に発生する.

e)航空機による長距離の交通によってベクターの節足動物が移動する.

f)家畜の長距離移動が増え、それに伴ってウイルスとダニ等の節足動物も移動する.

g)人間が造ったため池を渡り鳥が新しい渡りのルートとして利用し、ダニ等が拡散する.