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新型インフルエンザ対策のための
感染症法等の改正
近年,鳥の間では鳥に対して高病原性のA/H5N1亜型インフルエンザウイルス(以下H5N1)による鳥インフルエンザがアジアから欧州,アフリカまで拡大しており,さらに東南アジアを中心に鳥から人へ感染する事例が発生している(2008年9月10日現在15カ国で患者387名,死者245名).このH5N1が人から人へ感染する能力を持つウイルスに遺伝子変異し,新型インフルエンザとして世界的に流行することが危惧されている.こうした状況をふまえ,新型インフルエンザ発生前後に必要な対策を迅速かつ確実に実施し,発生した場合の被害を最小限に抑えるため,今般,感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)及び検疫法の一部を改正する法律(平成20年法律30号)が,2008(平成20)年5月2日に公布され,5月12日から施行されている.本稿では,感染症法及び検疫法の改正内容について紹介する. |
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II 感染症法 1 対象疾病分類等の見直し これまでインフルエンザ(H5N1)を指定感染症に指定していた「インフルエンザ(H5N1)を指定感染症として定める等の政令」(2006年6月12日施行)が廃止され,鳥インフルエンザ(H5N1)が二類感染症に追加された.また,新型インフルエンザの発生に備え,新たに「新型インフルエンザ」および「再興型インフルエンザ」からなる「新型インフルエンザ等感染症」という分類が創設された(表1). (1)「新型インフルエンザ等感染症」の追加 「新型インフルエンザ」および「再興型インフルエンザ」は,全国的かつ急速なまん延(パンデミック)により国民の生命および健康に重大な影響を与えるおそれがあるため,既存の感染症対策を越えた対応が必要であり,現行の一類感染症から五類感染症までの感染症の類型のいずれかに位置づけるだけでは十分な対応が取れないことから,新たな類型が設けられた. 「新型インフルエンザ」は,新たに人から人に感染する能力を有することとなったウイルスを病原体とするインフルエンザであって,一般に国民が免疫を獲得していないことから,当該感染症の全国的かつ急速なまん延により国民の生命および健康に重大な影響を与えるおそれがあると認められるもの,「再興型インフルエンザ」は,アジアインフルエンザのような,かつて世界的規模で流行したインフルエンザであり,その後流行することなく長期間が経過しているものとして厚生労働大臣が定めるものが再興したものであって,一般に現在の国民の大部分が免疫を獲得していないことから,当該感染症の全国的かつ急速なまん延により国民の生命および健康に重大な影響を与えるおそれがあると認められるものと定義された. また,新型インフルエンザ等感染症の疑似症患者および無症状病原体保有者については,患者とみなし,法を適用することとされた. (2)「新型インフルエンザ等感染症」創設に伴う類型の整理 鳥インフルエンザ(H5N1)は,鳥から人への感染で致死率の高い重篤な感染症であり,H5N1は,人から人へ感染が拡大するヒト型に変異する可能性が想定されている.さらに現時点では家族内など限定的ではあるが,人から人への感染事例も報告されていることなどから,患者および疑似症患者を入院させることで他者への感染を防ぐため,入院措置が可能な二類感染症に位置づけられた. なお,四類感染症として位置づけられている「鳥インフルエンザ」から鳥インフルエンザ(H5N1)を除くとともに,五類感染症である「インフルエンザ」から鳥インフルエンザのほか,新型インフルエンザ等感染症を除くことが明示された. (3)病原体分類の位置づけ 新型インフルエンザ等感染症の病原体は,人に対する病原性および生命・健康に対する影響がH5N1やH2N2と同等であると考えられることから,H5N1やH2N2と同様,4種病原体として位置づけられ,取り扱いの施設基準,保管等の基準が適用される. 2 新型インフルエンザ等感染症に対する措置(表2) (1)既存の措置への新型インフルエンザ等感染症の追加 新型インフルエンザのまん延防止策として実施する必要があるとされている現行の感染症法上の措置については,新型インフルエンザ等感染症においても適用できるようにされた.なお,現在の科学的知見では必要性の認められないものについては,発生後に必要に応じ政令を定めることにより準用が可能であるとされ,かつ,準用対象の措置が,建物への立入制限・封鎖や交通の制限など人権制限を伴うものもあることから,政令を定める際には厚生科学審議会感染症分科会に諮った上でなければならないとされた. (2)新型インフルエンザ等感染症に係る規定の新設 新型インフルエンザ等感染症については,強い感染力が想定されること,発生直後からまん延防止策を実施することが必要であることなどから,都道府県知事と検疫所との連携の強化,発生および措置等についての情報公表,感染していると疑うに足りる正当な理由のある者に対する健康状態の報告要請,外出の自粛等の協力要請,関係自治体が実施した措置の経過報告等の規定が創設された. 3 新感染症に係る規定の新設 新感染症は,その時点で未知なものであり,なおかつ罹患時の症状が重篤な感染症であることから,新型インフルエンザ等感染症と同様の対策が必要となる可能性がある.そのため,新感染症が発生したと認めたときは,国は速やかに発生地域を公表するとともに,症状,病原体検査方法,診断及び治療,ならびに感染の防止の方法,実施する措置,その他の発生の予防またはそのまん延の防止に必要な情報を逐次公表しなければならないとされた.また,同様に当該感染症にかかっていると疑うに足りる正当な理由のある者に対して健康状態の報告の要請,外出自粛等の協力要請を行うことができる,とされた.
