ワクチンの使用は国が必要と判断した場合にのみ指示によって使用することができる.このため,わが国では不測の事態に備えて近年の流行株の抗原性状を勘案してワクチンが備蓄されている.しかし,上述したように口蹄疫ワクチンは不活化ワクチンで,その効果は,たとえば豚では豚コレラワクチンのように優れたものではない.また,ワクチン製造に用いているウイルスの抗原性が,流行株と同一である確率は理論的には低く,著しく異なる場合には効果がないか,あっても弱いので感染を阻止できないという問題や,ワクチンによる免疫成立までに日数を要するなどの問題がある.さらに前述したように,免疫持続期間が比較的短いこと,幼獣の免疫応答が弱いこと,ワクチン接種後の抗原変異や移行抗体の問題など多くの問題もある.また,ワクチン接種しない清浄国の地位を保つことが,畜産物の国際競争力を維持できるという経済的な理由もある[61].このため,ほとんどの先進国では,口蹄疫の発生があった場合にも迅速な殺処分を防疫の柱とし,ワクチンの使用は,発生が多く殺処分のみでは防疫が間に合わない場合に一時的に地域を限定して蔓延を防止する,いわゆる周辺ワクチネーション(戦略ワクチン)を実施することにしている[5, 36, 87, 94].この方法は,清浄国に復帰するまでの期間を短縮し,その経過を容易にするためでもある.さらに,ワクチンを接種した動物は,ウイルスの感染を隠すため,接種動物は移動を禁止して発生が終息した時点で淘汰する方法がとられる[85].このため,防疫のためであってもワクチンを使用した際には,OIEは清浄国への復帰条件として病原ならびに血清学的な全国調査を義務付けている[85].こうした事態に備えてすでに家畜の個体識別制度を導入した国や地域もある[36].このように,清浄国で発生時の緊急防疫のために使用するワクチンは,OIEが国際衛生規則で定めている清浄国への復帰条件を見据えて使用されるべきものである.

お わ り に

  口蹄疫には,伝染力が強い,宿主域が広い,早期発見が難しい,および,ワクチン効果に限界があるなどの防疫上の基本的な問題があり,世界の畜産業にとって,輸出国,輸入国のいずれの立場でも,最も重要な家畜伝染病に位置付けられている.このため,農産物の流通を著しく制約する口蹄疫に対しては,汚染地域では周辺国との協力で広域の清浄化計画が進行中であるとともに,清浄地域では周辺国あるいは経済圏単位で共通の防疫対策がとられている.一方,わが国は世界でも最大級の畜産物輸入国であると同時に,国際的には依然相当数の飼養家畜を有する畜産国でもある.こうした状況下で,口蹄疫が侵入,蔓延して防疫に手間取るような最悪の事態を想定すれば,国内畜産業は多大の直接的な経済被害を受けるばかりでなく,現在制限されている地域の畜産物との内外価格差を考慮すると,わが国の畜産業全体がきわめて厳しい立場におかれる恐れがある.ワクチンを使用しない完全な口蹄疫清浄国の立場を保つことが,国内畜産業の安定の前提になっている.したがって,万一本病が発生した場合にも,被害を最小限にとどめ常在化させることのないよう,口蹄疫の病性を理解し迅速,的確な対応をとる必要がある.