変  身  し  た  RNA  像

―新しい遺伝子治療・新しい生命観―

菊 池   洋

豊橋技術科学大学 エコロジー工学系 生物基礎工学
(〒441-8580 愛知県豊橋市天伯町雲雀ケ丘1-1)

Current RNA World: New Gene Therapy and New View of Life

Yo KIKUCHI

Division of Bioscience and Biotechnology, Department of Ecological Engineering, Toyohashi University of Technology, 1-1 Hibarigaoka, Tempaku-cho, Toyohashi-city 441-8580, Japan

分子生物学的生命像

 「生きているとはどういうことか?」この質問は,あまりにも奥が深くかつ広く,ひと言で答えられそうもないように見える.しかし,分子生物学の立場に立てば,簡単な答えを与えてくれる.分子生物学では遺伝子DNAからそのコピーであるRNAができ,その情報に従って蛋白質ができることが生きていることの基本であると教えている.これは分子生物学のセントラルドグマ(中心教義)である(図1).「教義」などと,まるで宗教のようだが,何年にもわたりこの教義は科学的に試され,確かめられ,現在では確固たるものとなっている.多くの遺伝子が調和を保ち,適宜うまく発現されていることにより,生物は快適に時を過ごしていると思われる.
  生体を形作る皮膚,筋肉,毛,つめ,すべてこれ蛋白質である.さらに,生命のもとのエネルギーを生み出すために活躍する消化酵素や代謝のサイクルをぐるぐる回す酵素も蛋白質である.生体は多彩な蛋白質のかたまりであり,蛋白質のない生命などあり得ないように見える.そのもとのところで,うまく蛋白質を生み出したり消したりして制御しているのがDNAである.そして,そのDNAが子孫へ伝わるメカニズムが解明され,遺伝現象を説明することができるようになったわけである.これは,分子生物学的生命像であり,現在も今後も基本的には間違ってはいないと思われるが,最近の分子生物学は,セントラルドグマの中におとなしく,すまして座っているRNAの実像を暴き始めている.そこからまた少し違った生命像が現われようとしている.ここでは,そのRNAの変身について解説し,新しく発見されたRNAの能力から期待できる遺伝子治療,さらには新しい生命観にも影響を与えそうな「RNAワールド仮説」を紹介したい.冒頭の「生きているとはどういうことか?」ばかりでなく,最近の「RNA像」は,「なぜ生きているのか?」をも教えてくれそうな勢いなのである.


図1 分子生物学のセントラルドグマ
矢印は遺伝情報の流れを示す.DNAに存在する遺伝情報が複製の際はDNAへ(円形矢印),遺伝子発現ではRNAに移され,その情報に従って蛋白質ができること,また,蛋白質に流れ込んだ情報は決して核酸側(DNAやRNA)に逆流しないことを教えている