【資 料】
ドイツにおける獣医学教育:その現状と将来展望
Helmut Waibl(ハノーバー獣医大学解剖学講座 主任教授)
ドイツの獣医学教育は5年制をとっており,総教育時間は約5,000時間と定められている.獣医学教育カリキュラムは4,5年にわたる大学内教育と,6カ月の大学外実習教育から構成されており,本カリキュラムは獣医単科大学であるハノーバー獣医大学,およびベルリン,ライプチッヒ,ミュンヘン,ギーセン大学獣医学部で実施されている.これらはすべて国立(州立)大学であり,ドイツに私立獣医大学は存在しない.
獣医学教育課程はドイツ連邦獣医師免許法(TAppO, 1986)の定めるところにより実施されており,入学要件,国家試験の回数や実施方法などもこの法律に規定されている.
ドイツにおける獣医学教育の主眼は,広く臨床,食品科学,および研究などの分野で能力を発揮することができる「一般獣医師:General Veterinarian」の養成にある.これはあくまで一般的な広い能力を備えた獣医師を養成することが主で,小動物や反すう動物専門医,外科専門医または食品検査などの分野での専門医を養成することを目指すものではない.長所としてこの教育法で訓練を受けた獣医師はいずれの分野に進んでも能力を発揮できるようになり,必要があれば後に彼らが別の分野で働くことも可能となる.このことは特に結婚・育児などの理由により,一時獣医職を離れる場合のある女性獣医師にとって大切であると考えられる.
卒業後には,希望する分野で引き続き研修を行う道と,大学院に進学する道を選択することができ,大学外には300以上の獣医学関連領域があり,そこでより専門的な訓練を受けることが可能である.これらの卒業後の針路のほか,新卒獣医師は州や連邦政府の各省庁の獣医職の道を選択することも可能である.近年,ヨーロッパ獣医学会が主に臨床獣医学領域において研修プログラムを提供しており,その技能認定を行っている.一方,各大学では学位取得を希望するものについては大学院教育を行っており,この学位の公式名称は「獣医学博士」(Doctor
Medicinae Veterinariae)と呼ばれる.そのほか獣医学各専門分野の教授資格を認定する制度として「教授資格試験」(Habilitation)が設けられている.
5年制の教育課程は,前半2年間の前臨床教育と後半ほぼ3年間の臨床教育と応用獣医学教育とに区分されており,各学年終了時に口答試問が課されている.
新入生には入学直後の第1学年に自然科学系の科目が集中的に開講されており,学生達はこれらの科目を受講した後,第1学年終了時に第1回目の獣医師国家試験の性格をもつ「Vorphysikum」と呼ばれる試験を受験する.これは物理学,化学,植物学,および動物学からなっている.第2学年以降には「Physikum」と呼ばれる国家試験が実施され,解剖学と生理学分野から始められる.すべての試験は口答試問で行われるが,解剖学,生理学,生化学では実地試験も加味される. 応用獣医学および環境獣医学科目は第3・4学年に集中して実施され,最後の2学年(第4・5学年)には臨床教育が集中的に行われる.第3・4・5学年終了時には畜産学と薬理学(第3学年),微生物関係科目(第4学年),臨床系科目と食品衛生関係科目(第5学年)の国家試験(Physikum)が行われる.
しかし近年,ドイツにおける現行の獣医学教育結果について多くの問題点が指摘され,新たに委員会が設立され,カリキュラム改革の作業が始められた.1998年現在,New TAppO(新獣医師免許法)と呼ばれる法律に基づき,新しいカリキュラムが制定されつつある.このカリキュラム改革の主なねらいは,カリキュラム内容全体の質的向上,および大学外における実習教育を含めて,(1)臨床科目,および(2)食品科学分野と公衆衛生分野科目カリキュラムの特段の質的向上を図ることにある.そしてこのカリキュラム改革は,21世紀に予測されるEU諸国内獣医師の職務内容の動向を視野に入れたものとなることが望まれている.

講演中のWaibl教授
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