5.診     断

  1)世界の口蹄疫診断の現状
  口蹄疫の発生は畜産物の国際流通に多大の影響を及ぼす.このため,各国が検疫検査に使用する診断手法を統一する必要があって,材料の採取,輸送,検査手法はOIEによってマニュアル化されている[41].わが国を含めて各国はこの診断マニュアルに準じた診断方法を採用している.またOIE加盟国には,診断が確定すると国際機関と関連国に対して迅速な通報義務が課せられており,その後関連国との間で防疫のため種々の国境措置が取られることになる.したがって,口蹄疫の診断は各国とも国家レベルで実施することになっている.また,迅速な国内防疫を図るためには,単に口蹄疫であることを診断したのみでは意味がない.タイプの決定,ワクチン株との関係,清浄化対策など迅速な防疫に不可欠なさまざまな診断手法が必要になる.その中には,各国で実施できる段階のものもあれば,国際機関との連携が必要になるものもある.さらに,口蹄疫ウイルスの抗原は変異を起こしやすく,地域的にみればかつて流行の主流であったウイルスが消える一方で,新しい抗原性状を示すウイルスが絶えず出現している.このため,地球規模の診断体制が必要で,OIEと国連食糧農業機関(FAO)は,World Reference Laboratory for Foot-and-Mouth Disease(以下口蹄疫WRLと略;英国家畜衛生研究所のPirbright Laboratory内に設置)を置くとともに,各地域にRegional Reference Laboratory for foot-and-mouth disease(以下口蹄疫RRLと略)を指定して,その診断業務を分担している[41].1996年現在で口蹄疫RRLは,ロシア(全ロシア家畜衛生研究所,ウラジミール),ボツワナ(ボツワナワクチン研究所,ガベロン)およびブラジル(汎アメリカ口蹄疫センター,リオデジャネイロ)の3機関が指定されている.分離株間の近縁関係はワクチン株の選択と流行疫学の把握に重要であることから,英国に設置されている口蹄疫WRLでは,ほぼ世界全地域の流行株について,抗原型と遺伝子型の双方の解析を担当しその情報を世界に提供している[41].
  2)日本における口蹄疫の診断
  わが国は口蹄疫のワクチンを使用していない清浄国である.したがって,ワクチン接種を行っている地域で問題になるキャリアー動物の問題はなく,ウイルスの隠蔽(masked infection)は起こらないことを前提に,感染動物や発病動物の摘発を行う.口蹄疫を疑う疾病が発生した場合には,水疱病変の分布や形状などの臨床観察のほか,本病が最も伝染しやすい疾病であることを念頭において,同居豚,農場内および周辺農場への伝播状況などの疫学的状況を正確に把握する必要がある.また,患畜は病変形成の前からウイルスを排泄するので,発生農場を中心に数週間前からの家畜の出荷先と導入元を正確に把握して追跡調査を実施する必要がある.口蹄疫の伝播は速く,対応が遅れると被害が広域に及び被害が増大するので,効果的な防疫対策をとるには疾病の摘発から診断までを迅速に実施する必要がある.日本における口蹄疫の診断は,「海外悪性伝染病防疫要領」に基づいて実施する.病性鑑定材料の採材と運搬方法も,この要領に細かく記載されている.また,口蹄疫の実験室内診断は,わが国では農林水産省家畜衛生試験場海外病研究部(東京都小平市)の高度封じ込め施設内で安全に実施するように定められている.