このことはわが国の全獣医師に向けられた技術者冥利につきる賛辞として今もなお心に強く焼きついている思い出の一つである.
  ここで改めて狂犬病予防法の主要規程を抄録し認識を深めふたたび誤っても狂犬病の侵入流行を許すことのないように心をひきしめていただきたいので,狂犬病の予防に関し私が経験した1,2の例を述べてご参考に資したいと思う.
  1)家畜伝染病予防法で定める家畜防疫員に該当する者として狂犬病予防員の制度を設けた.(3条)
  2)年2回の予防注射(5条)と犬の登録(4条)を犬の所有者に義務づけまた浮浪犬の抑留制度(6条)を設けた.
  3)狂犬病侵入防止の検疫制度(7条)の外蔓延防止に必要な隔離義務(9条)と公示および繋留命令(10条)を定め,(11条)では被咬傷者の早期処置が図れるよう咬傷犬の殺害を禁じ,さらに(12条)では屍体の引き渡しを求めうる道を開くなど困難な狂犬病防疫に遺漏のないよう慎重を期した.
  4)その他,集会施設の禁止(17条),繋留されていない犬の抑留(18条),厚生大臣の実施命令(19条),公務員等の協力規定(20条),抑留所の設置(21条),手数料の使途(22条),処分等の行為の承継人に対する効力(24条)など一般畜産関係の法令とはやや目的を異にした特異な法律事項の組み合せとなっている.原田先生と私の強い要請が法制部局によって配慮された結果だと思う.
  9.狂犬病予防注射回数変更の動きと顛末
  狂犬病の発生が絶えたのは昭和32年以降のことではなかったかと思うが,それからさらに10年を経た昭和42,43年頃『のど元過ぐれば熱さを忘れる』の『たとえ』のように年に2回の予防注射回数を1回にすべしという動きが起った.学問的根拠があって起った動きではなかったようであったが,だんだんエスカレートして日本獣医師会でも無視できなくなって堀本会長の耳にまでこの件が届いた.当時,私は畜産振興事業団副理事長だったが,堀本会長のご要望から補佐役の副会長として数カ年勤めた関係もあり役員会に出席した折,会長から意見を求められ,イ)注射の有効期間が1年以上持続するワクチンの供給が保証されない限り,安易に注射回数を1回に改めることは採るべき方法ではない.ロ)当時も年に1回注射で足りるという説が流れ,私自身もアフリカ中近東諸国に出張の折E国の家畜衛生研究所を訪ねた際,1回説を主張する研究者にめぐり逢いその説をきき多少意見交換したが納得し得ぬまま議論を打ち切った事実も述べ,万人を納得させうるワクチンの供給が確保できるまで急いで1回注射に切り換えるべきでないと申し上げた.一度納得された会長からの要請で,厚生省当局の意向を確認した上で結論をだしたいので当局の真意を確かめて欲しいというので,ご希望通り厚生省の担当部長に面会して獣医師会としての意見を述べ厚生省としてのご意向を伺った結果,私の説明にご同意を得たことがあり,当時わが国は狂犬病の撲滅に成功しすでに10数年がすぎ西欧各国が狂犬病の続発で苦闘している中で,世界でも数少ない清浄国であることを重くみて,やがて技術的に心配のない状態になるまで1回注射への変更は見送っていただくことに落ちつき,この動きは立ち消えになった.