この新カリキュラムの内容は,従前どおり大学内で実施される科目と大学外実習として行われる科目からなるが,大学内で実施される必修科目の総教育時間数を110時間減少させて3,850時間とし,これに大学外実習教育1,170時間を加え,総計5,020時間として総教育時間数の増加を図ったものとなっている.新カリキュラムの特徴の一つとして,これまでEUの獣医学教育改善委員会が求めていた308時間にのぼる選択(必修)科目(オプション)を設定したことが挙げられる.これらの新たに加えられた選択科目は学生達が自発的に必修科目の内容をより深く理解する機会を与えるものであり,教官にとっても特定分野の教育項目について,その分野に特に興味をもち,その知識を特に必要としている学生に集中的に教育することが可能となる.
 新カリキュラムのもう一つの特徴として,大学外における実習経験をより重視する点があげられる.これは,ドイツの獣医師養成教育がこれまで過度に講義中心であったという批判に対する反省によるものである.新カリキュラムでは旧カリキュラムのそれに加えて6分野における実習経験を必要としており,第5学期終了後から最少4週間の臨床実習経験が必要となり,この実習経験は学生が早期に獣医師という職業の真の職務内容を理解する助けになるものと考えられる.大学外ではこのほか衛生関係や食品関係についても実習を行うことが求められており,これらの実習は官公庁の機関や食品工場などで実施される.
 新カリキュラムは現時点では実施前であるため,その長所と短所を詳しく述べることはできないが,長所の一つとして,臨床前教育と臨床教育との間に存在していた「溝」が新カリキュラムの実施によって消失することが期待されている.また講義時間を減少させ得ること,多くの科目で常に少人数グループでの実習を実施できることなども期待されている.
 選択(オプション)科目を設定したことについては,従来から広くヨーロッパ諸国内にその要望があり,早急に改善することが望まれていたものである.選択科目を導入することは学生にとって専門教育課程の早い時期に自分の進路を見出す良い機会を提供できる長所を備えていると考えられる.たとえば,学生が小動物ないし牛についての獣医学に特に興味を持っている場合,彼らは興味ある課題について集中的に学び,速やかにより高いレベルに達することができるようになる.学生がある事柄に興味を持ち自発的に学ぶ姿勢をもつ場合,それはより効果的なものになることは誰もが知るところである.今回の改革には学生が彼らの興味に基づく自発的な学習を促進する観点が含まれており,わが国獣医学教育改革として適切な方向であると考えている.
 ドイツにおいて,New TAppO(新獣医師免許法)による獣医学教育カリキュラムの改革が行われつつある現在,私達はむしろこの改革は,教育時間数減を契機として新しい学習法を導入することにより,質的な教育改革を行うことのできる一つの好機と捉えている.私達はその場合の学習法の一つとして,すべての画一的な教科に出席を要求する替わりに,その教科に興味をもつ学生のみが出席する科目を設定したい.その科目はより高度化・広範化した内容をもち,試験のレベルもそれまでの水準を超えるものとなることが望ましい.私達教官にとって,この機会がそれぞれ個別の興味をもつ学生達と接する最初の機会となるため,臨床系教官と共同で新しい教科を開講したいと計画している.
 現在ヨーロッパ各国の獣医大学で行われている解剖学教育はそれぞれ独自性があり,比較することは難しい.それぞれ固有の歴史的背景や固有の考え方によってつくり出されたシステムによって運営されているからである.本稿ではドイツにおける獣医学教育カリキュラムの現状と将来展望について述べた.獣医学教育システムはいずれの国においても常に改善がなされるべきものであり,その意味で流動的な性格をもっている.教育システムや教育法などの改善を考えるうえで,常に他の国々の獣医解剖学教育者と意見の交換を行うことが大切であると考えている.
 追  記
 本稿は,本誌9月号に掲載されたインドネシアのボゴール大学のユハラ・スクラ教授の講演と同様に,第125回日本獣医学会の初日(平成10年4月6日)に栃木県総合文化センターで日本獣医解剖学会(JAVA)が「海外の獣医学教育の実情を聞く(その2)」として開催したシンポジウムで,ヨーロッパを代表してドイツのハノーバー大学のワイベル教授にお願いした講演の記録からまとめたものである.解剖学教育についても多く語っていただいたが,ここではその部分を割愛してある.ここにあらためて,遠路来日されたWaibl教授と会場を設営していただいた日本中央競馬会競走馬総合研究所の方々に謝意を表したい.また,本稿をとりまとめていただいたのは北海道大学家畜解剖学の橋本善春会員であることを特筆して謝意にかえたい.獣医解剖学会としては,コーネル大学(USA)のエバンス教授,ソウル大学(韓国)の李教授,上記のインドネシアと本稿のドイツの他,ニュージランドと中国の実情を聞かせていただいて,一連のシンポジウムを平成10年8月に終結した.本誌に連続して掲載していただいたことを,編集委員会に御礼申し上げる.これらの講演要旨が現在行われているわが国の獣医学教育再編の論議にいささかでもお役に立つことを期待してやまない.
(山口大学 牧田登之)