さらに,その後モノクローナル抗体による抗原決定基の解析が進んだこと[66],流行疫学の分析に遺伝子の相同性解析に基づく分子疫学手法が加わったこと[10, 77]などから,現在の口蹄疫WRL責任者であるKitchingらは,1988年に従来から実施してきた分離株のサブタイプ表示を中止し,株間の抗原関係の解析に液相競合エライザ・サンドイッチ法を用いることを提案した[64, 65].現在ではこの方法により抗原解析が実施されているが,こうした提案の背景には,サブタイプ分類に関する従来からの問題点に加えて,抗原決定基の構造解析が進みサブタイプ分類が実際上意味を持たなくなったこと,ワクチンバンクなど新しい防疫システムが普及し,免疫血清の作製に時間を要する従来のサブタイプ分類は,バンクワクチン株を緊急に選択するためには迅速性に欠けることなどがある[64, 65].新規提案された方法では,株間の抗原関係r1は,牛標準血清に対するヘテロウイルス株とホモウイルス株の抗体価の比で表される.実際にはr1値が0.7を越える場合に,相互のウイルス株の間に交差感染防御能があると推定される.さらに,分離株を血清型/分離地/株番号/分離年/抗原型(R;抗原的に最も近縁な参照株またはワクチン株番号)/遺伝子型(G;遺伝的に最も近縁な参照株番号)で表示する統一命名法も提案されている[64, 65].抗原型はワクチン株の選択など実際の防疫活動に重要な情報を提供する.一方,遺伝子型は抗原決定基を含む1D遺伝子領域(VP1をコード)の相同性解析に基づくもので,ワクチン株との関係に加え,次項で示すように伝播経路の究明など流行疫学の解析に活用されている.さらに,各地の流行株に対するモノクローナル抗体を一元的に収集し,そのパネルを作製してより迅速にウイルス抗原の解析が実施できるよう計画が進められている[46, 61].
  5)ウイルス株の分子疫学
  ウイルス株間の遺伝学的な近縁関係の究明は,国際的なウイルスの伝播経路を明らかにする重要な手法となっており,地球規模での口蹄疫の防疫に役立つ[101].従来手法では,ウイルス蛋白のポリアクリルアミド電気泳動やRNaseT1フィンガープリント法による塩基の泳動パターン解析が用いられてきたが[28],手法が複雑で時間を要するばかりでなく,解析も複雑であること,ウイルスRNAのごく一部の比較に留まることなどの問題もあって,今ではウイルスRNAの相同性解析が行われるようになった.特に,RThPCR法で増幅した特定部位(1D領域)の相同性解析手法は,微量のウイルス材料でも解析が可能であるばかりでなく,迅速に株間の遺伝的近縁関係を求められるという利点がある[46, 61].1997年の台湾における口蹄疫発生でも,口蹄疫WRLは発生後ただちにこの手法で分離株が近年の東南アジアの流行株に遺伝的に近縁であることを明らかにしている.