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大阪府立大学獣医学専攻の「りんくう新学舎」整備
久保喜平† (大阪府立大学大学院生命環境科学研究科教授)
大阪府立大学大学院生命環境科学研究科獣医学専攻および同生命環境科学部獣医学科の新学舎は,平成21年4月1日の供用開始を目指してりんくう地区(泉佐野市りんくう往来北1-58)に建設中である.この移転は,獣医学教育研究の一層の充実を図るとともに,大阪における動植物バイオ研究を担う生命環境科学研究科の中にあって,同地区にその一方の拠点形成を期待されるものである.同地区には,関西空港に関西空港検疫所,動物検疫所関西空港支所や麻薬探知犬管理センターが,また,感染症に対応する感染症センターを有するりんくう総合医療センターがあり,実地教育の場としての優れた環境を提供する.さらに,特筆すべきことは,家畜保健衛生所が隣接する予定であることである.同所は,平成21年に大阪府の家畜保健衛生所を統合した新施設として,新キャンパス西側に隣接して建設される予定であり,実地教育の場としてのみならず,専攻と密接な連携協力を推進する予定である. |
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2 新学舎の概要 新学舎(図1)の設計にあたっては,次世代学術研究空間の創造を目指して,[1]合理的な施設計画(コストパフォーマンスの高い無駄を省いた施設),[2]先進性の追求(最新の研究やその将来の発展にフレキシブルに対応する施設),[3]コミュニケーション(出会いと交流を誘発する施設),[4]国際性のある環境(リーディングキャンパスとしての外観),[5]快適性(ヒューマンスケールの外部空間,憩いの空間の演出),[6]セキュリティ(ハード・ソフト両面のセキュリティーゾーンの明確化)を基本として重視する設計がなされた. 新学舎の概要は,地上5階建て(延床面積約17,000m2)で,図2に示すように,「ロ」の字型の学舎の1階から3階に,教育施設,獣医臨床センター,動物科学研究センター,支援施設(厚生施設,先端機器解析センター等を含む)を,また,4階及び5階には研究室が配置されている.5階には,軽運動施設として活用できる多目的ホールを設置した.各センターに加えて,放射性同位元素利用(RI)施設及びP2/P3施設を配し,3つのセンターと合わせて,関西圏を中心とする共同利用を推進し,大阪府南部における動物バイオ研究の中核施設としての陣容を整えている. 現在,学生定員は学部40名及び大学院博士課程13名であるが,学部生のうち1年生が中百舌鳥キャンパスで主に教育を受け,2年次より全面移行することになる.講義室及び実習室は,最大収容能力60名を超え,従来に比べて十分な広さを確保するとともに,視聴覚設備を充実することによる教育機能強化に努めた.新学舎周辺は開発が進行中のこともあり,中百舌鳥学舎に比べて学生のための周囲の福利厚生環境は十分とはいえない.したがって,本施設の設計に当たっては,学生の教育研究環境はもちろんのことながら,食事を提供するカフェテリア,運動施設及びシャワー設備付きロッカー室などの福利厚生施設についても可能な限りの配慮がなされた.学舎中央のライトコート(中庭)は,植栽やウッドデッキを配置し,教員との交流や憩いの場を提供することを意図して設計された.同施設を支える人員体制は,教員53名が全てりんくう配置となり,これに学部規模の事務組織,教育研究のサポートスタッフや施設のメンテナンス要員,警備要員が加わる.
