術後痛の激しい手術の後で使う鎮痛薬は?
竹内: それでは今お話していただいた術後痛が特に強い手術というのは,どんなもので,どのような術式を使った場合か? そして,どのように対処しておられるのでしょうか?
マシューズ: 特に整形外科関係の手術,骨折の手術等だと思います.ただこの場合には,骨折周囲の軟部組織の炎症によっても痛みが強く出てきます.このような場合には,ケトプロフェンなどのNSAIDsを術後に投与します.また膀胱切開をする際の膀胱炎のように,一般 に,手術する前に炎症が存在している場合には,強い痛みを引き起こす可能性があります. ところで,非ステロイド性の鎮痛剤を使う場合には,必ず腎疾患ないし腎不全,ならびに脱水の有無を確かめる必要があります.血圧も正常でなければいけませんし,出血を起こすような状態であればこれも使えません.
山下: 僕らの病院でも,やはり整形の手術,そして脊椎の手術ですね.基本的に腎機能などの問題がなければ,手術終了後メデトミジン5μ gを抜管直後ぐらいに入れ,手術終了後頭を挙げた頃にNSAIDsのジクロフェナクナトリウムの座薬を投与しています.それでもまだ痛みがあるようなら,ブトルファノールを手術終了後数時間経った夜中と翌朝ぐらいに使います.
西村: 私のところは,モルヒネとブトルファノールが主体です.
竹内: 西村先生のところでは,前投薬としてもそのような薬を使用しておられるのですが,そうすると術後痛はあまり問題になりませんか?
西村: はい,最近術後痛で困ることが少なくなりました.手術の種類によっても細かく変えていきますけれど,主としてブトルファノールかモルヒネの入った前投薬を使いますが,多くの場合,チオペンタールで導入後,硬膜外にモルヒネかモルヒネとブビバカインのコンビネーションのどちらかをワンショットで入れています. また,整形外科の手術だったら,術前に神経ブロックをする場合もありますし,終わった時点でもう1度局所にブビバカインを使います.乳腺腫瘍の手術後や上腹部の手術後の腹腔内にもブビバカインを使います.
マシューズ: 断脚術も大変痛い手術ですが,神経を切断する前にブビバカインにより神経ブロックをすると軽減できます.
西村: 術後に痛みがコントロールされていない場合は,ブトルファノールかモルヒネを使います.
マシューズ: もっと長時間の鎮痛が必要な場合には,先生方は何を使ってらっしゃいますか? ブトルファノールは大体2時間位 ,またモルヒネは4時間位しか作用時間がないのです.
西村: ブトルファノールはひどい場合には1〜2時間おきにずっと打ち続けることもあります.それで痛みが治まらなかったら,モルヒネのインフュージョンを行っています.
竹内: もし日本で,2日〜3日間術後の痛みを防ぐよいNSAIDsがあれば,やはりその方が使いやすいと思われますか?
西村: そうですね,是非使ってみたいと今は思っているのですけれど.
竹内: マシューズ先生の場合,主としてケトプロフェンを使っていらっしゃるのですか.
マシューズ: そうです.特に整形外科の手術ではケトプロフェンをよく使います.猫でおもしろい経験があります.膀胱結石の取り残しを取るために再度手術をしたところ,術後かなりの痛みがみられ,食欲もなくなってしまいました.この症例ではオピオイドは効果 がなかったのでケトプロフェンを使ったのですが,大変効果がありました.私の考えでは,オピオイドで効果 がない場合には,NSAIDsが大変有効な場合があります.
  さてそのNSAIDsの量ですが,特に老齢の動物や手術時間が長くなった場合などでは,副作用の可能性がやや高いので,オピオイドを使うとともに,能書に書かれている投与量 の半分だけ使います.この薬剤は大体1時間くらいで効果が出ますので,1時間ないし1時間半して改善の兆候がみられない場合には,半量 を追加します.能書に書かれている最大量を決して超えないように注意します.しかし,若い動物や脱水もない普通 の症例では,術後にブトルファノールあるいはモルヒネを投与するとともに,ケトプロフェンも投与するようにします.ケトプロフェンは効果 が長時間,12時間位持続することが期待できますので,夜われわれもベッドで眠れるチャンスが増えるわけです.