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III 検疫法 1 新型インフルエンザ等感染症の検疫感染症への位置づけ 新型インフルエンザのまん延防止策の初期段階では,日本の地理的条件から検疫における水際対策が重要とされている.このことから,新型インフルエンザ等感染症については,隔離,停留等を実施できる検疫感染症とするとともに,新型インフルエンザ等感染症の疑似症患者についても患者とみなして,この法律を適用することとされた. 2 新型インフルエンザ等感染症の隔離先および停留先 新型インフルエンザ等感染症については,感染症の専門家が感染防止設備の整った医療機関で治療を実施することが必要であるため,感染症法上の入院先でもある,特定感染症指定医療機関,第一種感染症指定医療機関または第二種感染症指定医療機関が隔離先とされた. 一方,停留先については,新型インフルエンザの想定される感染力の強さから,停留対象者の数も膨大になると想定されることや,医療資源には限りがあり,実際に何らかの病気に罹患している者等必要な者に使用されるべきであることを踏まえ,停留先施設は,医療機関に限らず,個室が整備され,仮に発症した場合にまん延防止措置をとることが可能な宿泊施設として検疫所長が適当と認めるものや,船舶を停留先施設とすることが可能とされた. 3 健康監視 検疫所長は,新型インフルエンザ等感染症の病原体に感染したおそれのある者を確認した時点で,都道府県知事に通知しなければならないこととされ,都道府県知事がその後の健康監視を行うことにより,患者発生に対し迅速な対応ができるようにされた. |
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IV 新型インフルエンザ対策の現状について 新型インフルエンザ対策が発生した場合を想定し,「感染拡大を可能な限り阻止し,健康被害を最小限にとどめること」及び「社会・経済を破綻に至らせないこと」を目的に,総合的かつ効果的に各種対策を組み合わせることを基本戦略として各対策の具体化を進めている.2005年12月に政府において「新型インフルエンザ対策行動計画」,2007年3月に専門家会議においてガイドラインがとりまとめられているが,最新の知見等を踏まえた見直し作業が現在行われている. 新型インフルエンザ発生時には的確な対応が混乱なく行われるように,国・自治体はもとより,医療機関,事業者,公共交通機関,マスメディア,個人や家族のレベルにおいても,事前の準備を進めることが重要である.現在,国や自治体において,予防投与・治療用の抗インフルエンザウイルス薬を2,800万人分確保し,最新の医学的知見に応じて更なる備蓄増加を検討している.プレパンデミックワクチンについては,異なるウイルス株によるワクチン原液約2,000万人分を備蓄し,さらに,新たなウイルス株によるワクチンの追加備蓄を検討している.また,本年度約6,000人を対象とする臨床研究により,プレパンデミックワクチンの安全性,有効性等を検証し,その結果を踏まえ,来年度以降,発生前の事前接種について検討することとなっている.パンデミックワクチンについては,新型インフルエンザウイルス同定後6カ月以内に全国民分のワクチンを製造することを目標に,細胞培養ワクチン等の研究開発や製造体制の強化を行うことを検討している. 個人や家庭においては,新型インフルエンザの情報を広く集め,咳やくしゃみの際のマスク着用や「咳エチケット」の習慣づけ,外出自粛するための食料や日用品の備蓄(約2週間分),発生時の対応について予め話し合っておくことが重要であり,そのため,国民に向けたホームページ等による広報活動を行っている.また事業者においては,発生時の感染対策,連絡体制の確認とともに,欠勤者の増加を想定した事業の継続・縮小等の方針を予め定め,社会機能維持を担う事業者においては,事業継続計画の策定等を進めるために,ガイドラインの周知を図っている. |
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V おわりに 新型インフルエンザの発生に備えて,外出自粛や学校閉鎖,医療体制の整備,抗インフルエンザ薬やワクチンの備蓄等の種々の対策準備が進められているが,新型インフルエンザは,もともと鳥がもっているインフルエンザウイルスに起因する感染症であり,動物由来感染症のひとつである.日本ではこれまで鳥インフルエンザ(H5N1)が発生しても厳格な防疫措置の結果,家きんでの封じ込めに成功してきた.獣医師を中心とした関係者の努力の成果といえる.新型インフルエンザが発生した場合には行政対応を担うことになるであろう自治体の公衆衛生獣医師にはこれまでの経験や知見をもとに冷静な態度で的確に行動することが期待される.また,新型インフルエンザの発生に備えた準備においても,関係機関や近隣自治体との連携,防疫や医療体制の構築,報道対応等のリスクコミュニケーションの実施等,これまでの貴重な経験を活かせる場面は多いはずである.さらに,動物由来感染症対策の視点からこれまでに得られた経験や知見を駆使して鳥インフルエンザを“鳥の世界”だけに封じ込めることを目指した対策が地球規模で講じられれば,地球上の人類が新型インフルエンザの危機から脱することも不可能ではないはずである.今後,世界各国の理解・協力のもと地球規模での連携した対策が進むことを期待したい. なお,誌面の関係から概要紹介となったが,詳細については厚生労働省のホームページをご覧いただきたい. |
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(参 考) | ||
○厚生労働省新型インフルエンザホームページ (http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/index.html ) ○感染症法等の改正について (http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/16.html ) ○病原体等の規制の概要 (http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou17/03.html ) |
† 連絡責任者: | 梅田浩史(厚生労働省健康局結核感染症課) 〒100-8916 千代田区霞が関1-2-2 TEL 03-3595-2257 FAX 03-3581-6251 E-mail : umeda-hiroshi@mhlw.go.jp |