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3 新学舎の主要施設 (1)獣医臨床センター 現キャンパスにおいては,獣医臨床センターの床面積は1,000m2にも満たないが,新キャンパスでは,合計で約3,500m2に増床されている.同センター1階には,大動物診療実習室(入院室・診察室・手術室等),感染症診療施設やMRI,CT等の診断装置に加えて,リニアックなどの放射線治療装置などを設置し,センター専用エレベータで接続される2階には診察室,検査室等,主として内科系の施設を,また,3階には入院施設や陽圧手術室を含む外科系の施設を配し,地域の中核施設としての十分な機能を備えている.本施設では,オーナーと動物の動線を十分に配慮し,2階待合室から,カフェテリア等の福利施設と接続し,ベランダと階段でライトコートに設置したドッグランに降りることができるようにした.また,手術の見学は,清浄環境に影響を与えることなく,見学室より窓やモニターを通して行えるように設計された.老朽化した現施設を一新した本センターの開設により,学外の動物診療施設と密接な連携協力のもとに,今後,一層高まると考えられる高度医療に対する要求に確実に答えることができるものと期待される. (2)動物科学研究センター 動物科学研究センターは,獣医学教育研究に欠くことのできない教育研究用の本格的な動物飼育施設で,国際基準に準拠した本学の動物管理規定を遵守して,大動物を除くほとんどの動物を一括して飼育管理する.延べ床面積は,1階から3階にわたる1,343m2で,これを4つのエリアに分けて,最適な動物飼育・実験設備を提供する.これらの各階は専用エレベータで接続され,犬・猫等を飼育する1階の中動物エリアでは,動物福祉を考慮したケージサイズ(NIH基準)と飼育環境を提供し,2階の感染動物エリアでは,BSL2対応感染実験設備を充実し,相互感染の完全阻止を実現する.さらに2〜3階のSPF動物エリアでは,齧歯類・ウサギを中心に飼育し,使用者,動物及び物品の移動の一方向性の確保とオートクレーブ・パスルームの各エリア配置による完全SPF化を達成し,麻酔薬等の揮発性化学物質の発生にも対応した,人と動物に優しい動物実験室を実現する.本施設では,動物福祉を最大限考慮しており,その活用により,先端的な動物科学教育研究および共同研究による産学官連携を積極的に推進する. (3)先端機器解析センター(仮称) 学舎3階の先端機器解析センター(仮称)は,様々な教育研究活動及び産業振興に資するための共同研究開発をサポートする高度な解析能力を持つコア施設である.近年の分析機器の進歩は目覚ましく,一段の高感度化が進んでおり,動植物バイオ研究の推進を担うために,本施設には遺伝子解析,タンパク質解析及び細胞機能解析のための先端機器を配置している.その最大性能を発揮するため,これらの機器を,高度に統御された環境に集中的に設置し,有効に運用することができるように施設整備を行っている.特に,本施設を活用した大学院教育は,産学連携を含めたバイオ研究最前線に即戦力としての有為な人材を供給する上で重要な役割を果たすものと期待される. (4)放射性同位元素(RI)利用施設 RI施設は,獣医学を含めた生物科学の教育研究推進のために,生命環境科学研究科を中心とする共同施設としてりんくうキャンパスに設置される.同施設には,約60名の学生の実習が可能な主実験室(主としてβ線放出核種利用実験用)を中心に,セミハイレベル実験室(γ線放出核種利用実験用)とP2実験室が設置され,RIを用いた生化学実験と生物学実験に対応する.汚染管理室,測定室等を備え,学内規定に則り,法令を遵守した運用がなされる. (5)P2/P3実験施設 近年,人,動物,食品等の国際的な移動が活発化することにより,食の安全を守るための新たな対策がしばしば必要となり,また,動物の移動に伴って持ち込まれる動物由来感染症の発生の危険性が高まっている.これら感染症の研究は,獣医学領域においては,最重点項目のひとつであり,本専攻においても積極的に取組み,その研究体制の強化を図ってきた.一方,このような感染症の防疫にかかわる教育研究は,外界から厳密に隔離された環境において行われなければならない.また,地球温暖化に伴う,熱帯性感染症の北進など,新たに対応すべき新興・再興感染症等の研究への取組みも強く求められるところである.高い生物封じ込めレベルを達成する同施設では,共同研究を含む病原微生物に関する先端的研究と教育が行われる.運用面では,学内規定に基づき,併設する微生物保管室と合わせて,法令に準拠した厳重な管理が行われる.
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4 安全対策など 新学舎では,施設の耐震性や耐火性を高め,災害に強い建築を目指して設計がなされた.また,臭気や施設内外の騒音の遮断などに努め,病原微生物や放射性同位元素などの危険物を取り扱うことから,その封じ込めに十分な配慮がなされた.学舎への出入りや各施設の利用に際しては2重のセキュリティチェックを設け,不測の事態を避けうる体制とし,学生をはじめ,獣医臨床センターへの来院者を含めて,その安全に配慮した設計になっている.また,動物を用いた実習や研究,さらに,その飼育において,人や動物の安全確保を図るべく,可能な限りの工夫がなされた. |
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5 今後の展望 このキャンパス移転の特徴は,学部単位ではなく,専攻および学科単独の移転であることから,研究科・学部運営上,多くの点で新たな対応を要求される.中でも獣医臨床センターを中心とする各センターには,より一層の自律的な運営能力の向上が求められる.研究科・学部単位の平素の活動への専攻としての参加についても,新たな方法の検討が必要と考えられる.しかしながら,この移転が将来の新学部設立の布石となることが期待されることから,新キャンパスの機能を着実に充実させ,獣医学の教育研究の発展に寄与する所存である. |
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施設設計に当たっては麻布大学をはじめ,獣医学系大学の様々な施設を見学させていただき,その際の貴重な助言が大変参考になったことに改めてお礼申しあげる. |
† 連絡責任者: | 久保喜平(大阪府立大学大学院生命環境科学研究科) 〒599-8531 堺市中区学園町1-1 TEL 072-254-9400 FAX 072-252-1272 E-mail : kubokrad@vet.osakafu-u.ac.jp |