竹内: そうしますと,NSAIDsは1回でも術後痛をかなりコントロールできるということでしょうか?
マシューズ: NSAIDsは炎症による刺激はもちろん,手術の侵害刺激を侵害受容器興奮のところでカットして痛み自体をストップさせるのですから,ずっと投与していく必要はあまりないのです.一方オピオイドの場合には,繰り返し投与して,自然と体から痛みが消えていくの待つことになります.ただ1回投与するだけで絶対に十分だとは保証できないとは思います.
竹内: いずれにせよ,一つの利点ですね. ありがとうございました.日本でも新しい動物用のNSAIDsが早く発売されて,その恩恵に浴する時がきて欲しいですね.それではいろいろな痛みがあることとともに,いろいろな薬を適切に使えば痛みをコントロールすることは可能だという話が出揃いました.
  そこで今日の座談会のまとめとして,獣医診療における痛みのコントロールの重要性について,獣医界に対するメッセージを,一言づつお話しいただけませんか.

獣医師に贈る疼痛制御のメッセージ
マシューズ: 内科的原因,あるいは外科的原因での痛みを動物の身になって感じ,取り除くことは,人道的な観点からみてもわれわれ獣医師にとって最も重要なことだと思います.
  私は疼痛について学生にいろいろ教えていますが,彼らは概してオピオイドを使うことを大変不安に思っているようです.しかし,インターンやレジデント等の若い先生方を含めていったん使い始めると,オピオイドやNSAIDsを頻繁に使うようであります.これは,一般 に新しい薬を使う場合によくみられる現象です.ところが,教授クラスになりますと,使い始めるのに少し時間がかかるようです.
  今日は大学で教えられている先生方が多いと思いますが,どうぞ学生に教育する時には,オピオイドの使い方をかなり強く薦め,またNSAIDsの適用と禁忌についても教えて下さい.学生の時にそういった教育を受ければ,卒業した後でも心配なくこういう薬を使うはずだと思います.
竹内: そうですね,やはり教育は,職業人としての価値観や価値判断に大きな影響を持つはずです.動物を人道的に扱う立場からも,正しい鎮痛薬の使い方についての教育はきわめて大事でしょう.
大橋: うちの大学では盗難事件が増えたため,3年か4年前にオピオイドを使うのをやめたのですが,もう1回考え直して是非使ってみたいと思います.
西村: 動物の痛みを取ることについては,日本の場合は,獣医師よりはかえって飼い主の関心のほうが強いような気がするのです.われわれはきちんと対応する義務があると思います.
竹内: 西村先生の大学がある東京にいる人達の関心と地方とは少し違うでしょうか?
山下: 今までは,やはり麻薬管理上の不安があったのだと思うのですが,病院のスタッフが一致して使う方向にはなっていませんでした.今回をキッカケにして変えられないか,上の先生達にも話しをして……,と考えているところです.
武部: 僕は今回学会とこの座談会に出て,臨床家として本当によい収穫を得ました.しいていえば,カルチャーショックを受けたというのが僕の心境です.
マシューズ: カナダではオピオイドを持っていることに対して,何ら特別な意識というのはもうなくなっているようです.ちょうど抗生物質を持っていたり,あるいはその他の普通 の薬を持っているのと同じような感覚でみなさんモルヒネを持って使っています.
竹内: ありがとうございました.大変熱心に楽しいお話をしていただきましたが,食わず嫌いを捨て,よい物を取り入れることの重要性を再認識して終わることになりそうです.
  今日のこの座談会が,動物の鎮痛制御の重要性に関する私達獣医師,さらには日本の獣医界全体の認識を高め,動物の痛みを知り,それをコントロールできる職業人として社会により大きく貢献する上での一助になることを期待して終わりたいと思います.なお今回は,小動物に限らせていただきましたが,できることならば,このような理解と対応が他の動物にまで適切に拡がることを願って止みません.
  最後になりましたが,われわれの勝手なやり取りを逐一正確に通訳して下さった直井先生ならびに今回の企画を陰で支えて下さいました,スポンサーのメリアル日本全薬株式会社に対し,心からお礼申し上げます.