口蹄疫はピコルナウイルス科アフトウイルス属に分類される口蹄疫ウイルスの感染による急性熱性伝染病で,伝染力が強く,牛,水牛,豚,めん羊,山羊などの家畜をはじめ,野生動物を含むほとんどの偶蹄類動物が感染する.病名は発病動物の口,蹄および乳房周辺の皮膚や粘膜に水疱が形成されることに由来する.
  口蹄疫による致死率は,幼畜では高率で時に50%を越えることがあるが,成畜では一般に低く数%程度である.しかし,ウイルスの伝染力が通常のウイルスに類を見ないほど激しく,加えて発病後に生じる発育障害,運動障害および泌乳障害などによって家畜は産業動物としての価値を失うために,直接的な経済被害はきわめて大きいものとなる.さらに1度発生すると,国あるいは地域ごとに厳しい生畜と畜産物の移動制限が課せられるため,畜産物の国際流通にも影響が大きく,間接的に生じる社会経済的な被害は甚大なものとなる.このため,国際獣疫事務局(OIE)は,本病を最も重要な家畜の伝染病(リストA疾病)に位置付けている[41, 87].わが国でも本病は家畜の法定伝染病に指定され,その防疫は「海外悪性伝染病防疫要領」(農林水産省畜産局長通達,昭和50年9月16日付,一部改正昭和51年7月5日)に基づいて実施することになっている.
  口蹄疫ウイルスには,相互にワクチンがまったく効かないO,A,C,Asia1,SAT1,SAT2およびSAT3の7種類のタイプ(血清型)がある.さらに同一タイプ内にも,部分的にしかワクチン効果が期待できない,従来はサブタイプ(亜型)と呼ばれていた多数の免疫型が存在する.しかも,ウイルス抗原は変異を起こしやすく,ワクチンのみでは本病の根絶は困難である.さらに,反芻獣が免疫を獲得した後長期間持続感染するキャリア化する問題もあって,現在ほとんどの先進国は,本病に対して移動制限と殺処分方式により防疫を図り常在化を防ぐことを防疫の基本方針にしている.
  本病の発生に関する記載は古く,すでに16世紀半ばにはイタリアでの発生が報告されている.その後,原因がウイルスであることが判明した19世紀末までに,ヨーロッパ,アジア,アフリカおよ南北アメリカなど,ほぼ世界的な発生がみられている.現在もヨーロッパの一部で散発的な,また南アメリカ,アジアおよびアフリカ諸国の広範な地域で常在的な発生がある.これまでに長年発生のない国は,日本,韓国,オーストラリア,ニュージーランド,アメリカ,カナダ,スウェーデン,ノルウェーおよびフィンランドのほか数カ国程度である.後述するように,台湾では過去70年間近く発生がなかったが,1997年に大規模な発生があった.初発例から4カ月の間の累積発生農場数は6,147農場で,そのうち発症頭数と蔓延防止のために殺処分された頭数はそれぞれ1,011,674頭および3,850,746頭にのぼり,記録的な大規模な流行になった.一方,日本では今世紀初頭に発生があったが,島国という地理的な条件に恵まれて,幸いにその後約1世紀近くの間は発生を経験していない.しかしながら,近年近隣国に発生が続き,畜産物輸入量も年々増加していることから,わが国でも口蹄疫など海外伝染病の発生動向に無関心ではいられない情勢にある.
  口蹄疫ウイルスは,動物ウイルスの中でも最も深く研究が進められたウイルスのひとつである.口蹄疫ウイルスの分子生物学的解説は他の総説に譲ることとし[100],本総説では,口蹄疫ウイルスの生物学的性状に重点を置き,口蹄疫の病性,診断,防疫についての現状を概説する.