ワークショップにみる獣医寄生虫学研究の進展分野

 ワークショップの発表演題をみれば今何が問題になっているのか,どういう研究が目覚ましい進展を示しているのかが分かる.表3にみるように,寄生虫の駆虫剤に対する抵抗性の獲得の問題が最も重大でこれまで用いてきた駆虫剤の有効性低下が深刻な状況にあることが分かる.一方で,寄生虫感染診断法の課題がみられないことから診断法の開発は十分とはいえないまでもかなり実用性の高いレベルにまでは行き着いていることが窺える.さらに寄生虫病蔓延の疫学的解析の研究も多く,開発途上国では寄生虫の蔓延が相変わらず高いレベルにあり,経済的で実用的で実効性の高い寄生虫撲滅計画を模索しようとしている現れであることが分かる.特に,いかに経済的に行うかが開発途上国では最も重要な問題なのであり,たとえどんなに優れた診断法や新薬やワクチンであってももしそれが高額な製品ならば,先進国で考えているようには普及しないのであり,このような普及しなかったケースは,人の駆虫薬でのケースも含めて,これまでに実例は多く知られている.誰もがすばらしい薬と認めるイベルメクチンでさえ,米国と日本を除けば,多くの国ではやはり大変高額な薬剤と認識されていて流通量は低い.
  目を引く課題として,第14回大会ではロバが取り上げられているが,ロバは,ラクダや水牛などもそうであるが,重要な家畜になっている国々は多く,世界にはロバ畜産振興の財団があるほどで,ロバ学の研究に研究費支援をしていることは日本ではほとんど知られていない.第16回大会では,ペットのノミとダニが取り上げられているが,これもノミ・ダニが先進国の間で,特に米国と日本で爆発的に蔓延しており,そのために駆虫剤の研究も飛躍的に進み,昆虫発育阻害剤とかキチン形成阻害剤,あるいは昆虫神経伝達阻害剤といった,薬理学的にも興味深い薬剤が次々と製品化されたことを背景に組まれた課題である.

 獣医寄生虫(病)学の今後の課題

 世界的にみれば寄生虫疾患がもたらす畜産経済への損失は数兆円にも相当するような計り知れないものがある.しかし,寄生虫病はなかなか撲滅できないからこそ,反面で駆虫剤や殺虫剤などの製造販売による莫大な経済効果が生まれてくるといった皮肉な現実があるのも事実である.
  寄生虫病は,生命科学研究が進展し,診断技術や医療技術が進歩しているにもかかわらず,封じ込めることのできない病気の代表的な1つである.しかも人や動物の増加と移動,環境保護対策の確実な好転に乗じてむしろ蔓延しているのが実状である.わが国での例を引けば,世界でも有数の高い公衆衛生状態にあるにもかかわらず,ノミやダニの顕著な蔓延,北海道全域のエキノコッカスによる汚染,犬糸状虫感染の地域的拡大などはその典型例といえる.
  寄生虫の完全な撲滅はたぶん不可能であろう.つまり,完璧な寄生虫の撲滅には必ず生態系や環境の破壊を避けることができないからである(表4).一方,寄生虫の研究成果は,面白いことに,時に寄生虫にかかっていたほうが健康によい,などといった示唆まで与えてくれることがある.ただし,これはあくまで学問的範囲での示唆であり,そこを取り違えると,寄生虫にかかっていたほうがアレルギーになりにくいといった天真爛漫な話になり人々を惑わすことになる.むしろ発想を転換して,寄生虫のもつ宿主免疫攻撃回避機序の解析から自己免疫疾患の治療法を学ぶとか,寄生虫由来蛋白分子の抗原性やアレルゲン性の解析からアレルギー発生抑制機序や癌発生抑制機序を学ぶといったものが,それであり,すでにそのようなコンセプトの研究は始まっているのだが.